第19話 宣言と宣告

「あのね、ポップ。私気づいたことがあるの」

「ん、なんだ?」


 『魔界放浪記』を見せびらかしてきたあの日、アンジェリーナはそう言った。

 ま、当の俺ははじめ、寝っ転がったまんま、うわの空で話を聞いてたんだけど。


「今まで私、何となくはわかってたの。ポップ王国がすごい閉じこもった国なんだって。でもこれを読んで改めてわかった。この国は狭すぎる。世界はこんなに広くていろんな人も国も魔法も文化もあるのに、なんでこんなところにいるんだろうって」

「良かったじゃん、気付けて」


 アンジェリーナは熱を込めて俺に語り続けた。


「D.Dも言ってたけど、たぶんこのままじゃポップ王国はだめなんだよ。いつかかはわからないけど、でも絶対にだめになる時が来ちゃうんだよ」


 わかってんじゃん。

 なら王族やめて外に逃げるとか言い出すか?

 こいつなら十分あり得るな。

 そしたらイヴェリオの鼻を明かせる。


「だからね、ポップ。私――」


 ばっと立ち上がったアンジェリーナは、俺の目をまっすぐに見下ろした。


「私、この国を変えたい」

「は?」


 アンジェリーナの口から発せられたのは、予想外の言葉だった。


「変えるって。革命でも起こすつもりか?」

「場合によっては?あ、でもやっぱそれはないかな。王家陥落しちゃったら意味ないし」


 どういうことだ。


 俺はアンジェリーナの言葉を待った。


「私ね、思うの。この国はこのままじゃだめなんだって。今のやり方じゃいつか滅びるって」

「うんうん。さっきそう言ってたな」

「うん。だから国を変えなきゃいけないんだよ。もっと根本的に」


 アンジェリーナはそう言うと、ピッと指を立てた。


「例えばさ、お父様は大臣制を導入したじゃない?」

「ああそうだったっけ」

「あれってさ、要はお父様もこのままじゃだめだって思ったからってことでしょ。国王の権力集中をなくそうって」


 俺はあくびを噛み殺した。

 はっきり言ってイヴェリオの話なんか聞きたくない。

 眠くなるだけだ。


「でもね、それだけじゃだめなんだよ。やっぱり国を閉ざしている限りは。D.D.も書いてたけど、ポップ王国は他の国と比べて明らかに劣ってるんだよ。時代遅れっていうの?だけどほら、こうも書いてあった。ポップ王国には独自の文化がある。それはすごいことなんだって」


 アンジェリーナの目はきらきらと輝いていた。


「だから私、国を開きたいの。いつか、どんなに時間がかかっても、どんな壁があろうとも、絶対に」


 アンジェリーナは強くそう宣言した。


 俺はただじっとアンジェリーナを見つめていた。

 言葉が出なかった。

 あぁこいつは本当に――。


「ちょ、聞いてるの?さっきから」


 黙って呆けている俺をアンジェリーナは睨みつけた。

 その様子に俺はようやく緊張が解けた。


「ははっ。お前、やっぱ面白い姫さんだな」

「なっ。こっちは真面目に」

「大丈夫大丈夫。大真面目大真面目」


 それでも笑い転げている俺に、アンジェリーナはぷくっと頬を膨らませた。


「っていうかポップ。何度も言ってるけどその――」

「姫さん呼びをやめろって?いいじゃねぇか」

「よくない!」

「なんでだよ」

「それは――」

「ふわふわしてるから?」


 アンジェリーナはむすっとして頷いた。


「あのな。ふわふわしてるだけが姫さんじゃねぇだろ」

「え?」

「お前固定観念にとらわれすぎ」


 アンジェリーナは意味が分からないというふうに、首を傾げた。


「お前の周りのやつらが言ってる姫さんっていうのは、要はお人形さんみたいなやつってことだろ?」

「うん」

「お前とは正反対の」

「ん!?」


 アンジェリーナは一瞬怒った様子で、すぐに複雑そうな顔をした。


 何となく貶された感じがして嫌だったんだな。

 でもすぐに正気に戻って気が付いた。

 あれ?私お人形になりたいわけじゃなにのに、って。


 俺はアンジェリーナの顔を見上げながら話を続けた。


「でもさぁ、どうしてそれだけが姫さんだって思い込んでんだ?いいじゃねぇか。別にお前みたいなおてんば娘がいたって」


 その言葉に、アンジェリーナは目をぱちくりさせた。

 今までこんなこと、言われたことなかったんだろうな。


「お前、国を開きたいんだろ?変えたいんだろ?」

「うん」


 アンジェリーナは俺の目線に合わせてしゃがみこんだ。


「だったらやりゃいいじゃねぇか。お前が、自分の手で」

「私の手で?」

「そうだよ。いたっていいじゃねぇか。政治に積極的に関わる姫さんが」


 アンジェリーナは目を大きく見開いた。


「せっかく王族に生まれたんだろ?そんなん庶民がなりたいと思っても一生なれないんだ。利用しない手あるか?もったいない。王族、姫、権力最大に使ってやってみればいい。お前にはその立場がある」


