第7話 運命

「も、申し訳ございません」


 使用人はイヴェリオに向かってペコペコと頭を下げた。

 あまりの激しさに頭がどこかに飛んでいきそうだ。


「朝、朝食の際には確かにいらしたのですが、しばらくしてお着替えをお届けに上がったときにはもう――」


 イヴェリオは窓から外を見下ろした。

 そこには城壁に垂れ下がるシーツの姿があった。

 その根元を辿ると、シーツはテーブルにがっちりと結ばれていた。

 王城の家具はしっかり床に固定されている。


 上手く利用されたな。

 それにしてもこの結び目、ほどける気配もない。

 一体どこで学んでくるんだ。あいつは。


 イヴェリオは再び外を見た。


 シーツをロープ代わりにして城壁を下る。

 その後はどうした。

 階下の窓は内側からしか開かない造り。行けるところなんか――。


 そう思ってイヴェリオが視線をずらすと、気になるものが映った。


 あれか。


 イヴェリオの視線の先、そこには階下の窓と同じくらいの高さを持つ、大きな木があった。


 どう考えてもあれしかない。

 シーツで壁伝いに降りた後、あの木に飛び移ったんだ。


「あのやんちゃ娘め」


 イヴェリオはぼそっと呟いた。

 そして足早に出口へ向かいつつ、使用人に指示を出した。


「あの木を切るように庭師に伝えてくれ。早急にだ」

「は、はい」


 アンジェリーナめ。

 前回は見張りの交代時間を狙って脱走されたから、今回は常に見張りがつくよう、部屋前での交代を徹底したのに。

 まさか窓から脱走するとは。

 これじゃあイタチごっこだ。


 イヴェリオは急いで階段を駆け下りた。


 あいつの行き先なら心当たりがある。

 屋外ならあそこしかない。


 ――――――――――


「ポップ出てこい、ポップ」


 イヴェリオは怒鳴り声を上げた。

 アンジェリーナの部屋から禁断の森の入り口まで、ノンストップで走ってきたせいで、イヴェリオは息も絶え絶えの状態だった。


「ポップ!」

「うるせぇな。何度も呼ぶんじゃねぇ」


 だるそうな声で森の奥からポップは姿を現した。


「国王さんよ、もうちょっと鍛えたほうがいいんじゃねぇの。たかだか城内走り回っただけでこの疲れようじゃ――」

「アンジェリーナはどこだ」


 イヴェリオはポップの言葉を遮った。


「ここに来ているはずだ」

「えー?どうかな」


 ポップはからかい口調で、煮え切らない。


「あいつが外に出るっていうのなら、お前のところ以外ありえないだろうが」

「ありえない、ね」


 ポップはイヴェリオをじぃっと見た。

 まるで値踏みされているような表情。

 イヴェリオはポップのこの顔が嫌いだった。


「ま、確かにさっきはいたよ」

「さっき?じゃあどこへ行った」


 ふふん、とポップはイヴェリオを鼻で笑った。

 そしてのんきにくるくると指を回し始めた。


「“運命”の待つところ、かな」

「は?」


 この期に及んで何ふざけているんだ、こいつは。

 こっちは早くあいつを捕まえなければならないのに。


 イヴェリオのイライラは最高潮に達していた。


「だから、」

「『少女は剣を取る』、だっけ?」

「何言って――」


 イヴェリオはそこまで言いかけて固まった。

 そして一気に血の気が引いていくのを感じた。


「お前、まさか」

「ふん、ふふん」


 そのイヴェリオの様子がよほど楽しいのか、ポップは鼻歌を歌い始めた。

 すぐにイヴェリオの顔が真っ赤に染まる。


「お前、しゃべったのか!?」

「なに人聞き悪いこと言うんだよ。俺は別に?まぁちょっとヒントは与えてやったけど。もともと自力で辿り着いてたぜ、あいつ」


 イヴェリオは、何の反省も見られない目の前の男を前に、ただただ息を荒くさせた。


「別にいいじゃん。ほら、どうせ時間の問題だったんだし。そうなんでしょ、国王さん?」


 イヴェリオはポップを置いて公務棟へ走った。


 早くしなければ、早く。

 さもなければ“運命”が動き出してしまう。


 ――――――――――


 その頃、アンジェリーナは暗くじめじめした地下道にいた。


 もう、何分歩いているの?

