第26話 ポップ大戦

「一時停戦?」


 アンジェリーナはその事実を飲み込めずにいた。

 

 そもそもポップ大戦の詳細をちゃんと聞いたのも今日が初めてなのに、いきなり過去の出来事じゃなくて、現在進行形でまだ解決していない問題だったなんて言われても。


「ど、どうして停戦なんか。いやそれって本当にほんとなんですか?とてもじゃないけど信じられない。だって、誰もそんなこと言ってないし、今もまだ戦争が継続中なんて。いや停戦中なのか。え?頭がこんがらがる」

「落ち着いてください」


 店主はアンジェリーナに対し、低く発した。


「あなたさまが知らないのも当然です。それは姫という特殊な立場であることとは関係ありません。何せポップ国民の多くが知らない事実なのですから」


 いやいや全く安心できないんだけど。


「というかますますわからないよ。だって言って70年前の出来事でしょ。当時の戦争を経験した人も普通に生きてる年だし。相当厳しい情報統制でもやらない限り――」


 アンジェリーナそこではっとした。

 今まで何となく疑問に思っていたことが、すべて繋がっていくような――。


「もしかして、鎖国ってそのため?」


 店主はふぅと一息ついてから、口を開いた。


「鎖国は自国を守るための措置。建前はそうなっています。実際それも一理あります。しかし、外からの情報を入れない。それもまた鎖国の大きな目的の一つには違いありません」


 国を開かなければならない。

 そうでなければ中の人々は外の世界から取り残され、そしていつか国は滅びる。

 何度も本で読み、そして自分で考えてきたこと。

 でも実際、現実にそれが起こっていると自覚するとなんだか、とても、怖い。


 アンジェリーナの体は硬直した。


「少し話がややこしくなりましたね。時の宝剣メインの話に戻りましょう」

「え、あ、うん」


 アンジェリーナの動揺を察したのか、店主は話題を切り替えた。

 現実に引き戻される。


「さて、今度は大魔連邦側の動きを考えてみましょうか。ポップ王国を追い出された大魔連邦。次に何をすると思いますか」

「え?さっきも言ってたでしょ。兵力の補充じゃないの」

「その後は?」

「その後?また攻め込んでくるんじゃないの?ポップ王国に――」


 ん?と何かが引っ掛かった。


 自分で言ってから気がついた。

 もう一回攻め込んできたんだったら、一時停戦もなにもできなくない?

 やっとの思いで追い出したのに、また同じことの繰り返しなら、今度は確実にやられちゃいそう。


「ポップ王国ってどうやって停戦に持ち込んだんだ?」


 アンジェリーナのつぶやきに、店主は話を進めた。


「ここで重要となってくるのが、大魔連邦を追い払った後、ポップ王国が何を行ったか、です」


 何を行ったか?

 一時停戦までの道のり、一体何が――。


「ポップ王国は、大魔連邦を追い払った後、両国の間に巨大なを築いたんですよ」

「壁?え、壁ってあの壁?」


 店主から飛び出してきた意外な言葉に、アンジェリーナは拍子抜けした。


 壁って、ああ国境壁みたいなこと?

 確かに、東・西・南部境界といった国境壁は実際、この国に存在している。

 でも、いやそうだポップ王国の東の国境って――。


「おかしいよ!」


 アンジェリーナは地図を指さした。


「ポップ王国の東は海だよ。ほら、ポップ王国と大魔連邦って海に挟まれている。それも魔界で一番大きい海、“ラウンド洋”に。壁なんて築きようがないんじゃ――」

「そこで使われたのが時の宝剣なんですよ」

「え?」


 予想外の展開に、アンジェリーナはきょとんとした。


「先程言ったでしょう。『時の宝剣は時空間を操ることができる』と」


 アンジェリーナは記憶をたどった。


 あぁそうだったかも。

 全く意味がわからなかったけど。


「でもそれが壁とどういう関係が」

「ですから、ポップ王国は時の宝剣を用いて、ラウンド洋のど真ん中に、東西を完全に隔てる壁、要は巨大な“結界”を作り出してしまったんです」

「け、結界!?」


 結界って何?


 ノリで反応したものの、アンジェリーナはその意味をよく理解できていなかった。

 アンジェリーナの疑問に答えるように、店主は補足する。


「結界は、いわば空間そのものを隔てる壁のこと。結界自体を作る魔法は、特別珍しいものではありません。他国では学校で習うレベルらしいですから。ですが、小さな池ならまだしも、世界で一番広い海を隔てるような結界を作ることは、普通は不可能です。つまり、時空間を操ることができる時の宝剣だからこそ、作り出せる代物なんですよ。そしてその壁を越えて、ポップ王国から海を渡って大魔連邦に行くことは、絶対に不可能」


 な、なるほど?

