第12話 ガブロの指摘
「イヴェリオ様」
「ガブロか」
見るとガブロが早足でこちらにやってくる。
手には大量の書類を抱えている。
「またすごい荷物だな」
「ええまぁ。今日は月一の“閣議”ですから」
「今月の重要議題は――まぁ先月と変わらないか」
「はい。今日も長くなるでしょう」
ポップ王国はその名にある通り王制である。
基本的には絶対王制がとられており、国家の君主たる王が国家運営の全権を握っている。
この制度はカヤナカ家が王家となって以来、まだポップが存在せず、国の名前がチュナ王国だった時代から700年以上続いている。
当然イヴェリオの父、法皇オルビアもまた絶対王制の下で統治を行っていた。
しかし、この不変に思えた制度を変えたのが現国王イヴェリオである。
イヴェリオは長く問題となっていた国王への権力集中に対して、改革を行った。
それが『閣僚制度』である。
今まですべて国王が行ってきた様々な業務を細分化し、新たに任命した『大臣』に振り分ける。
大臣は国王の命のもと、担当分野の政治運営にあたる。
絶対王制であることには変わりないため、最終決定権が国王にあることは変わらないが、大臣もある程度の権力を持ち、いちいち許可をとらずともスムーズに仕事ができ
るようになった。
この閣僚制度に対する国民の反応は賛否両論である。
今までは国民の意見が反映されるのに時間がかかっていたが、新法制定など、問題解決までの時間が早くなったという称賛の声。
これはより国民に沿った政治が可能となった証拠だろう。
一方で、今までと何ら変わらないじゃないかという厳しい声も多い。
実は大臣は全員、貴族階級から選出されている。
王家と侯爵家との関係を考えると、どうしてもそうせざるを得なかったのだ。
しかし、閣僚制度が今までの凝り固まった古い慣習を変えたことは明らかである。
それは全国民が評価しているところであり、国王イヴェリオの支持率がいまだ高水準な理由となっているのだ。
「あぁそういえば」
閣議室へ向かう廊下の途中、ガブロが声を上げた。
「オルビア様から伺いました。許婚の件」
「――あぁ」
「いやぁまさか、うちに声がかかるとは思ってもみませんでした」
そうだ。アンジェリーナの許婚候補にガブロの息子が上がっていたんだったな。
先日、父がわざわざアンジェリーナに話しに来ていた。
ここ一週間ごたつきすぎて忘れていた。
「それにしても、うちの息子ですか――」
「何か問題が?」
ガブロが妙に言い淀んだのを、イヴェリオは聞き逃さなかった。
「父はなんと?」
「オルビア様は『名実ともに申し分ない。爵位の継承も滞りなくできるだろう』と」
爵位か、なるほど。
ガブロは侯爵家。それもかなりの上流階級。
宰相となりうるだけの頭と気質も持ち合わせている。
その息子となれば、確かに父も認めるだろう。
「それなら問題ないのでは?」
「あ、いえ、はい。まぁ問題はないのですが――なんというかうちの愚息、いえ息子は変わっていると申しましょうか。頭は切れるやつなんですがね」
「はぁ」
「いやまぁ大丈夫ですよ。これからビシバシ指導しますから」
大丈夫なのか、これは。
この快活豪胆なガブロをも手こずらせる男とは。
いや、国王となるにはそれくらいの度胸がなければいけないのだろう。
「ガブロ」
「はい」
「許婚の件。お前のところで進めてくれ」
「え」
ガブロはピタッと立ち止まった。
振り返ると驚きの表情を張り付かせている。
「どうした?」
「い、いえ。あ、はい。ではこちらで滞りなく」
しかし、まだガブロは何か言いたげにイヴェリオを見ている。
「なんだ?」
「はぁ。失礼を承知なのですが、イヴェリオ様が即決されるのは意外で。何と言いますか、イヴェリオ様は許婚の件に関してあまり積極的ではないように思えていましたので」
イヴェリオは口を閉ざしたままガブロを見つめた。
やはりこの男。
父の時代から政治に関わってきただけのことはある。
隙がない。
黙ったままのイヴェリオに、機嫌を損ねさせてしまったと思ったのだろうか。ガブロはすぐさま頭を下げた。
「申し訳ございません。出過ぎた意見を」
「いや、構わない。それより先を急ごう」
「はい」
二人は再び歩みを進めた。
「ですがそうなると、心配なのはアンジェリーナ様ですよね」
イヴェリオはぐっと口を結んだ。
「あの姫様が簡単に受け入れるとは――まだ話されていないのですか」
「ああ」
今この状況で話せることでもないしな。
例の事件があって以降、イヴェリオはアンジェリーナと顔を合わせないようにしていた。
顔を合わせてしまえば、双方衝突は避けられない気がしていたのだ。
「お耳に入った暁にはそれはそれは大変な騒ぎになるでしょうね」
いずれ話さなければならないことだ。
だがそのときあいつがどういう反応をするかは想像に容易い。
説得することなど考えたくもないがな。
「そういえば、ここ一週間の姫様はなんというか静かですね」
唐突にガブロは話を切り替えた。
「そうか?」
「ええ。今までは姫様のやらかし談を聞かない日など無かったので。やはり地下牢侵入の罰には、さすがにこたえているんでしょうかね」
静かにしているのはいいことだ。
さすがに勉強を取り上げたのには参っているのだろう。
一番効く罰はこれだったか。もう少し前からこうしておけばよかった。
「ですが心配ですね」
「え?」
ガブロはぐっと眉間にしわを寄せた。
「アンジェリーナ様の今の静けさは何というかあまりいい感じはしないと申しましょうか」
「“いい感じ”?」
「ああいや、ただの勘ですがね。でもほら、言うでしょう。“嵐の前の静けさ”と」
嵐、か。
アンジェリーナが問題を起こすのはしょっちゅうのこと。
あいつの存在自体、嵐と言えようが、もしそれ以上の嵐が起きるとしたら一体何が起こるというのか。
「ま、ただの老人のたわ言です」
「老人って――まだ50そこらだろ」
「もう50です。私としては60には隠居したいと常々思っておりますので」
私の何倍も元気なガブロが引退?
冗談じゃないな。
こいつなら100歳を超えてもピンピン走り回っていそうだ。
「ところで、イヴェリオ様の方こそ、最近大丈夫でいらっしゃいますか」
ガブロはまた唐突な質問をしてきた。今度はイヴェリオのことで。
大丈夫?私が?
「どういう意味だ」
「これこそ大変失礼なのは重々承知なのですが――ここ一週間疲れが溜まっているような感じがいたします」
「まぁ、最近仕事が立て込んでいたからな」
「そうでしたらよろしいのですが」
ガブロはイヴェリオの目をまっすぐに見た。
鋭い眼光が突き刺さる。
「もしもアンジェリーナ様のことでお悩みなのでしたら、一度ちゃんとお話しされた方が良いかと」
「お前の勘がそう言っているのか」
「申し訳ございません。これこそただの老害ですね。お耳汚しを」
ガブロの勘の鋭さはよく知っている。
本来ならばそうしないといけないのも分かっている。
だが――。
イヴェリオはどうしてもアンジェリーナと話し合う気が起きなかった。
自分が冷静でいられる気がしなかったのだ。
冷静さを欠いて良いことなんか一つもない。
3年前だってそうだっただろう。
「着きましたね」
気が付くと二人は閣議室の前に到着していた。
「今日は荒れますかね」
「今日も、だ」
イヴェリオはドアを開いた。
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