第34話 王子イヴェリオ
――――――――――
――10年前。
「今日はお招きいただき光栄ですわ」
「いえいえ、わざわざ足を運んでいただき感謝しております」
高さ何メートルもあろうかという巨大な大広間。
天井絵やシャンデリアが舞踏会をきらびやかなものに演出している。
人は食事を楽しみ、会話を楽しみ、踊りを楽しみ、誰もが華やかな衣装を着飾っている。
かくいうイヴェリオも、ぴちっと仕立て上げられた燕尾服を身にまとい、人々の中心に立っていた。
「今日は華やかな舞踏会。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
イヴェリオは穏やかに微笑みかけると、取り囲んでいた数人の令嬢のもとから立ち去った。
「あの方がイヴェリオ王子」
「噂と違わぬきれいなお顔立ち」
「それにあの立ち居振る舞い、さすがの品格」
令嬢たちが熱い視線を送っている。
そのうち一人が声を潜めて切り出した。
「でもご存じ?」
「えぇ、あの事でしょう」
「残念よね」
他の令嬢も小声で話に加わる。
「でもそれだけチャンスがあるってことよね。もしも私が――」
「やめておいたほうがよろしくてよ。なぜなら私がその座に――」
「いいえ私が」
「私が!」
令嬢たちのひそひそ話はいつの間にかいさかいへと発展した。
互いが互いににらみをきかせている。
イヴェリオはその様子を横目で見ていた。
「王子」
後ろから声をかけられた。
すぐさま笑みを浮かべて振り返る。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
「いえ、お久しぶりです」
「えぇ。あ、そうだ。王子、この話をご存じですか。西方の貿易商の話なのですが――」
舞踏会は夜遅くまで続いた。
――――――――――
王族としての務めから解放され、イヴェリオは自室へ戻った。
ネクタイを雑にほどき、机に放り投げる。
「はぁ、何が“華やかな舞踏会”だ」
コンコンコン
そのとき、扉が鳴った。
「王子様、法皇様がお呼びです」
「分かった。今行く」
イヴェリオは時計をちらりと見た。
今何時だと――。
はぁ、早く休みたいのに。
イヴェリオが向かうと、オルビアは談話室のソファにどっしりと腰かけていた。
こちらに気付くと、目で向かいに座るように促す。
「今日はどうじゃった」
ソファに座るやいなやオルビアは尋ねた。
「どうって、いつも通りの素晴らしい舞踏会でしたよ」
「いいお方はおらんかったのか」
その言葉にイヴェリオはぐっと口を結んだ。
「どのご令嬢も相貌内面ともに麗しい。身分ともに申し分ない。今回はわざわざ辺境からも足を運んでいただいた。これ以上を望むこともなかろう」
「申し訳ありません。ですが私は結婚する気は――」
「イヴェリオ」
オルビアは鋭い眼差しでこちらを見た。
「そのようなことを言い続けて何年になる。お前ももう25歳。とっくの昔に結婚し、身を固めておかねばならないものを、駄々をこねる子どものように」
オルビアはぐちぐちとお決まりの説教を続ける。
「“女嫌い”などふざけたことを言う前に、国のことを考えろ。一国を率いる者としての自覚を持て。――来月も舞踏会を催す。いい加減腹を決めるように」
そうやってオルビアは自分の言いたいことだけを言い残して、さっさと自室へ帰っていった。
一体誰のせいで女嫌いになったと――。
その当時、今もそうだが、王族なり貴族なり、20になる前には結婚するというのが通例だった。
一方で私はずるずると結婚を渋り、気が付けば25と言ういい歳にまでなっていた。
父オルビアが苛立ち焦るのも当然と言えば当然。
だがそのとき、私は本当に女というものが嫌いであって、結婚などする気は毛頭なかったのである。
もとはと言えばそれもこれもオルビアのせいなのだが。
さて、ここまで来ると世間にも“王子は女嫌いだ”という噂が広まっていた。
貴族階級からの催促は後を絶たず、とりあえず彼らを黙らせるために、オルビアは舞踏会という名の婚約者探しの数を増やしていった。
ただ意外なことに、一般庶民からの非難の声は少なかった。
すべてはオルビアの過去、そして私の出生にさかのぼる。
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