第11話 物語の終わり

「はぁ、今日は久しぶりにお母様のこと聞けたな」


 厳しいダンスレッスンを経て夜、アンジェリーナは自室にいた。


 5歳の誕生日に起こった事件。

 結局あれ以降、アンジェリーナはイヴェリオに一切母親のことを聞けていない。


 あのときの表情の意味、はっきり言ってすごく気になってる。

 でもさすがにわかるから。

 お父様にお母様のことを聞いてはいけない。


 アンジェリーナはずっとそのことを遵守していた。


 それから、その当時も何となくは気になっていた、イヴェリオとオルビアの関係性。

 小さいながらに二人の仲が良くないことはわかっていたんだよね。

 その原因がお母様にあるらしいと気づいたのは事件の後だけど。


「あぁ、果たしてお母様のこと、ちゃんと知る日は来るのかな。あのとき、お父様を怒らせずにちゃんと聞いておくべきだったな。結局事件の後は何も聞けず仕舞いで今日まで――」


 ここで、アンジェリーナはふと自分の発言に違和感を感じた。


 いやちょっと待って。

 本当に何も聞いてないんだっけ。


 アンジェリーナは記憶を一生懸命掘り返した。


 あれ、あの後どうしたんだっけ。

 たしかそのまま話は自然消滅して、誕生日のごちそうを食べて、おじい様は帰られて――。

 あ、そうだ。

 あの後、どうしてもお父様の表情が気になって、お父様の部屋に行ったんだ。

 でもその後は、あんまり覚えてないな。

 なんかお父様と少し話をしたような気はするんだけど。

 あれ?

 なんかちょっと重要な話もしたような。

 え、なんで覚えてないんだ。

 絶対忘れちゃだめなような気が――。


「あぁーー思い出せない!」


 アンジェリーナは頭を抱えた。

 こればかりは自分の記憶、自分で思い出さなければ絶対にわからないことなのに。

 もしかしたらイヴェリオなら覚えているかもしれないが、なにせ内容が内容。

 絶対に本人に聞けるはずがない。

 それに今は気軽に聞けるような関係にないし。


「あーもうどうしようもない。寝よ」


 アンジェリーナは諦めてベッドに向かった。

 そこでふと思い出した。


 あれ、そういえば今日もあの夢見るのかな?

 なんか続きが気になるんだよね。

 願ってどうにかなる問題じゃないけど。


「見れるといいな」


 アンジェリーナはランプを消した。


 ――――――――――


 ベッドの前で頭を抱える男。

 寝ているのはいつもの女性だ。

 でも前より明らかに顔色が悪い。


 あれ?今日は少し声が聞こえる。

 女の人が男の人に何か話してる。

 よく聞こえないけど、深刻な内容なのかな。


 女性は苦しげな表情を浮かべていた。


 男の人は泣いてるの?


 かすかな嗚咽が耳に響いてくる。

 肩を震わせるその背中は小さい。


 どうしたんだろう?大丈夫かな。


 アンジェリーナはそう思って、男性に向かって手を伸ばそうとした。


 あれ?


 アンジェリーナはその映像に違和感を覚えた。


 この手――。


 そのとき、男性の体がびくっと跳ねた。

 そして首がゆっくりと後ろへ動いていく。


 あ!こっちを見る。

 ついに顔が!


 その刹那、またもや視界がぼやけ始めた。

 どんどん辺りが白くなっていく。


 嘘でしょ。ここで!?


 アンジェリーナの思いをよそに、映像はそこで途切れてしまった。


 ――――――――――


「それはないでしょ!」


 朝一番からため息が漏れる。


 アンジェリーナが例の夢を見始めてからすでに一週間が経過していた。

 つまりアンジェリーナの軟禁状態も今日で一週間である。


 ピアノ、ダンス、所作もろもろ。

 今までも苦手な教科だったけど、この一週間で大嫌いになった。

 こんなに苦痛になるものなの?


 終わりの見えないこの生活。

 事態は何も好転せず、アンジェリーナの我慢は限界に達していた。

 一方で、毎日見続けている夢の方はというと――。


 ポップ石から始まって謎の女性に、それからもう一人の男性。

 昨日までは男の人の姿ははっきり見えなかったけど、今日はよく見えた。

 なんかすごく深刻そうな場面だったけど。

 というか、今日のあれなに!?

 なんか今日に限らずだけど、すごいいい場面で終わるんだよね。

 今日なんか本当にあともう少しで顔が見えそうだったのに。


 停滞中の日々とは打って変わって、夢はどんどん進行していた。


 一日目はポップ石と謎の人物。

 二日目はその人物が女性であることが判明。

 三日目以降は泉の前で女性ともう一人、男性が一緒にいる様子が延々と映し出されていた。

 依然として、会話の内容は聞こえなかったが、見える光景すべてが二人の楽しそうな雰囲気を醸し出していた。

 そして今日、七日目。

 場面は急展開を迎えたのだ。

 ベッドで横たわる女性と前に座る男性。

 前日までの明るい様子から、突然空気は重苦しくなっていた。


 一体何があったんだろう。

 昨日から一気に時間が経過しているような気もしたし。

 まるで物語を見ているみたい。

 今まではかなりぼんやりしていたけど、映像も一日一日はっきりしてきてるし、声も大きくなってきている。

 もしかしたら明日になればいろいろわかるかもしれない。

 それに気になることもある。


「今まで散々見ようとして見れなかった男の人の顔。もったいつけられて、こうなったら誰なのか意地でも見てやる。――それからあの手も」


 この夢の何かがおかしい。

 アンジェリーナの中でその疑念は日を追うごとに高まっていた。

 そしてアンジェリーナは察していた。

 物語に終わりが近づいているのだろうと。

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