第14話 お話し合い
はぁ。今日の閣議は先月にも増して疲れた。
ヨーク、ヤルパ王国の問題はもちろん、国内情勢も安定しない。
労働者の賃上げ要求、交通網の整備、税金引き下げの要求、教育の充実、やることは山積みだ。
大臣たちも相変わらず統制が取れない。
各々、個が強すぎて相手の話をまるで聞かない。
ふだん自分がトップとなって仕事しているのもあるのだろう。
一人でいると、同じ立場の人間に会う機会がないからな。
それにしても――。
イヴェリオは先程の閣議、序盤に繰り広げられた論争を思い出していた。
戦争、か。
簡単に言わないでほしいものだ。
戦争に勝つ負ける以前に、戦争には金がかかる。
早く結論を出せといっても、まずはその費用を集めなければならない。
そのためには国民の同意が必要。
必ず反対運動が起こる。
ますます国民の分裂が広がる。
ふぅとイヴェリオは大きなため息をついた。
今の状況、先がないのは分かっている。
おそらくヤルパ王国、およびヨーク民族との戦争は避けられない。
準備をしておかねば。
イヴェリオはようやく居住棟に到着した。
お帰りなさいませと、一列になって使用人が出迎える。
しかし、どこか様子がおかしい。
何かおろおろしているような。
「イヴェリオ様。あ、あの」
「なんだ?」
そのうちの一人が前に出てきた。
「ア、アンジェリーナ様がお話したいことがあると」
「アンジェリーナが?もう11時を回っているぞ。どうして早く寝かせない」
「ですが、あの、なんていうか凄みがある表情で」
凄み?
とても嫌な予感がする。
「アンジェリーナは今?」
「食堂にいらっしゃいます。もうかれこれ2時間以上」
ったく。仕方がない。
イヴェリオは自室に寄ることなく、その足で食堂へ向かった。
食堂前、外から見えたアンジェリーナは確かに、真顔のまま、威圧感を醸し出してしていた。
食堂。
怒るアンジェリーナ。
2年前を思い出すな。
イヴェリオは中へ足を踏み出した。
アンジェリーナはイヴェリオを視認すると、表情を全く変えずに再び前を向いた。
イヴェリオが向かいの席に座ると、アンジェリーナは口を開いた。
「お父様。許婚が決まったってどういうことですか」
やはりか。
何となくそうではないかと思っていた。
散々ストレスの溜まったところに、無断の許婚決定。
アンジェリーナの怒りを買うには申し分ない。
「誰から聞いた」
「家庭教師から。口を滑らせたって感じでしたけど」
廊下で話したのがまずかったか。
あそこは使用人も大勢通る。
もっと警戒しておくべきだった。
「本当なんですか」
アンジェリーナは淡々とした口調で尋ねた。
いつもあれだけ注意して直さないのに、さっきからずっと敬語。
本気で怒っているのが伝わってくる。
だからそこ、ここでごまかしても仕方がない。
「ああそうだ。私が進めろとガブロに伝えた」
アンジェリーナの眉がピクリと動いた。
「どうして今になって。お父様、許婚の件に関してはあまり積極的ではなかったですよね」
「そんなことはない。今まであまりいい縁に恵まれなかっただけだ。だが今回はガブロの息子。信用に足りる」
「――そういうこと言ってるんじゃないんだけど」
アンジェリーナは目線をそらしてぼそっと呟いた。
しかしすぐに真っすぐイヴェリオの目を見て言った。
「この際だからはっきりさせておきたいんです。いろいろと。私のこれからについて、お父様がどう考えているのか」
「これから?」
「お父様が思う“姫らしさ”についてです」
姫らしさ?
いきなり何なんだ、アンジェリーナは。
家庭教師にでもガミガミ言われたか。
そもそも、今日怒っているのは許婚の件のはず。
もっと噛みついてくると思ったが。
一体何を考えている。
「姫とは、王族として王国を反映へ導く義務を果たすべき存在だ」
「具体的には?」
「儀式への参列や舞踏会での各侯爵家との交友などの公務を行う」
「それだけですか」
「それだけ、とは?」
「なるほど。ではお父様は、姫とは王宮に閉じこもり、各家への機嫌取りをして、いずれは優秀な婿を迎え、王妃となって国王を支える存在、であるというのですね」
「なんだその言い方は」
皮肉を込めた言い草に、イヴェリオは眉間にしわを寄せた。
しかしアンジェリーナは全く臆することなく発言を続ける。
「ですがそういうことですよね。私に所作や音楽ばかり教えて、一切その他の勉学を与えようとしないのは」
なるほど。今日の本題はそこか。
確かにそろそろ限界になってもおかしくない頃ではあるな。
「分かった。お前はその勉学とやらを再開してほしいということだな」
「いいえ」
「は?」
イヴェリオは耳を疑った。
いいえ?どういうことだ。
勉強の再開が本当の目的ではないのか。
いや、そうでなかったにしろ、あのアンジェリーナが勉強を諦めてもいいなどと言うはずがない。
イヴェリオは軽くパニックを起こしていた。
口調が荒くなる。
「ではなぜこの話をする?目的はなんだ。もったいつけずに早く言え」
一方のアンジェリーナは驚くほど静かに答えを返した。
「私はただこの際に聞きたいんですよ。お父様が、いやポップ王国国王が姫としての私に何を願っているのか。国の行く末をどのように考えているのか、を」
いきなりアンジェリーナから国という言葉が出てきて、イヴェリオは一瞬たじろいだ。
しかし、すぐに表情を取り繕い、いつもの高圧的な態度を取り戻す。
「国の行く末?何を馬鹿なことを。お前が考える必要はない」
「いいえ。常々お父様は王族としての自覚を持てとおっしゃいます。ならば国のことを考えるのは当然でしょう」
イヴェリオはぐっと言葉を詰まらせた。
さっきから何なんだこいつは。
まるで手練れの貴族を相手にしているような。
いや、先程解散した閣議の大臣たちよりもずいぶん冷静だ。
8歳の少女がこんなことを考えて発言するのか?
アンジェリーナはこんなやつだったか?
「お前、さっきから大人ぶったことを聞いて。何を隠してる。正直に言え」
絶対何か他の真意があるはずだ。
イヴェリオは自分が焦れば焦るほど、アンジェリーナがどんどん優位になっていくような錯覚を覚えた。
本体であれば父親である自分のほうが、罰を与えている側のこちらのほうが優位に立てるはずなのに。
するとアンジェリーナは大きくはぁとため息をついた。
「お父様こそさっきから、なぜ?目的は?とおっしゃいますが、質問しているのはこちらです。ですが、お父様がお話してくださらないというのならば、こちらだって言いたいことを言います」
「なんだ言ってみろ」
イヴェリオはもはや温便に済まそうなどと言う頭ではなかった。
一刻も早くこの気持ち悪い構図から抜け出したかったのだ。
「ならば単刀直入に。私だって本来ならば一日でも、いや一秒でも早く勉強がしたい。ですがこれが王国運営の妨げになるというのならば私は素直に諦めます。ただし!」
アンジェリーナは語尾に力を入れて、そしてイヴェリオを睨みつけた。
「もし、万が一私に勉強をさせない理由が正当な理由ではなかった場合、私はお父様の考えに従うことは一切できません。絶対に断固拒否します。ですから、再三私は尋ねているのです。『この国をどうしたいのか』と」
真剣な眼差しがイヴェリオに刺さる。
イヴェリオは昼間ガブロが見せた鋭い眼光を思い出していた。
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