第9話 魔界放浪記
「ぶはっ、やばすぎるでしょ」
アンジェリーナはベッドに突っ伏した。
結局今日は一日ピアノの稽古三昧。
本当に常にそばには兵士がおり、アンジェリーナがふらっとどこかへ行かないか監視していた。
アンジェリーナといえど、さすがにあれでは動けない。
それに何が一番嫌だったかというと――。
姫としての学はこれ以上必要ない?
アンジェリーナはうぅと唸りながら、ベッドの上で手足をバタバタさせた。
何なんだお父様は。いきなりそんなこと。
いや確かに悪いのは私だよ。そうだけど、それとこれとはまた別問題じゃん。
アンジェリーナの苛立ちは最高潮に達していた。
確かに今までも所作や音楽をちゃんとしろ、王族らしく振舞えとさんざん言われてきた。
しかし、今回のように勉強自体を禁じられることなどなかった。
アンジェリーナはしばらくベッドで暴れていたが、ふいにがばっと起き上がった。
「あぁーこれじゃ寝られない。気分転換しよ、気分転換」
アンジェリーナはそう言って、本棚へ向かった。
すると突然、きれいに並んでいる本たちを引っ張り出し始めた。
そしてアンジェリーナは奥から一冊の本を取り出した。
『魔界放浪記』
その本にはそう書かれていた。
――――――――――
「じゃーん!見てみてこれ!」
アンジェリーナはぐっと腕を伸ばして一冊の本を向けた。
「なんだこれ?『魔界放浪記』―
「そう!D.Dの『魔界放浪記』」
アンジェリーナは満面の笑みで顔を乗り出した。
ポップが眉をひそめる。
「なんか渋いもんに手出したな。面白いのか?」
「おもしろいよ!それに別に渋くないし。世界をまたにかける行商人D.Dの旅日記なんだけどね。このD.Dって人がすっごくおかしいの。気まぐれっていうかマイペースっていうか」
アンジェリーナはページをめくった。
「ほらこれ見て、『7月4日 特に書きたいことがないので今日は休み』とか。この月なんかうち一週間くらいサボってるんだよ」
「いやそれもはや旅日記じゃなくねぇか」
「かといえば『2月25日 なんか怒らせちゃいけない人怒らせちゃったみたい。気が付いたら指名手配になってた。早く国を脱出せねば、なんちゃって(本当にヤバイ)』とかね」
「とかね、じゃねぇよ。え、本当に何なのそのD.Dってやつ。頭のネジ数本抜けてるんじゃねぇの」
「うん、それはそう思う」
ポップは本を見つめてはぁっと声を漏らした。
「にしても、よくこんな本あったな。この鎖国国家で。検閲とか厳しいだろ」
「うん、自分でもよく見つけられたなって思う。奇跡だよ――あっそうだ」
アンジェリーナはページをめくり始めた。
「この本ね、もちろんさっきみたいなD.Dの人間性もおもしろいんだけど、何が魅力って言うとね。いろんな国とか地域のことが書かれてるの。それもすごいリアルに」
「へぇ。行商人ならでは、って感じか」
「そうそう。だから今まで知らなかったこととかがたくさん書かれていてね。ポップ王国のことも書いてあったんだけど――あれ、どこだったっけ。あ、あった。ここここ!」
アンジェリーナはポップにページを向けた。
「ん?なになに――」
『しばらくいなかった間に、ポップ王国が孤島と化していた。
本当にいつの間にって感じ。
おかげで西からユーゴン大陸に渡ろうと思ってたのに、東回りで行かなきゃダメになった。実はもうアデニ大陸の最西端まで来ていたりして。
ポップ王国ってもともとポップとかいう謎の力のせいで特別だったけど、より特殊になっちゃったな。
あの国好きだったんだけどな。
周りの話を聞くに、結構悪い評判が多いみたい。
時代遅れだとか、国王は馬鹿だとか。
陰口って良くないよね。あ、でも鎖国じゃ聞かせようもないのか。
鎖国ってデメリットのほうが思いついちゃうよね。
井の中の蛙、裸の王様的な?
でもさ、その分独自文化が栄えるっていうか。そういうメリットもあるよね。
だからといってこのままじゃよくないよね、たぶん。
こういう鎖国とか帝国って絶対に衰える運命にあるじゃん。
早めに開いた方がいい気がするけどね。いい魔法・文化もあることだし、外に出ても十分張り合えると思うんだけどな。
ま、政治とか面倒だし別に関係ないけど。
ああそれよりも早く東ルート考えなきゃ。
ナウロ洋渡れるかな』
「――なるほどな。結構的を射たこと書いてんじゃん。ところでこの“井の中の蛙”とか“裸の王様”って何?」
「なんか、『狭い世界に閉じこもって広い世界を知らないこと』だとか、『本当の自分をわかってない独裁者』っていう意味らしいよ」
「へぇ。わかってんじゃん、このD.Dってやつ」
ポップは本から目を離し、ごろんと寝ころんだ。
アンジェリーナはぱたんと本を閉じた。
「あのね、ポップ。私気づいたことがあるの」
「ん、なんだ?」
寝転がったままポップは気のない返事を寄越した。
「今まで私、何となくはわかってたの。ポップ王国がすごい閉じこもった国なんだって。でもこれを読んで改めてわかった。この国は狭すぎる。世界はこんなに広くていろんな人も国も魔法も文化もあるのに、なんでこんなところにいるんだろうって」
「良かったじゃん、気付けて」
ポップはいまだ生返事。
それでもアンジェリーナは熱を込めてポップに語り続けた。
「D.Dも言ってたけど、たぶんこのままじゃポップ王国はだめなんだよ。いつかかはわからないけど、でも絶対にだめになる時が来ちゃうんだよ」
そこまで言って、アンジェリーナはばっと立ち上がった。
そしてポップの目をまっすぐに見下ろす。
「だからね、ポップ。私――」
――――――――――
私は、やらなきゃいけない。
姫として。
アンジェリーナはそっと本の最後のページを開いた。
そこには2年前の日付が書かれていた。
もう2年。ここで止まってられないんだ。
なんとかしなきゃ。
でもどうやって。
答えの見つからないまま、その日の夜は更けていった。
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