第16話 部屋捜索

 イヴェリオは自室の椅子にどかっと座った。

 机に肘をつき、眉間を押さえる。


『は?』


 目を閉じればさっきのアンジェリーナの表情が浮かんでくる。

 あいつが一体何を思ってそう言ったのか。

 あれは思わず口をついて出たという感じだった。

 つまりその一言がアンジェリーナの本心。

 わかっている。わかってはいるが――。


 イヴェリオはぼーっと前を見つめた。


 さっきからどうにも集中力が働かない。


 それもそのはず。

 月に一度の閣議という修羅場を乗り越えたと思ったら、家に帰ると自分の娘が待ち構えていて、大修羅場となってしまったのだ。

 イヴェリオの疲労はすでに限界を超えていた。


「駄目だ。また明日考えよう」


 立ち上がろうと机に手を置いたとき、ふとその下の引き出しが目についた。

 イヴェリオはすっと立ち上がると、掛けてあったジャケットの内ポケットから、鍵を取り出した。

 そして引き出しの鍵穴に差し込む。

 ガチャという音を確認すると、イヴェリオは引き出しを開けた。

 取り出したのは、薄い写真たてだった。


 アンジェリーナが自由を求める気持ちはわかる。

 そしてそれを縛っているのは紛れもない私なのだということもわかっている。

 今の状況が本当に最適解であるとは思っていない。

 でも――。


「これでいい。これでいいんだ。な、ソフィア」


 手元の写真には、若い男と、その隣で微笑む女の姿があった。


 ――――――――――


 翌朝、イヴェリオはいつものように、仕事へ向かう準備をしていた。


 昨日の閣議で話し合ったあれこれをまとめなければならない。

 今日も忙しくなる。


 イヴェリオがジャケットに腕を通そうとしたそのときだった。

 ドンドンドンと大きな音を立てて、突然ドアが叩かれた。

 イヴェリオの許可を待たずに、すごい勢いで使用人が飛び込んでくる。


「イ、イヴェリオ様!」

「なんだ」


 息を切らし、血相を変えた使用人に、イヴェリオはひどく胸騒ぎがした。


「ア、アンジェリーナ様が!」


 イヴェリオがアンジェリーナの部屋に辿り着いたとき、すでにそこにはアンジェリーナの姿はなかった。


「アンジェリーナは!?」

「そ、それが、朝食のお支度ができたと呼びに伺ったところ、何の返事もなく。開けてみたときにはもう――」


 はぁはぁと肩で息をしながら、イヴェリオは部屋を見回した。


 窓が――!


 つい一週間ほど前と同じ光景。

 窓は開かれ、シーツ製のロープが外へ垂れ下がっていた。


 あいつ。またやりやがった。

 いや待てよ。

 前回の一件から部屋の窓には鍵をかけたはず。

 その鍵は私のほうで保管している。

 どうやって開けたんだ。


「アンジェリーナ様一体どこへ。まさか外部からの侵入者に攫われたのでは!?」


 使用人たちがざわめく。


「それはない。この窓は外側からは開かないような設計になってある。それに王城にはしっかりと結界が張られている。それに、窓に壊された形跡はない」

「で、ではどうやって」


 イヴェリオは黙り込んだ。

 部屋に沈黙が広がる。


「あ、あのー。これは一体」


 入り口からの声に、イヴェリオはぱっと振り返った。

 使用人たちも同様に後ろを見る。

 突然全員から視線を向けられて、何も知らずにやってきた使用人は目をキョロキョロさせた。


「お前は?」

「あ、はい。アンジェリーナ様のお召し物をお届けに」


 見るとその使用人が抱えているのは子供用のつなぎのようだった。

 一週間前、あの事件のときにアンジェリーナが着ていたものだ。


「おい。それは捨てろといったはずだ」

「え、あ、そうだったのですか。申し訳ございません」


 確かに伝えたはずなのだが、手違いでそのまま洗濯してしまったらしい。


 それにしてもアンジェリーナめ。

 こんな服、王族が着るなどはしたない。

 一体どこで――。


 イヴェリオははっとした。

 使用人からつなぎを奪い取ってまじまじと見る。


「イヴェリオ様?」


 使用人がこちらを訝しんでいる。

 だがイヴェリオにはもはやその視線を気にする余裕などなかった。


 なんで今の今まで気づかなかったのだろうか。

 そうだ。どうしてアンジェリーナはこんなものを持ってるんだ。

 一体どこで手に入れた。


 イヴェリオは、部屋の中をひっくり返し始めた。

 ベッドの下から机の引き出し、カーテンの裏まで。

 突然の奇行に使用人たちが顔を見合わせている。

 しかし、そんなことお構いなしにイヴェリオは部屋を漁り続けた。

 そしてその手がクローゼットまで及んだとき、イヴェリオは奥のほうに布をかぶって不自然に盛り上がる何かを見つけた。

 服の下に潜り込み、うんと手を伸ばして取り出してみると、中には先程と同様のつなぎが一着入っていた。


 やっぱりそうか。まだ隠していたか。

 となると――。


 イヴェリオは再び部屋を調べ始めた。


 これは?


 本棚に手をかけたとき、イヴェリオは異変に気付いた。


 本が少し手前にはみ出ている。

 おかしい。この本棚はオーダーメイド。不良品などありえない。

 きっちり本が収まるように設計されているはずだ。


 イヴェリオは本を取り出して、中に手を伸ばす。

 すると、がたっと本棚の奥の壁と思われていた部分が動いた。

 どうやら薄い板がつっかえていたらしい。

 イヴェリオは板を取り外し、中をのぞいた。

 狭いスペースができていたと思われるそこには、案の定本が隠されていた。

 イヴェリオは表紙をあらためた。


「『魔界放浪記』?」


 たしかこれはポップ王国では禁書となっていたはず。

 なぜアンジェリーナがこんなものを。

 いやとにかくこんなもの、絶対に王城では手に入らない。

 これで確定だ。


 イヴェリオは本と、つなぎを抱え、すたすたと部屋を去っていってしまった。

 後ろから使用人の呼び止める声が聞こえたような気がしたが、イヴェリオの耳にその内容は全く届いていなかった。

 イヴェリオはあの場所へ向かって小走りになった。


 完全にそうだ。

 アンジェリーナは外に出ている。

 そしてそれを手助けできるとすれば――。


「ポップ、出てこいポップ!」

「うるっせぇな。んな怒鳴り声上げんなよ」


 禁断の森。その入り口にのそっとポップは顔を出した。


「お前、アンジェリーナを外へ出したな」


 それができるのはこいつしかいない。

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