 少し臭すぎたかな。

 俺としたことが、アンジェリーナ並みに熱く語ってしまった。


 ぽりぽりと頭を掻く。


「ポップ」


 アンジェリーナは静かに俺の名を呼んだ。


「なんだ?」

「私決めた」


 そう言うと、再びアンジェリーナは立ち上がった。


「私は、私だけの姫さんになる。そして、この国を守る!」


 アンジェリーナはただただ真っすぐ前を見つめていた。


 輝いてんな。


 俺はアンジェリーナを見て、静かに笑った。


 ――――――――――


 ポップの話が終わったというのに、イヴェリオはその場から動くことができなかった。


 足が、体が1ミリたりとも動かせない。

 息がうまくできない。

 辺りの景色が白黒に見える。


「ちなみにこれ、2年前の話な」


 イヴェリオは目を見開いた。


 2年前!?そんな昔?

 5歳の子どもが、あり得るのか?


 その様子にポップはにやりと笑う。


「いいね、その反応。俺もビビったぞ。なんせつい1年前、初めて俺と出会ったときはまだ言葉拙かった幼女が、いきなり大人顔負けの口調に変わってたんだからな。気づかなかったか?その当時」


 当時。アンジェリーナが5歳から6歳の頃か。

 ポップの話すことが真実なら、相当な変化だったに違いない。

 だが時期は特に、アンジェリーナに接触する機会を減らしていたから――。


「お前、その本の中見た?」


 ポップは再びイヴェリオが抱える本を指さした。


「結構普通に難しい言葉使われてんだぜ、それ。結構面白可笑しく書かれているからわかりにくいけど。それをわずか5、6歳の子が読もうとしたんだ。相当無茶なことはわかるよな。でも、あいつはやったんだよ。辞書引きながら頑張ったんだろうさ。知らぬ間に自身の言語レベルを桁違いに向上させてしまうほど、な」


 イヴェリオは急いで本のページをめくった。

 指が震えて横着する。

 見ると確かに、それは旅日記ながらも、子どもには難しいような表現も多いようだった。

 加えて、大人でも知らないような、ことわざなんかも散りばめられている。


「ちなみにだが、アンジェリーナが本格的に勉強、いわゆる数学とか歴史とかをやり出したのは、俺に宣言してからだ。これがどういうことかわかるだろ」


 イヴェリオはぱっと顔を上げた。


 確かに、アンジェリーナがもっと、普通の子どもが初等学校で習うような勉強がしたいと言い出したのは、2年前くらいだったかもしれない。

 その当時はただの気まぐれで、すぐに飽きると思っていたが、結局のところそれは現在まで続いている。

 私はそんな背景があったなど、夢にも思わずに――。


「あいつは、あいつなりに考えて、国を守るために今の自分に何が必要なのか模索したんだ。それをなんだ?お前は勉強を取り上げてお人形さんらしくしとけって?馬鹿じゃねぇの」


 ポップは一気にまくしたてた。

 

「アンジェリーナはお前が思っている何倍も、何十倍もいろいろ考えてる。考えたうえで行動してる。アンジェリーナがなんでキレたか、教えてやるって言ったよな。もう一度自分の胸に手を当ててよーく考えてみろよ。アンジェリーナはお前の言う、解釈違いな姫さん像を嫌々ながらにも受け入れていた。一週間、いやもっともっと前からな。なんでかわかるか?」


 口は堅く閉ざされたまま動かなかった。


「それはな、お前が国のことを想ってそうしているとアンジェリーナは信じていたからだよ」


 ポップは話を続けた。


「理想論の違いは確かにある。でも、それでもお前も自分と同じように、国を変える必要がある、国を守るために最善を尽くしているんだって信じていたんだよ。だから文句は言っても、脱走しても、決して今回みたく家を捨てたりしなかっただろ?」


 黙ったままのイヴェリオに、ポップはビシッと指を向けた。


「だがな、そんな少女のささやかな願いをお前は一夜にして、いや一言にして打ち砕いたんだ」


 イヴェリオはもはや微動だにせず、ただただポップを見つめていた。

 もう何を言われても反論する気は湧かなかった。


「何が『ポップ王国はこれからも未来永劫続いていく。私が統治する限りはな』だ。アンジェリーナがかわいそうだよ。だって、本当に自分の父親が能無しの世間知らずだって、本人の口から聞かされちまったんだからな」

「――」

「お前は国のことなんか何にも考えられちゃあいない。アンジェリーナのほうが何千倍も国のことを想ってるよ」


 ポップから発せられる怒涛の罵詈雑言。

 そのすべてが、イヴェリオの心に突き刺さった。


「アンジェリーナがあそこまでキレたことなんてねぇだろ。どうしてあいつがあそこまで怒ったのか、もうわかるよな」


 イヴェリオの脳裏に昨晩のアンジェリーナの表情が浮かび上がった。

 見たこともないような怖い顔。

 あれの意味するところがようやく分かった。


「あいつは父親としてのお前にキレたのでも、人間としてのお前にキレたのでもない」


 ポップは冷たく、静かに言い放った。


「国王としてのお前に失望したんだよ」

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