第20話 泥んこの子ども

 冷たい宣告は容赦なくイヴェリオを貫いた。

 心臓の音がやけに大きい。


「あーあ、実の娘に失望されるなんて、一番あっちゃいけねぇよな。まさに国王失格だ」


 ポップはわざとらしく天を仰いだ。


「お前は何から何までとことん間違うよな、ほんと。もしかしたら、全部アンジェリーナのためだった、とかほざくのかもしんねぇけどさ」


 そこまで言って、ポップはにやついた顔を引っ込めた。


「そもそもお前、普通にいい親やれるなんて本気で思ってたのか?ときからお前は何にも変わってない。いやもう変われねぇって自分でも分かってたんじゃねぇの?それを忘れて同じこと繰り返してんじゃねぇよ」


 真顔で低く告げるポップに、イヴェリオは体を震わせた。


「そうやってお前は結局全部失うんだ。お前は悪人にしかなれねぇんだよ」


 逃げ出したい。

 そう思った。

 だがポップの瞳はまっすぐにイヴェリオを捉えて離さなかった。


 ピリリリ、ピリリリ。


 そのとき、突然イヴェリオの胸元から電子音が聞こえた。

 魔導通信機が反応している。

 イヴェリオははっと我に返った。

 内ポケットから四角い機器を取り出し、アンテナを伸ばす。


「私だ」

「イヴェリオ様。アンジェリーナ様の件ですが、今、兵が捜索の準備を整えて――」

「アンジェリーナの居場所が分かった」

「え?」

「街に出ている。アザリア古書店という所の周りを重点的に捜せ」

「あ、はい。了解しました」


 そうだ。今は己の犯した行為を悔いている暇はない。

 アンジェリーナを見つけるのが最優先事項だ。

 そうでなければ、ポップの言う通り、本当にアンジェリーナを失ってしまう。


 イヴェリオは今度は何も言わずに、その場を去ろうとした。


「あ、そうだ」


 ポップがわざとらしく大きな声を上げた。

 イヴェリオは苛立ちを露わにした。


「なんだ!?俺はもう行くぞ――」

「『最近変な夢を見る』」

「え?」


 イヴェリオの足が止まった。


「今朝、アンジェリーナが言ってたこと思い出したんだよ」


『最近変な夢見るんだよね』

『変な夢?』

『そう。きれいな女の人と、もう一人男の人が出てくるんだけど――あ、ポップ石も出てきたよ。ていうかまさにこの場所。一週間前から突然見始めたんだけど、毎日少しずつ話が進んでいってるような気がするんだよね』

『物語みてぇだな』

『うん。でもなーんか、前にも見たことがある気がするような。それにすごいリアルっていうか?ねぇポップ何か知らない?』

『知らない?って夢の話だろうが』

『ま、そうだよね。あ。でも、やっと昨日もう少しで男の人の顔が見えそうだったんだよ!だから次はもしかしたらようやく顔がわかるかも。――そういえば今日は夢見てないな。野宿だったからかな?』


 イヴェリオは凍り付いた。


「なぁイヴェリオ。もう隠しとくのは無理なんじゃねぇの?剣のときも言ったろ。どうせ時間の問題だったんだ。始まっちまった以上、もう止まらねえよ。運命は動き出している」


 ははっとイヴェリオを嘲笑うようにして、ポップは森の奥へと消えていった。

 イヴェリオは帰路についた。


 ――――――――――


「ひっさしぶりの街、最高!」


 アンジェリーナは禁断の森を通って、城下町に抜け出すことに成功していた。

 まだ7時前というのに、人が行きかい、街は活気にあふれている。


 そうそうこれこれこの感じ。

 やっぱりいいよね。

 こんなにたくさんの人の生活を肌で感じられる場所、他にない。

 城で引き籠ってたんじゃ永遠にわからないのに。

 お父様ときたら――あぁ思い出すだけで腹が立ってきた。


 アンジェリーナは激しい人の流れを横目で見ながら、目的地へ向けて足を進めた。


 今はもう慣れたけど、最初のときはほんとびっくりしたな。

 まず人の多さ。それから音の大きさ。

 何をとっても静かな城とは大違い。

 あ、そういえばあの古本屋も、人に流されてたまたま入った横道で見つけたんだよね。


 アンジェリーナは迷いなく大通りから横道へと曲がった。


 っていうか、思い出してみると、初めて街へ行くってなったとき、なんかもたついてたような――。


 ――――――――――


「はぁ!?お前、そのかっこで行くの?」

「え?」


 アンジェリーナはふわふわの白のワンピースに、これまた真っ白なローブを羽織っていた。


「そんな、いかにもお嬢様って格好。すぐに身バレして連れ戻されるって。ていうか第一、こんな5歳の子どもが一人で街をふらついていること自体、浮いてるっつうの」

「え?じゃあどうしたらいいの?」


 アンジェリーナは口を尖らせてポップを見つめた。

 ポップはうーんと首をかしげた。


「そうだな。まぁスラム街の子どもって設定ならいけるかも?じゃあまず、そのビシッとした服をどうにかしねぇとな」


 よし、とポップは声を出すと、アンジェリーナに指示を出し始めた。


「まずローブを地面にこすりつける。足で踏む。飛び跳ねる。そんで泉で濡らして、また土で汚す。それから自然乾燥。これくらいやりゃ泥んこの汚ねぇ服に仕上がるだろ」

「よし。できたよ!」


 アンジェリーナの手には指示通り、泥だらけになったローブの姿があった。

 ポップは何も言わずにアンジェリーナを見つめていた。


「ポップ?」

「ああいやそれでいいよ。――ったくこの姫さんは躊躇いというもんがねぇのか」

「え?」

「何でも」


 これで完璧、とアンジェリーナはローブを干そうとしてふと気が付いた。


「あ、このワンピースもどうにかしなきゃ。さっきとおなじようにやれば――」

「ああ待て待て」


 ポップは急いでアンジェリーナを制止した。


「それ、今着てる服だろ。裸で帰るわけにもいかねぇし、泥んこにしちまったら確実に見つかるぞ」

「あぁそっか」


 それは考えてなかった。

 でもそしたらどうすれば?


 ポップはあごに手を当て、再び唸った。


「うーん、そうだな。よし。ワンピースはくしゃくしゃに丸めて、一晩体の下に敷いて寝る!それである程度ぐしゃぐしゃにはなるだろ」

「おー!」


 その翌日、アンジェリーナは土のついたローブとしわくちゃのワンピースを着て、初めての街へと旅立っていった。


 ――――――――――


 はぁ。あのときはまだ、つなぎなんて手に入れてなかったしな。

 結局帰ってきた後、くしゃくしゃのワンピース見つかって、どうしたんだって詰められたんだよね。

 ま、ローブはポップのところに隠してたし、外で遊んだって誤魔化せたんだけど。


 アンジェリーナはすたすたと小道を進み、そして一軒の店の前で足を止めた。


「よし、着いた」


 その店の看板には“アザリア古書店”の文字があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る