第13話 閣議
「ですから!もっと北方に兵の増強を」
「いいや、今はこれ以上の余裕はない。それよりも情勢不安による物価上昇の方が深刻だ」
「物流の方も滞っています。やはりポーラ共和国からの輸入を増やすべきかと」
「駄目だ。それでは鎖国の意味がない。貿易規制は変えない。絶対だ。それより心配なのは税金のほうだ。国民からの非難が日に日に強まっている」
閣議は序盤からヒートアップしていた。
大臣たちは長机から身を乗り出して、今にも乱闘が起こらんばかりに。
王宮において、会議自体は週に何度も行われている。
しかし、それにすべての大臣が出席するわけではない。
大臣たちは自分の担当分野の仕事を黙々とこなすが、必ずしも常に王宮にいなければならないわけではない。
大臣の中には、辺境伯として、地方の領地を統治している者もいる。
ゆえに、普段の業務は自身の領地で行うことが多いのだ。
一方、月に一回行われる閣議には、全大臣が集結する。
一か月溜まりに溜まった諸問題。
それを一日で共有・解決しようというのだから、それは熱が入るのも致し方ないのだ。
「国王!」
「国王様!」
「どうなんですか王様!」
大臣たちは一斉に国王の方へ目線を向けた。
興奮でバキバキになった眼差しがイヴェリオを襲う。
「待て。一度落ち着かないか」
ガブロの鶴の一声に、会議は静けさを取り戻した。
大臣たちが椅子に腰を落とす。
イヴェリオはごほんと一つ咳払いをして、口を開いた。
「確かに、北方の情勢不安定はここ数年の大きな問題だ。だからこそ、冷静に対応する必要がある。感情的になっていては何も解決しない」
「申し訳ございません」
イヴェリオの低い声に、大臣たちは静かに頭を下げた。
「まずは北方情勢について。外務大臣から」
「はい。外務大臣ワグナー=リブスがご報告させていただきます」
リブスはすっと立ち上がった。
「北方民族ヨーダとの交渉はいまだ進展ありません。中央の直接統治は言語道断だと。また、ヤルパ王国との癒着もかなり強いものと思われます」
「なるほど。では次――」
「やはり戦争は避けられないのでは」
イヴェリオの言葉が遮られた。
「ここ数年状況は全く好転していません。いや数年どころとの話ではない。統一民族政策が始まった法皇の時代から、ヨーダおよびヤルパの問題は解決していません。もう国民も我慢の限界です。先程財務大臣や商務大臣もおっしゃっていたではありませんか」
「やめろマックス=ベイリー国防大臣。戦争などと易々と発言するものではない」
リブスはぐっとベイリーを睨みつけた。
「だがこれ以上の長期化は誰のためにもならない。国を想うのならば早急に決着をつけるべきだ」
「国防大臣!まさか国王様が国を想っておられないとでもおっしゃるのか」
「そんなつもりは――」
「なら今すぐに謝罪しろ。深く首を垂れて。さぁ!」
リブスはすごい剣幕でベイリーをはやし立てた。
ベイリーは不服そうにリブスを見たが、すぐに目線を落として頭を下げた。
「失礼いたしました。今の発言、国王に不快なお思いを」
「いや構わない。顔を上げろ」
見るとリブスは勝ち誇った顔でベイリーを見つめていた。
この男、忠誠心があるのはいいが、度が行き過ぎているというか。
こいつもガブロと同じ侯爵家。それも上流の。
代々王家に仕えてくれているがゆえに、邪険にはできない。
実際仕事はできるし問題はないが。
「リブス外務大臣。貴殿も国王の許可なくしゃべりすぎですよ。閣議は今日一日だけ。集まるのはまた一か月後。有意義に行きましょう」
ガブロはビシッと言い放った。
その言葉にリブスは顔を一瞬歪ませたが、すぐに取り繕って着席した。
「国王」
ガブロは微笑んで、イヴェリオに先を促した。
こういう時、本当にガブロは頼りになる。
侮れないともいうが。
再び静かになった会議場に、イヴェリオの声が響く。
「では次の報告へ」
――――――――――
「またここ、間違えて。何度言えばわかるのです」
アンジェリーナはピアノという苦行の真っ最中だった。
音楽室が防音なのをいいことに、家庭教師はここぞとばかりに大声で責め立てている。
「たとえ苦手でも、嫌いでもやるんです!それが姫の役目ですから」
「わかってるよ」
別にピアノが嫌いだったわけじゃない。
音楽を聴くのもまぁ、少し眠くなるけど嫌いではない。
ただ性格に合わないというか。
ピアノの前で座っているよりも体を動かしている方がいい。
かといって、縛りの多いダンスなんかはだめなんだけど。
「あ、またそこ間違えた!集中してください」
「えーでも、もうかれこれ2時間は弾きっぱなしだし。ちょっとお腹も空いた」
「あのですね――はぁ仕方がない。確かに3時を回りましたしね。いいでしょう。少し休憩しましょう」
よし!
アンジェリーナは心の中で大きくガッツポーズをした。
「うーんおいしい」
アンジェリーナはクッキーを頬張り、紅茶を飲んだ。
「ほら、カップの持ち方!それでははしたないですよ」
「はーい」
結局おやつの時間も所作のレッスンと変わらないんだよな。
まぁ、クッキーはおいしいけど。
今日一番の笑顔でおやつを食べるアンジェリーナに、家庭教師はため息を漏らした。
「はぁ。姫様は本当に“姫様らしいこと”がお嫌いなのですね。全国民からこんなにご寵愛を受けて育つ子どもなど、あなたさましかおられないのに。国民に報いたいとは思わないのですか」
「そんなこと、思ってるよ」
「でしたら、素直に励んでください。立派に成長した姫様が国を支え、新たな王妃となる日を、私も楽しみにしているのですから」
アンジェリーナは黙ってクッキーを口に放り込んだ。
「許婚の件も積極的ではな――あ、いえ、その件は解決したのでしたね」
「え?」
アンジェリーナは体をピタッと静止させた。
とても悪い予感がする。
「それ、どういうこと?」
「許婚、ようやくお決まりになられたのですよね。ミンツァー宰相のご子息に」
「え?え、え、え、え、聞いてないんだけど」
「ですが先程、国王様とミンツァー様がお話になられているのをお聞きして――はっ」
家庭教師はぱっと口を塞いだ。
ようやく自分がしゃべってはいけないことをしゃべってしまったのだと気づいたのだろう。
だがそれも時すでに遅し。
お父様め。
アンジェリーナの表情は怒りに満ちていた。
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