第27話 使者

 さ、触ると死ぬ!?


 店主の想定外の暴露に、アンジェリーナは思わず椅子から転げ落ちそうになった。


「えぇ。よく言いませんか?力のあるものほど、扱うのが難しいと」


 いや、確かに聞いたことのある話だけど。

 というか、ものすごく身近に感じる――。

 ん?


 何かが引っ掛かった。


 あれ?

 本当に似たような、というよりもまんまの話があったような――。


『ポップは触れると死ぬ』


「あ!」


 アンジェリーナは思わず声を上げた。


「どうしました?」

「え、別に」


 急いで誤魔化す。


 そうだ!そうだよ!ポップじゃん!

 そういえばポップもそうだった。

 最初の最初に忠告されたんだった。

 そのときは本当かどうか半信半疑だったけど。

 でもそうか。

 ポップも国中に魔力をもたらすほどの力を持ったもの。

 十分あり得る。


「話を続けても?」


 突拍子もなく声を出したと思ったら、急に黙って、不審に感じたことだろう。

 店主は疑いの目でこちらを見つめていた。


「あ、うん。お願い」

「――では、続けますね。時の宝剣含め時の宝玉は、強大な力を持っています。だからこそ、扱うのには十分な注意が必要です。不用意に触れていいものではありません。実際、ここにも、いたずらで時の宝剣に触れた者が一瞬にして死亡した、という事例が書かれています」

「え、あ、本当だ」


 実例もあるなんて。


「私、普通に触っちゃったけど」

「えぇ。だからものすごく危険なことをしていたんですよ、あなたさまは」


 店主の声のトーンが一段と低くなった。

 アンジェリーナは自分の行動を省みた。


 確かに何の躊躇もなく触っちゃったもんな。

 もしあのとき死んでたら本当に取り返しのつかないことに――。

 

 アンジェリーナは自分が死んだ後の、王国の混乱を想像した。


 あ、これは叱られても仕方がないやつだ。


 素直にすみません、と頭を下げる。

 しかしそのとき、アンジェリーナは根本的な違和感に気づいた。


「え、じゃあなんで私触れちゃったの?」


 すると店主ははぁーと大きなため息をついた。

 今頃気づいたのかと呆れるように。


「それは、姫様が時の宝剣の使者に選ばれてしまったからですよ」

「使者?」


 そういえばさっきから出てきていた言葉だけど、ちゃんとした意味聞いてなかったな。

 使い手って意味だと思っておけ、とは言ってたけど。


「あの――」


 アンジェリーナが質問しようとしたその時、視界の端で店主の手が動いた。


 あ、あのくいくいと動かすいやらしい仕草。

 間違いない、今度こそお金の追加要求だ。


 アンジェリーナはしぶしぶお金を取り出し、カウンターに叩きつけた。


「それでは――。時の宝玉についての解釈は、この本ではこう書かれています。『時の宝玉は意思を持つ。使い手は、時の宝玉を使役するにあらず、時の宝玉に選ばれるのだ。そして時の宝玉に代わって、意思を伝える使者としての役割を負うのである』」


 ん?なになに?

 難しい言葉の連続に、頭が追い付いていかない。


「つまり、使者は、時の宝玉を使うのではなく、時の宝玉に使われるためにあるということです。あくまで時の宝玉が主役。使者はその意思を伝えるための道具に過ぎない。だから“選ばれる”」


 物が意思を持つっていうのは聞いたことのある話ではあるけど――。


「ということは、触ると死ぬっていうのは――」

「時の宝玉のお眼鏡にかなわなかったということなんでしょう。自分がふさわしくないと思った人物は、自分を使わせるのに不適切だと」


 な、なんて自己中心的な。

 自分にふさわしくないって思ったら即切り捨てって。

 さすがにこんなに強い意思を持つ物が存在するなんて、今まで聞いたこともないよ。

 あ、でもそうしたら。


「じゃあ、私が触れたのは――」

「ふさわしいと思われたんでしょうね。時の宝剣の使者に」

「つまり、選ばれたっていうこと?」


 何かよくわかっていないけど、すごい!

 選ばれたっていう響きだけでなんだか特別感が半端じゃない。


「うれしそうですね」

「え?」


 笑みを隠し切れていないアンジェリーナとは対照的に、店主はため息まじりにそう言った。

 その反応の違いの大きさに、アンジェリーナは戸惑った。


「な、なに?選ばれたんでしょ?すごいことなんじゃないの?」

「事態はそんなに単純なことではありませんよ」


 そう言って店主は鋭く、アンジェリーナの目を見つめた。


「使者には、使者に選ばれた責任があるということです。為すべき使命が課せられているとでも言いましょうか」

「使命?使命って?」


 アンジェリーナは不安げに店主を見つめ返した。


「さぁ、私には。――ですが、選ばれただけの理由があることは確かです」


 判然としない回答。

 店主はそのまま目線を外してしまった。


 自分で見つけろってこと?


 結局、問題提起だけされて、アンジェリーナの心には大きなわだかまりが残った。

 だがこの店主は全く懲りない。


「追い打ちをかけるようで申し訳ありませんが、他にも厄介ごとが存在します」

「えぇー?」


 店主の言葉にアンジェリーナはうなだれた。


「もう勘弁してよ」

「この際ちゃんと知っておいたほうが良いですよ。ほら、それとも例のいたずらに触れた人のように死にますか?」

「それもいや!」


 もうここまで来たら引き下がれない。


 アンジェリーナは腹をくくった。


「よし!どんと来い!」


 こうして古本屋での特別講義は、いよいよ終盤を迎えるのであった。

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