第3話 地獄の食卓
うーん、今日は果たして何分コースやら。
やっぱり仕事の邪魔したのはまずいよね。
確か、今までで一番怒られたのは、居住棟の屋上に勝手に上がったときだったような気が。
もしかしたらそのときよりも怒られちゃうかも。
アンジェリーナは使用人に連れられ、とぼとぼと食卓へ向かっていた。
食卓といってもここは王家のお城。
アンジェリーナの居室から食卓までは長い道のりなのだった。
5分ほどかけてアンジェリーナが食堂に到着すると、すでにイヴェリオは長いテーブルに座っていた。
ん、あれ?
アンジェリーナはイヴェリオの様子に違和感を覚えた。
しかめ面はいつも通りなんだけど、なんかちょっと、暗い?
違和感の正体はすぐに分かった。
アンジェリーナが食堂に入り、イヴェリオの反対側へ目をやると、そこには一人の老人が座っていた。
「あ!おじい様」
「ほほ、久しぶりじゃな、アンジェリーナ」
白い髪に、あごに蓄えた長い髭。
穏やかな目でアンジェリーナを見つめるのは、アンジェリーナの祖父、オルビアだった。
オルビアは5年前にイヴェリオに王位を譲り、今は法皇の位に就いている。
普段は礼拝堂の隣にある別邸のほうで暮らしており、同じ城にいるとはいえ、アンジェリーナと会うことは月に一度ぐらいだった。
「え、急にどうしたの」
「ちょっと話があってな、アンジェリーナに」
ん?ちょっと嫌な予感がするような。
オルビアは変わらず優しい口調だったが、アンジェリーナは何か雲行きが怪しくなりそうな予感を感じ取った。
――――――――――
次々と食事が運び込まれてくる。
今日はオルビアがいるせいか、いつもよりも豪華だ。
王家の食卓。誰もが絢爛豪華な様子を想像するだろう。
実際、カヤナカ家の食事もその通りで、無駄に長いテーブルに、いつもろうそくや花が飾られている。
食事はおいしい。選りすぐりのシェフたちを使用人にしているのだから当然だろう。
しかし、アンジェリーナはこれまで食事を楽しいと思ったことはあまりなかった。
というのも、普段このテーブルに座るのはアンジェリーナとイヴェリオの二人だけ。
広すぎるテーブルの端っこにぽつんと二人。何の会話もない寂しい食卓なのだ。
今日はオルビアがいるので、いつもよりはテーブルが狭く感じられるのだが――。
アンジェリーナはちらりとイヴェリオの様子を伺った。
お父様、やっぱりいつもよりも雰囲気が重たいような。
いや傍から見ればいつもと何ら変わらず静かなんだけど。
やっぱりおじい様がいるせいかな。
イヴェリオは、現在90歳のオルビアが、55の時に生まれた子である。
子どもに恵まれず、その当時、もう正当な血筋の跡継ぎは生まれないのではないかと、国民は諦めていたのだとか。
そんな中、イヴェリオの誕生は、それはそれは喜ばしいニュースだった。
そのためイヴェリオは、国民からたくさんの寵愛を受けて育ったという。
オルビアもイヴェリオを熱心に教え、次期王として大切に育て上げたらしい。
しかし、現在二人の間には壁ある。
アンジェリーナはそれが何なのか、全然知らなかった。
それでも、イヴェリオがオルビアに苦手意識を持っていることは、確かに感じ取っていた。
アンジェリーナ自身、オルビアのことは少し苦手だった。
おじい様のことは好き。
でも目がちょっと――。
優しい笑顔のその中で、オルビアの瞳が笑っていないことに、アンジェリーナは気づいていた。
――――――――――
食事が終わり、食器が片付けられていく。
さあここからが本番だ。
アンジェリーナは椅子に座りなおした。
「アンジェリーナ」
最初に口を開いたのはイヴェリオだった。