 まだ意味が完全にはわかってないけど。

 でもまぁ、そんなすごいものは時の宝剣にしか作れないってことなんだよね。


「あ、不可能っていうのはどういう意味なの?絶対に海を渡れないっていうのは」

「そうですね。これは実際あった話ですが――」


 そう言って店主は本から顔を上げた。


「姫様のように、ポップ王国民はほとんど海に壁があることを知りません。まぁ、これも情報統制の一つというわけです。そのため、違法に脱国しようとする者の中には、少なからずラウンド洋を渡ろうとする者もいるんですよ。ですが、さっきも言ったとおり、壁を越えることは不可能。ならばその者はどうなるのか」


 ど、どうなるの。


 アンジェリーナは固唾を飲んで店主の言葉を待った。


「戻ってきてしまうんですよ。ポップ王国に」

「え?」


 戻る、とは!?


 予想の斜め上の回答に、アンジェリーナは再び口をぽかんと開いた。


「アデニ大陸を目指して出港したはずなのに、気づけばユーゴン大陸にまた戻ってきてしまっている、なんて事案がよくあるんです。なんでそんなことが起こってしまうのか。要は、見えないんですよ、その壁は。国境壁と言っても、実際に壁があるのではなく、時空が歪んでいるということなので」


 時空が歪む?

 魔界創成期みたいに?


「ポップ王国は時空を歪ませて、見えない壁を建設しました。ポップ王国から大魔連邦に行けないのならば、逆も然り。つまり、ポップ王国は大魔連邦からの進軍を物理的にシャットアウトすることに成功してしまったのですよ。だから、大魔連邦もなすすべなく、ポップ大戦は一時停戦せざるを得なかった」


 当事国の、それも王族が言うことじゃないんだろうけど、たった二か国の戦争のために、魔界の時空を歪ませるなんて、強引にもほどがないか!?

 というかちょっと待って。

 この手の話どこかで聞いたことがあるような。


 そのとき、アンジェリーナの頭の中で、ピコンと何かが鳴った。


「そうだ、魔界放浪記!あれに確か、西回りじゃユーゴン大陸に渡れない、みたいなことが書いてあった。あれって許可うんぬんで入れないってだけじゃなくて、物理的に絶対に入れないって意味だったんだ」


 はぁーなるほど。


 アンジェリーナの頭の中に達成感が広がった。

 そこでふと、新たな疑問が湧き上がった。


「ちょっと気になったんだけど、その壁って壊すことはできないの?」


 言ってみたものの、アンジェリーナはすぐに後悔した。


 普通に考えて壊せるわけないじゃん。

 現に壁は今もあるっていうし。

 大魔連邦だって壊すことが可能だったのなら、もっと早くにそうして戦争を再開していたはず。

 時の宝剣で作った結界。

 どう考えたって壊すことなんて不可能――。


「できますよ」


 え?


 アンジェリーナの思考は一時停止した。

 できる?


「ちょっと待ってどういうこと?でも今まで大魔連邦は攻めてきてないんだし――」

「はい、ですが」


 アンジェリーナの疑問を見透かすように、店主は補足した。


「できるのは、時の宝玉のみです。時の宝玉で時空を歪ませたのならば、時の宝玉にしかそれを直すことはできない」

「あ、あぁー」


 それはなんか納得かも。

 上手くできてるっていうか。

 ということは、だ。


「大魔連邦にはその当時、時の宝玉の使い手はいなかったってこと?」

「そういうことになりますね」


 ん?ちょっと待ってよ、つまり――。


 しかしアンジェリーナが考える間もなく、店主は新たな話題を投げかけた。


「姫様は何度も『どうしてもっと有名になっていないんだ』とおっしゃっていましたよね」

「え?あ、うん」

「その答えがここにあります」

「へ?」


 いきなりの発言に、アンジェリーナは思わず変な声を出してしまった。


「もし時の宝剣を誰の目にもつくような場所に放置していたらどうなるのか。もし万が一、使者が選ばれてしまったらどうなるのか。もし仮にその者がポップ王国に反逆心を持つものだったら」


 か、仮定が多い。

 なになに?

 時の宝剣を誰でも触れるような位置に置いてあったら?

 使い手が反逆心を持つ人だったら?


 アンジェリーナはさっきまでの話の流れから、頭をフル回転させた。


「あ!壁を壊しちゃうってこと?」

「そういうことです」


 合ってた!


 アンジェリーナは束の間の喜びに浸った。


「壁を壊せば大魔連邦が攻め入ってくることは間違いない。必ず戦争状態に発展します」


 だからあんな薄暗い地下に隠してあったんだ。

 すべては国を守るために。


「あ、でも時の宝剣を操ったっていう兵士さんは?あの人はどうして有名になってないの?」

「それは――」


 そこで店主は言葉を詰まらせた。

 沈黙が流れる。


 え、まさかまたお金か?


 そう思って店主の手を見てみるも、お金を要求しているようには見えない。

 それどころか、店主はさっきまでの歯切れの良さとは裏腹に、うつむいて何かを考えているようだった。

 まるで言葉を選んでいるかのように。

 しばらくして、店主はアンジェリーナの目をまっすぐに見て言った。


「それは、時の宝剣が危険だからです」

「危険?」

「えぇ。時の宝剣は“触れると死ぬ”と言われるほどの、超危険物ですから」

「え、えー!?」

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