第2話 悩みの種
「もう一度言う。何をやっているアンジェリーナ」
父はアンジェリーナを冷たく見下ろしていた。
「え、えっと――探検を」
アンジェリーナは父を上目で見た。
父の表情はいつもと変わらなかったが、アンジェリーナはその奥に、静かな怒りを感じ取った。
そのとき、先程からずっとアンジェリーナを捜索していた使用人が、角から出てきた。
「あ、やっと見つけましたよ姫様――はっ、イヴェリオ様」
使用人はアンジェリーナの隣にたたずむ父を見て硬直した。
そしてすぐさま床に膝をついて首を垂れる。
「も、申し訳ございません、イヴェリオ様。姫様のこの度の行動、すべて私共の監督不行き届きが原因でございます。まさか公務棟の方まで行かれるとは」
イヴェリオは少しの間召使いを見つめた後、視線を再びアンジェリーナに移した。
「アンジェリーナ。勉強はどうした」
「もう終わらせました。読み書きに歴史、数学――」
「所作や音楽は」
アンジェリーナは口を閉ざした。
その様子にイヴェリオは目を細めた。
「やはりか。――おいそこの。早くこれを連れていけ。今は忙しい。話はまた夜だ」
「は、はいっ!行きますよ、姫様」
イヴェリオの命令に召使いはかしこまると、アンジェリーナを連行した。
ああ、これは夜が長くなるな。
アンジェリーナは、この後自分に降りかかるであろう事態を思って、憂鬱になった。
――――――――――
「姫様!また部屋を抜け出して。いつになったら真剣に授業をうけてくださるのです」
アンジェリーナが勉強部屋に戻ると、いの一番に家庭教師は怒鳴り声を上げた。
「別に勉強が嫌なわけじゃ」
「読み書きや歴史だけが勉強ではないのですよ。まったく。もう少し品格というものを持ってください。姫たるもの、もっとおしとやかでなければ。あなた様はいずれ婿を迎え、国を導くその手助けをしなければならないのですよ。それなのに姫様ときたら、所作も音楽もないがしろにして。王族としての自覚を持っていただかねば」
嫌味ごとが出るわ出るわ。
家庭教師はここぞとばかりに説教を続けた。
といってもこの説教、毎日聞いているんだけどね。ああ早く終わらないかな。
アンジェリーナは死んだ目で家庭教師を見つめていた。
「聞いてますか!?」
「はい!」
アンジェリーナはびしっと背筋を伸ばした。
もちろんポーズだけである。
「はあーもう仕方がない。とっとと始めますよ。今日はみっちり教えて差し上げます」
「はーい」
アンジェリーナは気のない返事をした。
――――――――――
バタン
アンジェリーナの連行を見送り、イヴェリオは扉を閉めた。
はぁ。あのおてんば娘め。
イヴェリオは席に戻った。
「すまない。続けよう」
大きな長机には、イヴェリオの他に、10人ほどの家来が座っていた。
「相変わらずご令嬢は元気ですね。すくすくとお育ちで」
「元気にも限度というものがございます。姫様にはもうちょっと王家らしい品格を身に付けてもらわなければ」
家来たちにとってもアンジェリーナの奔放ぶりは有名だった。
最近は王城探検も範囲がかなり広くなってきているようで、かなり目に余るものとなっていた。
どうりで文句が耳につく。
ごほん、とイヴェリオは咳払いをした。
家来たちが背筋を伸ばす。
「さあ、続きの話だ。ガブロ」
「はい」
ガブロと呼ばれた初老の男はすっと立ち上がった。
「今現在、東方は関係良好。西方も多少隣国との間で貿易に関する衝突がありますが、まあ解決に時間はかからないかと。南方も問題ありません。北方は――、現在は穏やかに見えますが、あのあたりの少数民族は難しいですからね。いつどうなるものか。緊張状態は続くものと思われます。その先のヤルパ王国も敵対関係が続いていますし」
「なるほど。ありがとう」
イヴェリオの言葉にガブロはすっと席に着いた。
イヴェリオは机の上で手を組んだ。
やはり近々戦争は避けられない、か。
この当時、ポップ王国は内外に向けてそれぞれ二つの政策を掲げていた。
内に向けられた「統一民族政策」と外に向けられた「鎖国政策」である。
