第23話 パンドラの箱
「お邪魔しまーす」
アンジェリーナはアザリア古書店の中へ足を踏み入れた。
ここに来るのも久しぶり。
初めて来たのはもう2年前か。
あのときは本当に迷惑かけたな。
いや今からもかけちゃうけど、たぶん。
アンジェリーナは本の森を進んだ。
相変わらずたっかいなぁ。
あの頃と比べたら背も伸びたけど。
そうこう思い出に浸っているうちに、アンジェリーナは奥のカウンターへとたどり着いた。
そこに店主の姿は見えなかった。
「すみませーん」
カウンターの奥、返事はない。
あれ?いないのかな。
アンジェリーナはカウンターに乗っかって、大きく身を乗り出した。
「すみませーん。おじいちゃん?」
いまだ反応は見られない。
アンジェリーナはもっと大きな声を出してみることにした。
「おじいちゃーん!」
「やかましい。店内で大声を出すな」
「わっ!」
突然後ろから声がして、アンジェリーナはカウンターから落ちかけた。
振り返るとそこには、ほうきとちりとりを持った白髪の老人が立っていた。
「あ、おじいちゃん。久しぶり」
店主は何も言わずにほうきとちりとりを置いて、カウンターの中へ入っていった。
アンジェリーナはカウンターから降り、その上に腕を乗せた。
「あのね、おじいちゃん。早速で悪いんだけど、私、知りたいことがあって――」
「姫様がこんなところに来てはいけないといったはずですよ」
店主は小さく低く呟いた。
「それに、私は情報屋でも何でもありませんよ」
「え?でも店主さんでしょ。古本屋の。というか今までもいろいろ教えてくれたじゃん。もう今更でしょ」
「あれはあなたがうるさかったからです」
店主はそう言って、アンジェリーナを見下ろした。
相変わらず冷たい。
それでも、ここまで来たんだ。
というか家出までしちゃって行くところないし。
もう後には引けない。
アンジェリーナも負けじと店主を見つめ返した。
にらめっこが続く。
しばらくの沈黙。
「――はぁ」
先に目線をそらしたのは店主のほうだった。
ため息まじりにぽりぽりと無精髭を掻く。
「お金は?」
「――はい!」
勝った!
アンジェリーナはつなぎのポケットから小さい麻布の袋を取り出した。
「まだ持ってるよ。あのときのお金」
「当然でしょう。あんな大金、そうそう無くなりませんよ」
「ふふ、あれがもう2年前。あのときお金のこといろいろと教えてくれたおかげで、今の私があるからね」
そしてアンジェリーナはパチッと銅貨を一枚カウンターに置いた。
「それで?何をお探しですか」
「あ、うん。実はね――」
アンジェリーナは一週間前にあった出来事、城の地下で謎の大剣に出会ったことを事細かに話した。
「――それでね、あの剣なんだろうなって思って。お父様に聞ける感じじゃないし。というか絶対聞いても教えてくれないだろうし。もしかしたらここなら何かわかるかもって」
アンジェリーナは店主の様子を伺った。
店主は真剣な眼差しでアンジェリーナを見ていたが、話の終わりを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「では、触ったのですね、その剣に」
「うん。そうだよ」
店主は目を伏せた。
何かを考え込んでいるのか、沈黙が流れる。
すると突然、店主が立ち上がった。
そして何を思ったのか、胸元から杖を取り出し、アンジェリーナの方へ向けた。
え、何!?
店主が杖を振る。
アンジェリーナは思わず目をつむった。
しかしその瞬間、後ろの方からガタガタと音がした。
え?
アンジェリーナが目を開けて後ろの方を見ると、先程まで開いていた入り口のドアが閉まり、鍵がかけられ、そして帳が下ろされているところだった。
「と、閉じ込められた!?」
「そういう話、ということですよ」
「え?」
店主ははぁーと長いため息をついた。
そしてアンジェリーナに視線を合わせる。
「その話、他の誰かにしましたか?」
「え?えーっといないかな?」
お父様は直接その場に居合わせていたし、ポップにも話したけど、ポップってそもそも人間じゃないし。
「このこと、話すなとも言われていないのですか?」
「いや、その事件以来お父様とはろくに口を利いていないし、特に言われていないかな」
「――国王様も不用心な」
店主はぼそりとつぶやいた。
それから再び杖をくるりと振る。
すると今度は、本棚から一冊の本がひらひらと飛んできた。
「パンドラの箱ってご存じですか?」
店主は突然そう尋ねてきた。
「パンドラの箱?あの絶対に開けてはいけない箱のこと?」
「ええそうです」
店主はまっすぐにアンジェリーナの顔を見つめた。
その奥には鋭い眼光が見える。
「姫様が剣に触れたということは、そういうことなんですよ」
「え?」
本はカウンターの上に降り立った。
「姫様はパンドラの箱を開けてしまわれたのです」
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