第6話 ポップの妖精

「久しぶりってのにつれねぇだろうが」

「うるさいな。突っかかって来たのはそっちでしょ」


 アンジェリーナはむすっと口を尖らせた。

 ポップと呼ばれた男はケタケタ笑っている。


「悪い悪い。お前を見るとついからかいたくなっちまうんだよな。っつーかほんとに久しぶりだな。いつだ?お前が最後に来たの」

「うーん、半年前とか?」


 はは、まじか、とポップは再びケタケタ笑った。


「おー。ちょっと背も伸びたか?」


 ポップはアンジェリーナに近づき、アンジェリーナの頭上から自分の胸へ向かって手を水平に動かした。


「はは。初めてあったときはこんなに小さかったのにな」


 ポップは、今度は自分の腹の辺りに手を降ろした。


「あのとき結構びっくりしたんだぜ。なんせ、最初誰から話しかけられたかわからなかったもん」


 ――――――――――


「あなた誰?」


 突然どこからか投げかけられた質問にポップは辺りを見回した。

 しかし、周りに人の姿は見えない。

 ふと気配を感じて下を見ると、自分の背丈の半分ほどしかない幼女が、そこに立っていた。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。こんなとこに来て。見ねぇ顔だな。名前は?」

「アンジェリーナ」


 アンジェリーナは上目遣いでポップを見た。


「アンジェリーナ?ああお前イヴェリオの娘か。っていうことは姫さんじゃねぇか。こんなとこで何やってんだ」

「――っていわないで」

「あ?」


 アンジェリーナはもごもごと何かを言った。

 ポップが聞き返すと、アンジェリーナは、今度は大きな声を出した。


「ひめっていわないで!」


 突然の主張にポップは固まる。


「え、なんで?姫さんなんでしょ」

「そうだけど、そうよんでほしくないの」


 どうやらこの姫さんはが嫌いらしい。

 俺はだんだんと、この強情な幼女に興味がわいてきた。


「どうして姫さん呼びが嫌いなんだ?」

「だって、ひめってふわふわでかわいいかんじじゃん」


 ふわふわ?また抽象的な言葉が出てきた。

 アンジェリーナは続ける。


「わたしはふわふわってしてるのはいやだ。もっとげんきなのがいいの!」


 元気、ね。

 なるほど。この姫さんはいわゆる“姫”っていう固定概念が嫌いなんだな。

 部屋で大人しく座っているような。

 へぇ。


「ねぇ、それよりあれなに?」

「え?」


 ポップが考え込んでいる間に、アンジェリーナの気は変わってしまったらしい。

 話を聞いてもらっていたのをおかまいなしに、次の興味へと移ってしまった。

 アンジェリーナが指さす先には、煌々と輝く深紅の玉があった。


「ああ、あれは“ポップ”だ」

「ポップ?あれが?」


 アンジェリーナは深紅の玉をまじまじと見た。


「へぇ。石じゃん」

「ぷはっ」


 ポップはアンジェリーナの言葉に思わず吹き出した。


 なんだこいつ、やっぱおもしれぇ。


 ポップは純粋無垢な幼女をからかってみたくなった。


「いいこと教えてやるよ。あ、これは秘密な」


 ポップの秘密発言にアンジェリーナの目が輝く。


「俺も、ポップなんだよ」


 小声でそう告げたポップに対し、アンジェリーナは首を傾げた。

 そして眉間にしわをぐっと寄せる。


「それじゃあポップがふたつになっちゃうよ」

「はは、そうだな。でも大丈夫だ。俺とそこにある石っころは二つで一つ。同じもんなんだからな」


 そう言ってもアンジェリーナの頭は傾いたまんまだった。

 ポップはさらに続ける。


「簡単に言っちまうとな、俺のはあの石っころ。そんで俺は“ポップの妖精さん”ってわけ」


 妖精という言葉に少しピンと来たのだろうか。

 アンジェリーナは頭を真っすぐに戻した。


「じゃああれが――」


 アンジェリーナは泉に近づこうとした。

 思わずポップが止める。


「待て待て。仮にもあれに触ろうとは思うなよ。あれに触ると死んじまうぞ。ほら、自身が言ってんだから間違いない」


 ポップの制止にアンジェリーナはすぐに後ずさりした。

 そして少し怯えた様子でポップを振り返る。


「でもポップはすごいんでしょ。なのになんでそんなにあぶないの?」

「それはな」


 ポップはアンジェリーナの前にしゃがみ、目線を合わせた。


「あの石が強すぎるからだよ」


 そのときだった。はるか遠くから姫様、姫様、と必死に姫を捜す使用人の声が聞こえてきた。