ポップ王国はユーゴン大陸最東に位置する多民族国家である。
王城がある首都ビスカーダを中央に置き、東西南北の辺境には少数民族の自治区が存在している。
しかし、イヴェリオの父、法皇オルビアが王権を有していた時代、突然オルビアは先の二つの政策を掲げた。
この決定は当然混乱を招き、各地で紛争が多発した。それは現在でも続いている。
今のところ東西南の地域は落ち着いている。というのも、イヴェリオが即位するより前に、これらの地域はすでに中央の直接統治下となっていた。
一方、北は未だ解決の見通しが立たず、対立は深まるばかり。いつ紛争が勃発してもおかしくない状況だった。
辺境少数民族との問題が解決しない中で、今隣国との関係も大きな問題となっている。
特に北の少数民族自治区と接する隣国ヤルパとは、長きにわたりにらみ合いが続いていた。
加えて鎖国政策。
現在に至っても、人や物は限られた周辺諸国としか行き来を許されていない。
ポップ王国は国際社会とはほぼ隔絶された状態にあった。
イヴェリオは国王として、これらの諸問題に日々向き合っていた。
しかし今、イヴェリオの目先の問題はもっと身近なところにあった。
アンジェリーナ。あいつはどうしてああなのか。
素直に部屋に閉じこもっていればいいものを。
――――――――――
一方のアンジェリーナは、ようやく授業から解放され、ベッドに転がっていた。
イヴェリオがアンジェリーナのことで頭を抱える中、彼女もまた夜の決戦に向けて頭を悩ませていた。
さすがに公務棟に行ったのはまずかったかな。
まさかよりにもよってお父様にばったり出くわしてしまうだなんて。
もっと慎重になるべきだった。
ああ相当怒られるだろうな。
でもなぁ――。
アンジェリーナはベッドから起き上がり、机の引き出しからしわだらけの紙を取り出した。
かなり茶色く変色しており、文字もところどころかすれてしまっている。
アンジェリーナが手にしていたもの、それは城の見取り図だった。
アンジェリーナが暮らすポップ王城こと、ビスカーダ城。
現在の王家であるカヤナカ家が王権を獲得した後すぐに建設された、700年以上の歴史を持つ古城である。
城の周りには人工的に作られたお堀が広がり、敵の侵入を防ぐ城壁が高くそびえたっている。
城内には、監視塔や礼拝堂、普段アンジェリーナが住んでいる居住棟など様々な建物が存在する。
今日アンジェリーナが侵入を試みた公務棟は、国王を始め、何百という家来たちの仕事場である。これに加え、公務棟は大広間を備えており、舞踏会が開かれるなど、迎賓や記念行事の際に用いられることも多かった。
これを見つけたのはラッキーだったな。王城探検のときに、たまたま書庫を見つけて良かった。
アンジェリーナは地図上の城を指さした。
今日行ったのが公務棟の3階。居住棟から直接行けるとこ。
まあ、ちゃんと探検する前に捕まっちゃったんだけど。
確かその上の階も仕事場で――。
アンジェリーナは指で地図をなぞった。
そんで、ここが1階と2階。
お客様用の部屋とか大広間があったりして。
私も何度か行ったことあるけど、無駄に豪華なんだよね。
そしてアンジェリーナは、さらに下へ指を動かした。
貯蔵庫に地下牢。そしてここが私が今一番気になっている場所。
アンジェリーナは地下牢のさらに下、ぽっかりと開いたスペースを指さした。
これ何なんだろう。地下室?何のための?貯蔵庫にしてはちょっと狭いような気もするし。
確か公務棟はもともとは居住棟として使われたって歴史の授業で習ったし。相当昔に建てられてるはず。
もしかしたらとんでもないお宝が隠されているのかも。
「これは行くしかないでしょ!」
アンジェリーナの胸は高揚し、探検意欲はますます高まっていた。
この後訪れる試練のことをすっかり忘れて。
コンコン
「姫様、お食事のご用意ができました」
「はーい――あ、」
結局アンジェリーナは何の心構えをする間もなく、決戦を迎えることになった。
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