 臭いし暗いし。

 せめてもうちょっと大きいランプ持ってくればよかった。


 ポップが話した通り、公務棟には外から通じる入り口があった。

 使用人しか出入りしないせいだろうか、周りには木が生い茂っており、あらかじめ場所を知っていなければ一生見つけられなかっただろう。

 中に入ると確かにそこはゴミ捨て場で、なかなか強烈な臭いを放っていた。


「うっ、くっさ」


 アンジェリーナは部屋を見回した。


 地図の通りなら、ここに確か――あ、これか?


 部屋の隅、暗くてわかりにくいが、木の扉のようなものが見えた。

 ごみをかき分け、どうにかこうにか中に入ると、目の前には地下へと続く階段があった。


 これを降りていけばあの空間まで行けるはず。


 そうしてアンジェリーナは階段を降り、迷路のような道のりを経て、今ここにいる。


 この地下道、どこまで続いてるの?

 さっきからなんかぐるぐる回っているような気もするし。

 でも途中いくつか『地下牢』とか『街』とか書いてあった通路もあったし、同じところを歩いているわけではなさそうだけど。

 というか今気づいたけど、この地下道、いろんなところに通じすぎじゃない?


 そんなことを考えながら、アンジェリーナが何回目かもわからない角を曲がったときだった。

 ついに長い長い地下道は行き止まりを迎えた。

 目の前には一つの扉がある。


 もしかして、ここなのか?

 間違ってたら――いや今は考えないでおこう。

 もうここまで来たら、とにかく行くしかない。


 アンジェリーナは意を決して扉を開いた。

 現れた空間は、先程通ってきたごみ捨て場よりも一回り小さく、石造りの床は通路よりも少し低い位置に作ってあるようだった。

 アンジェリーナは足元にあった階段を、一段ずつゆっくりと下った。

 部屋の中央に、目を釘付けにしながら。


「なに、あれ」


 アンジェリーナの視線の先、そこには床に突き刺さる、大剣の姿があった。

 大きさはアンジェリーナの背丈ほどもある。


 ここはランプの明かりがほのかに光る地下室。

 本来ならば暗すぎて剣の輪郭を認識するのもやっとというところだろう。

 しかしアンジェリーナの目にはその大剣がひどく輝いて見えた。

 銀のボディに、細かい装飾までもがくっきりと分かる。


 アンジェリーナは部屋の中央へ向け、一歩、また一歩と、足を踏み出した。


 もしかしたら危険なものかもしれない。

 ポップだってそうだった。

 あのときも止められてなかったら死んでいただろうし。

 絶対に触れちゃだめなやつだ。

 でも――。


 アンジェリーナはついに大剣の目の前で立ち止まった。


 ドクン、ドクン。


 心臓の音がはっきり聞こえる。


 体が震える。


 恐怖とも好奇心とも違う何かがアンジェリーナを突き動かすようだった。


 アンジェリーナは大剣に手を伸ばした。


「アンジェリーナ!」


 バタンと大きな音を立て、イヴェリオが部屋に飛び込んできた。

 しかし、イヴェリオは中の光景を見るや否や、大きく息を吸い込んだ。

 目に映ったのは、大剣。

 そしてそれを手にしたアンジェリーナの姿だった。


 あのとき、私がなぜ剣を取ったのか、はっきりした理由は分からない。

 でも鮮明に覚えているのは、私が明確な意思を持ってその剣に触れたこと。

 そして、そのとき私は悟ったのだ。

 今この瞬間、この剣に出会ったのは運命なのだと。

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