「今日の一件、見過ごすわけにはいかない。公務棟のことはお前も知っているはずだ。あそこは実際に国の運営にあたる場所。子供が遊びで入っていい場所じゃない。第一、勉強をさぼるだなんて論外だ」
イヴェリオは昼間見せたように冷たい瞳でアンジェリーナを見つめていた。
「所作も音楽も、お前が成年王族として公務に励むようになれば嫌でもやらなければならないんだ。今のうちからコツコツと積み上げていかないと、後で必ず後悔するはめになるぞ」
「それはわかっているけど」
「『けど』じゃない。――最近どうやら元気が過ぎるようだな。大臣たちも騒いでいた。今日の罰として、明日一日部屋から出ることを禁ずる」
「えー!?」
イヴェリオから告げられた処分にアンジェリーナは叫びを上げた。
はぁ。最悪だ。
アンジェリーナはとにかくじっとしていることが嫌いなのだった。
アンジェリーナがうなだれていると、ほっほっほっとしわがれた声が聞こえてきた。
「元気があるのはよいことじゃろう」
オルビアはそう言うと、話を切り出し始めた。
「アンジェリーナ。ガブロは知っておるか」
「ガブロ?ガブロのおじさまのこと?」
「そうじゃ」
ガブロ=ミンツァー。ポップ王国の宰相を務めあげる、いわば国王の次に偉い人だ。
オルビアが国王だった頃から政治に関わってきた大ベテランである。
加えて、侯爵家の出身であり、王家そのものとも関わりが深く、アンジェリーナも昔から何かと構ってもらっていた。
でも、いきなりどうしたんだろう。
「ガブロの息子にな、クリスというのがいるんじゃが」
そのときピクッと視界の端でイヴェリオが動いたような気がした。
あ、もしかして。
アンジェリーナはオルビアがこれから言おうとしていることを悟った。
「アンジェリーナの許婚にどうかと思ってな」
やっぱり。
アンジェリーナはすかさず話に割って入った。
「お、おじい様。私、まだ許婚なんて考えられなくて。ほら、まだ8つだし」
「ほっほっほっ、早すぎるなんてことはない。今から決めておいた方が良いこともある。なに、今すぐ結婚するということでもない。一応決めておくというだけじゃ」
アンジェリーナの抵抗むなしく、オルビアは笑って話を流した。
「それにじゃ、アンジェリーナ。いずれ国王の后となる者、今からきちんと自覚を持っておくべきじゃぞ」
アンジェリーナは口をぎゅっと結んだ。
国王の后、ね。
アンジェリーナはイヴェリオのほうを横目で伺った。
イヴェリオは相変わらず無愛想だったが、アンジェリーナは気づいていた。
お父様、なぜか許婚の話になると、変になるんだよね。
なんか、ちょっと悲しいような、そんな顔。
アンジェリーナが許婚の話をされるのは、今に始まったことではなかった。
物心着いたときから、この人はどうかこの人は、と永遠に聞かされてきた。
だが許婚について、イヴェリオが口を出してきたことは今まで一回もなかった。いつも話はおじい様から。
仮にも娘の結婚、興味がないだろうかと思ったこともあったが、そうではないらしい。
そういう話題になるといつも、イヴェリオは苦しそうな表情を浮かべていた。
しかし、アンジェリーナはその理由を知らなかった。
何か聞いてはいけないような気がして。
結局話は許婚の件で終わりとなり、アンジェリーナは自分の部屋へと戻った。
ばふっとベッドに飛び込む。
自覚自覚ってみんな言うけど、そんなに大事なの?
それよりも今は王城探検のほうが楽しいのに。
許婚とかもわからないし。
アンジェリーナはぐるんと仰向けになって天井に手をかざした。
明日一日部屋ごもりか。いやだな。
まあでも、おじい様のおかげで説教は短くなったから良しとするか。
アンジェリーナはそのまま眠りについた。
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