第25話 8年目の真実

「時の宝玉は魔界誕生初期の混乱を鎮めるために作られました。さっきも言ったとおり、その一つ時の宝剣はユーゴン大陸に収められていました」


 無事にお金を巻き上げた店主はぺらぺらとしゃべり出した。


「今から約700年前、世界中で大規模な自然災害が起こったとされています。それは、創成期の地殻変動にも匹敵するようなレベルで」

「あ、知ってる。“魔界大震まかいたいしん”でしょ」

「はい。よくご存じで」


 アンジェリーナは得意げに鼻を鳴らした。


 魔界大震。

 読んで字のごとく、魔界で起こった大地震のこと。

 今から約700年前に起こったのが第一次魔界大震、それから500年後、つまり今から約200年前に起こったのが第二次魔界大震。

 500年周期で起こる大災害なんだって歴史の授業で習ったな。


「その第一次魔界大震がどうしたの?」

「はい。あぁその前に、言い忘れていたことを。先程、創成期の混乱についてはお話ししましたよね」

「うん」

「混乱というのは何も、自然災害のことだけではありません」

「え?」


 店主は本から顔を上げ、アンジェリーナに向き合った。


「災害に振り回される人々の心は次第に荒み、不満は爆発。犯罪が横行するようになります。実際、創成期には世界人口が半分に減ったと申しましたが、そのうち10%は自然災害などではなく、反乱や戦争によって亡くなったとされています」


 10%?

 当時の人口はよくわからないけど、ものすごい数の人が死んだってことだよね。


 アンジェリーナはごくりと唾を飲みこんだ。


「第一次魔界大震のときも同じです。大地震に混乱した人々は反乱を起こし、治安は荒れに荒れました。現在のポップ王国にあたる、チュナ王国も例外なく」


 あ。やっと話題が身近になった。


 アンジェリーナは身構えた。


「その当時、チュナ王国は現在の王家と同じくカヤナカ家が治めていました。といっても、カヤナカ家が王家になったのは、第一次魔界大震が起こるわずか50年ほど前。つまり、カヤナカ家は王家になって間もなく、巨大な混乱に巻き込まれることになってしまったのです」

「え!?災難過ぎない?ご先祖様」

「ですが、第一次魔界大震が起こってから一か月も経たずに、チュナ王国は世界のどの国よりも早く、暴動を鎮めることに成功します」

「え?」

「その一番の要因となったもの、それが時の宝剣です」


 店主は本に描かれた時の宝剣を指さした。


「幸運なことに、その当時の第一王子は時の宝剣の“使者”に選ばれていました」

「使者?」

「使い手、という意味だと思っていてください。第一王子は時の宝剣を使い、見事に混乱を治めてみせました。その功績あって、王子の死後も、現在に至るまで、時の宝剣はカヤナカ家が所有しているのです」

「なるほど。じゃあ時の宝剣ってそんな昔からカヤナカ家が持ってたんだ。ん?ちょっと待って、今の話だけだと、時の宝剣を城の地下に隠してる理由がわからなくない?どんとどっかに飾られててもいい感じだけど」


 店主はじっとアンジェリーナを見つめた。

 そして目線を落とす。


「まぁ、そうですね。実際そうだったらしいですよ。70年ほど前までは」

「え!?」


 70年?

 70年って結構最近だよね。

 ていうか70年前に何があったんだ?


「ピンときませんか?」


 頭の中の混乱を読んだかのように、店主は問いかけた。

 アンジェリーナは眉間にしわを寄せた。


「ごめん。思いつかない」

「そうですか。――どちらかと言うとこっちのほうが分かっていてほしいものですが――まぁ仕方ありませんね。正解は“ポップ大戦”です」


 アンジェリーナの動きが一瞬止まった。


「あ、あぁー」

「煮え切らない反応ですね」

「え、いや、そういえばそうだったなぁって。あの、存在自体は知ってますよ。毎年6月に城で慰霊式典がありますから。ただ――」


 詳しくは知らないんだよね。

 歴史の授業でもさらっとしか習わないし。

 一瞬何のことかわからなくて、脳内フリーズしちゃったよ。

 知っていることと言えば――。


大魔連邦たいまれんぽうと戦った、ということくらいしか」


 店主は黙ってアンジェリーナを見つめていた。

 まるで反応を伺っているように。


 き、気まずい。

 世間知らずと思われたかな。

 いや王族だし、思われても仕方がないところはあるけど。


 しかし、店主は何のコメントもなく、ページの中の地図を指さした。


「大魔連邦の位置はここ。アデニ大陸の大部分を占める大国です。ポップ王国はここ。ユーゴン大陸の最も東側にあります」


 地図には、中央に描かれたアデニ大陸と、海を挟んで東西に分かれて描かれたユーゴン大陸があった。


「ポップ大戦は今から70年前、ポップ王国と大魔連邦の間で起こった戦争です。戦場は主にポップ王国の東側、荒野地帯となり、その他街も襲撃されるなど、多大な被害をもたらしました。次第に戦況は悪化、降伏は秒読みとも言われるまでになってしまったそうです」


 そんな大変な戦争だったんだ。

 え、じゃあ何でこんなに知らないんだろう。


「そんなとき、ポップ王国軍に救世主が現れました」

「救世主?」


 店主はもったいつけるように、一呼吸おいた。


「時の宝剣の使者が現れたのです」


 ここでか!

 なるほど。確かにさっきも魔界大震の混乱を鎮めたって言ってたもんね。


「え、どんな人だったの?」

「当時、軍の一兵士だった男のようですよ」


 店主は本をトントンと叩いた。


「その一人の兵士のおかげで、ポップ王国軍はどうにか大魔連邦軍を盛り返し、国土から追い返すことに成功しました」

「す、すごい」


 一人の力でそんなに戦況を変えられるなんて、まるで物語の世界みたい。

 え、でも待ってそれなら――。


「それならもっと英雄扱いされていてもいいんじゃないの。時の宝剣だってもっと有名になっていても。慰霊式典ももっと大々的にするとか。だって勝ったんだよね」

「いいえ、ポップ王国は大魔連邦に勝利していません」

「え?」


 予想外のことに、アンジェリーナは目を丸くした。


「あくまで追い返しただけです。一時的に」

「それってどういう――」

「大魔連邦は魔界きっての軍事力を誇る大国。一時追い返したところで、また兵力を補充してやって来ること間違いありません」


 それは、そうかもしれないけど――。


「え、じゃあポップ王国は負けたの?」

「いいえ」

「え?」


 もうアンジェリーナの頭はパンク寸前だった。


「もう勝っても負けてもいないって訳わかんない!え、なに引き分け?じゃあどうやって戦争は終わったの?」

「終わっていないんですよ、そもそも」


 アンジェリーナは固まった。

 オワッテナイ?


「ん?何言ってるの?え、でも今は戦争していないでしょ」

「はい。今していません」


 アンジェリーナはぽかんと口を開けたまま完全停止した。

 その様子に、店主は早々に結論を出した。


「ポップ王国と大魔連邦はしているんですよ。つまり、今もなおポップ大戦は終結していないんです」


 その言葉に、アンジェリーナの目は丸々と大きくなっていった。

 アンジェリーナ8年の人生、最大の衝撃が走った瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る