 ポップは立ち上がってアンジェリーナを見下ろした。


「さ、そろそろ行かねぇとやばそうだ。入り口まで送ってやるよ」


 するとアンジェリーナは赤い玉を一瞬見、そしてポップを見上げた。


「またきてもいい?」


 ポップは意外そうに少し目を見開くと、すぐに笑顔を浮かべた。


 ああやっぱりおもしろい子だ。


「おう。また来い」


 ――――――――――


「いやぁ、確かあのとき5歳とかだったっけ。今考えるとよく一人で禁断の森なんか入っていったな」

「やめてよ、恥ずかしい」


 アンジェリーナは地面に座り、頬を膨らませた。


「お前、あの頃も変わったやつだなって思ったけど。今の方が何倍も変わってんな。さっきだって、『ポップはそんなにいいもんじゃない』なんて言ってたし」

「それはそうでしょ、こんなやつがポップの正体だっていうんだから」

「こんなやつってなぁ」

「それに、“ポップ石”だって奇跡の石でもなんでもない、超危険物だし」


 アンジェリーナはそう言って、池の真ん中で赤く輝く玉を見つめた。


「そのポップ石っていうの、毎度思うけど安直すぎねぇか」

「仕方ないじゃん。ややこしいのよ、本体と妖精が同じ名前だと」


 ポップ石というのは、まだここに通い始めたばかりの、当時5歳のアンジェリーナが、ポップの本体の玉のことを指して、名付けた言葉である。

 一般的にポップといえば、ポップ魔力の根源としての、広い意味と、自称ポップの精である、目の前の男という狭い意味合いが存在している。

 そのため、玉自体を言うときは“ポップ石”と分けたほうが、わかりやすかったのである。


「というかお前、今日は?」


 久々の再開に花開いた昔話を終わらせて、ポップは現在の状況を聞いてきた。


「昨日公務棟に侵入して一日部屋ごもりの刑。んで抜け出してきた」


 アンジェリーナの返答に、ははっとポップは笑った。


「いやぁ罰なのにさらに積み重ねるとか、やっぱり姫さんはやることが違うな」

「だ、か、ら、いつも言ってるでしょその呼び名。やめて」


 アンジェリーナが姫呼び嫌いなのは今でも変わっていない。


「別に俺は良いと思うけどな。元気旺盛なやんちゃ姫さんも」


 それでも不満なのか、アンジェリーナは腕の中に顔をうずめた。

 するとポップは、アンジェリーナのポケットの中で何かがカサコソ言っていることに気づいた。


「ポケットのそれ、何?」

「ああ、そうそうこれ!」


 アンジェリーナが取り出したのは、小さく折りたたまれた古い城内図だった。


「はー、こりゃまた古そうだ。どこで見つけたんだ」

「書庫。ほんと偶然」


 そしてアンジェリーナは例の地下空間を指さした。


「ここ、ここに行きたいの。それで昨日公務棟に行ったんだけど」


 ポップはアンジェリーナが指さしたところを見つめた。

 すると突然ククッと笑い始めた。


「え、なに、気持ち悪い」


 その様子に引いたのか、アンジェリーナはストレートに言葉を投げかけた。


「いや悪い。ちょっとな」


 ポップは深呼吸をすると、ようやく落ち着いたのか、アンジェリーナに尋ねた。


「そんで、どうするつもりなの?昨日は失敗したんだろ」

「うん。さすがに仕事場は警戒網が強すぎて。それにお父様と直接会うリスクは大きすぎる」


 へぇと言ってポップはしばらくアンジェリーナを見つめていた。

 しかし、ふいにアンジェリーナに提案した。


「じゃあ、外から行けばいいじゃん」

「え?」


 何のことかわからないと、アンジェリーナは首を傾げた。


「外って?」

「ほらここ」


 ポップが指さしたところには1階の小さな部屋があった。


「ここが?」

「今ここ、ごみ置き場なんだよ。ごみ置き場ってさ外から通じてんだよ。でさ、これ見たらここから地下へ下れそうじゃん?だからさ」


 ポップの意図が分かり、アンジェリーナは目を輝かせた。


「ここから侵入すれば、謎の地下空間へたどり着ける!」

「そういうこと」

「ナイス!ポップ」


 そう言うと、アンジェリーナはすっと立ち上がった。


「そうと決まれば行動あるのみ。早速行ってくる」


 そしてアンジェリーナはすたすたと行ってしまった。


「あぁあ、行っちまったよ」


 その選択がお前の人生を大きく変えるとも知らないで。

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