第17話 上の立場

「外へ出した?どういうこと」

「とぼけるな」


 禁断の森の入り口。

 イヴェリオはポップと対峙していた。


「アンジェリーナはどこに行った」

「んんー?」

「ここに来たはずだ。窓が開いていた。シーツを使って壁を伝った形跡があった。前回と同じ手口だ」

「木切ったんじゃねぇの?」

「今回はロープがもっと長かった。おそらく前回使った木よりも低い木に飛び移ったんだろう」

「へぇー」


 ポップは興味なさげに生返事をした。

 その様子にイヴェリオの苛立ちが募る。


「いいから早く教えろ!まだここにいるのか。それとも外に出たのか」

「あのさ、外外っていうけど、そもそも城の周りって結界張ってるんだろ。内からも許可なしには出られないんじゃなかったっけ」

「だからこそお前なんだろうが」

「あ?」


 イヴェリオはポップを睨みつけた。


「確かに、このビスカーダ城には強力な結界がある。無断に出入りすることはできない。だが禁断の森は例外だ。ここはポップお前のせいで魔力の流れが混沌としていて、うまく魔法が働かない。だから禁断の森周りには結界が張れないんだよ」


 イヴェリオは一呼吸ついて、森の奥を眺めた。


「そもそも禁断の森は外部からの侵入を受け付けない。だから結界を張らずとも何人たりとも立ち入ることはできない。万が一侵入できたとしても、中の魔獣に食い殺されること間違いないからな。実際、今まで禁断の森経由で王城に侵入した者はいない。だが――」


 イヴェリオは改めてポップを睨みつけた。


「お前がそれを許すならば話は別だ。何せお前はポップそのものなんだからな」

「なるほど。じゃあ俺の許可なしにアンジェリーナが森を通って外に出るなんてありえないってことか」

「そうだ。だから早く教えろ。アンジェリーナはどこへ行った」

「えー?」


 これだけの話をしてもなお、ポップは気の抜けた返事ばかりを寄越す。

 イヴェリオの我慢は限界に達していた。

 抱えていたつなぎと本をポップに突きつける。


「これが、アンジェリーナの部屋にあった。こんなつなぎを与えた覚えはない。それにこの本。この国では禁書となっている類のものだ。街で出回っていることも問題だがそれよりも、こんなもの城の中に置いているはずがない。あいつが外へ出た確固たる証拠なんだよ!」


 イヴェリオはそこまで一気に話すと、はぁはぁと息を切れさせた。

 すると突然、ポップは細かく体を震わせ始めた。

 次第にクククという笑い声が大きくなっていく。


「お前、馬鹿じゃねぇの?」

「あ?」


 その目には涙すら浮かんでいる。


「確固たる証拠?あのなぁ。それ、いつからあの部屋にあると思ってんの?」

「は?」


 いつから?こいつなにを言おうとしているんだ。


「アンジェリーナが俺に外に出たいって言ってきて、そんであいつが初めて外に出たの、あれ2年前だぞ」


 イヴェリオは固まった。

 言葉が出ない。

 その様子にポップはぐっと顔を近づけた。


「お前、あいつのこと見ていなさすぎだろ」


 耳元でポップの声が低く響いた。

 その言葉はずどんとイヴェリオの心に沈み込んだ。


「――どこだ」

「あ?」


 さっきの剣幕とは裏腹に、イヴェリオはぼそっと呟いた。


「アンジェリーナはどこだ」

「お前な、さっきからそればっかで――」

「いいから答えろ!」


 ポップの口から明かされた事実。

 その衝撃は、イヴェリオを動揺させるには十分すぎるものだった。

 せき止めていたダムが決壊するように、イヴェリオの心の中は制御不能となっていた。

 考えるより前に言葉が溢れ出してくる。


「早くしないと。街は危険だ。万が一にもあいつの身に何かあったら。お前はアンジェリーナのことが心配じゃないのか。あいつにもしものことがあったらどう責任を取ってくれるんだ」

「はいはい」

「聞いているのか!」

「あーもう、うるっせぇなぁ。てめぇが心配してるのはアンジェリーナじゃなくて自分の身だろうが」


 イヴェリオの言葉をうわの空で聞き流していたポップは、ついに声を荒げた。

 しんと場が静まり返る。


「は?そんなこと――」

「あるだろうが。少なくとも俺には自分の保身に走っているようにしか見えねぇよ」


 ポップはかったるそうにイヴェリオ見下ろした。

 そしてこちらに近づいてくる。


「つーかさ、お前、何か勘違いしてない?」

「え?」

「何お前が俺に指図してんの?」


 ポップは再びぐっとイヴェリオに顔を近づけた。


「俺がお前に恨みがあること、忘れたとは言わせねぇぞ」


 低く冷たい声。

 いつものにやついたポップの顔はどこにも見当たらない。

 静かにイヴェリオを蔑み、見下している。


「俺はお前がどうなろうがどうでもいい。国のためにどうこうするつもりもない。だから何もかも、お前に話す義理はない」


 イヴェリオは何も言うことができなくなっていた。

 ただただその場に突っ立っているのみで、本当はもっとやるべきことがあるはずなのに。

 すっかり立場は逆転してしまった。

 いやもともと立場なんてこいつの前では意味がないのか。

 ポップは人形のように動かなくなってしまったイヴェリオを見ていたが、しばらくして、またいつもの調子で話し始めた。


「ま、いいよ。お前を助けるなんて反吐が出るけど、アンジェリーナのことは好きだから。あいつ面白いし。しょうがねぇから教えてやるよ。昨日の夜、いや今朝だったか?何があったのか」


 ポップはにやっと笑って語り始めた。

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