殺しの国のアリス

@akusizu55

第1話

殺しの国のアリス(Alice in murderland)

 なんだか夢見心地だ…。

 まるで、水の上に浮いてるような…。

 遠くから声が聞こえてくる。

 「この子は……べきよ!だって……じゃない!!私はこんなの……なかった!」

 女性の声が聞こえてくるが良く聞こえなかった。壁を隔てて聞いているような感じだ。

 「まぁいいだろう、この子はまだ……無いんだから。……にはならない。俺達が…を感じる必要は全くないんだ」

 今度は男性の声が聞こえてきた。これもまた良く聞こえなかった。

 「確かにそうね。じゃあこの子を……することにしましょう」

 その言葉の後、俺の夢は途切れた。

 心地いい風が体を吹き抜ける感覚と、風の音で目を覚ました。目を覚ました俺はまず大きく伸びをした。

 「ん〜、よく寝た!」

 眠い目をこすりながら、俺は周囲を見渡した。どうやら俺は草原の中で一人眠りこけていたようだ。こんな事をしている内に、今みた夢の内容を忘れてしまった。

 忘れてしまったのは夢の内容だけでは無い、自分が何処から来たのか、今まで何をしていたのか、親は誰なのか、何故こんな草原にいるのか、全て忘れてしまった

 覚えているのはここに来てからの記憶と自分の名前だけ。

 いつの間にか草原の中に居て、行くあても無くひたすら歩き回っていた。

 少ししてから、俺はまた行くあてもなく歩き回った。すると、少し遠くに看板のような物が見えた。


Wonderland from here onward!(ここから先は不思議の国!)

 

 「ここから先は不思議の国…?なんだそれ…。でも、行く所もないし、とりあえず寄ってみるか」

 そして俺は不思議の国と言われる場所へ歩みを進めた。

 その国は中世ヨーロッパのような町の造りをしていた。レンガ造りで、家から飛び出るベランダには植木鉢が置かれ、道の端には街灯が立っていた。

 何かイベントがあるのか、綺麗な装飾で彩られていた。

 道は人で溢れえり、人の熱を間近に感じた。人混みの中を俺は行くあてもなく、進み続けた。すると…。

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

 突然どこからともなく音が鳴り響いた。その瞬間、騒がしかった人々が静かになり、一斉に道の端に寄った。俺は何が起こったのか理解できなくて道の真ん中に取り残された。

 三十秒ほど経つと、前の方から何者かを乗せた豪奢な馬車がこちらに向かってきた。その周りにはハート、スペード、ダイヤ、クラブの模様をした服を着た兵士らしき者が囲んでいた。彼らの服にはこれらのマークだけでなく1から13までの数字が1人ずつにかかれていた。

 「おい、そこのお前、道を空けろ、頭が高い」

 馬車の中から男が顔を出してこちらに言ってきた。その男は誰が見ても口を揃えて美形というような美しさを持ち、美しさの中に妖艶さと優しいような雰囲気を孕んでいた。左目の下にはハートマークのタトゥーが彫られていた。

 「誰だよあんた。見知らぬ奴に命令されるほど俺は落ちぶれちゃいないぜ」

 「貴様ァ!ハートの女王様に向かってそのような言葉遣いをするとはどういうつもりだ!」

 ボトッ。

 ハートの4が言い終わると同時に彼の首が地面に落ち、俺の顔に血が飛んできた。彼の持つ大鎌で首を落とされたみたいだ。

 「ハートの4、誰がしゃべって良いと言った?勝手に喋るな、耳障りだ」

 いつの間にか馬車に乗っていた男は外に降りていた。彼の服もまた、馬車のように豪奢な造りだった。

 「あんた、仲間をそんな簡単に殺していいのかよ」

 「仲間…、仲間…?こいつが?俺はトランプ兵を仲間だと思ったことはないぞ。こいつらは俺に勝手に忠誠を誓って、勝手についてきてるだけ…」

 「へっそうかよ。わざわざ馬車から降りてきたって事は、次は俺を殺すつもりかよ」

 「いやいや、まさか。私は私に対して生意気な態度をとる者は嫌いじゃないぞ。だから君のことは殺しはしないさ。命拾いしたね」

 「命拾い?俺は最初からアンタみたいな奴に殺されるつもりは無かったけどな」

 「そうか…。じゃあ今やってみるかい?」

 そう言った男からは先程とは打って変わって、冷たく鋭い目を俺に向けてきた。

 「いいじゃねぇか、やろ…」

 やろうぜ。そう言おうとした時に何者かに腕を引かれ、俺の視界が横に倒れた。

 「あれ?」

 ハートの女王はいつの間にか道の真ん中に取り残されていた。

 「ん〜、逃げられちゃったか」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 見知らぬ者に腕を引かれて、俺は裏路地へと連れていかれていた。

 「痛い、痛い、痛い、肩外れる!離せ!」

 俺がそう言うと男は俺の腕から手を離し、俺は前に飛ばされた。凄い勢いで引っ張られ、凄い勢いで手を離されたせいか、遠心力で遠くへ吹っ飛び、そのまま背中が壁にぶつかった。

 「おい、なんなんだよ次から次へと!」

 すると男はいつの間にか俺に近づいてきて、壁にぶつかり座っている俺の頭に銃をグリグリ突きつけてきた。視界に入ってきた男は黒い帽子を被り、黒いスーツを着ており、いかにも紳士のような服装をしていた。紳士のような服装をしていただけ。ネクタイは着崩し、帽子から見え隠れする髪はボサボサで纏まりなんて無かった。極めつけはあの目だ。クマが酷く、目つきの悪さに拍車をかけている。

 「おい、お前死にたかったのか?俺が助けたから良かったものの、あのままだとお前ホントに死んでたぞ」

 「いや、なんでその感じで銃突き立ててくるんですかね!?その助けてくれた人に今まさに殺されそうになってるんですけど!」

 俺は殺されないように、必死に両手を挙げ、降伏の意を示した。謎の男は俺の降伏の意を受け取ったのか、頭から銃を離した。俺はひとまず安心していると

 ダンッ!

 股の間に銃弾を撃ち込まれた。

 撃ち込まれた箇所からは硝煙が立ち上っていた。

 「なんなんだよ、アンタといい、さっきの奴といいこの国はイカれたやつばっかなのかよ!?」

 「ご名答。…俺の名前はイカれ帽子屋。こんな名前のやつがイカれてない筈がないだろう」

 「イカれてるにしてもだよ!俺はちゃんと降伏の意を示して、アンタはそれを感じ取って俺の頭から銃を離した!なのになんでわざわざ撃ってきたんだよ」

 「降伏の意を感じ取った…?なんだそれ」

 「は?」

 「俺は撃ちたいから撃った。それだけだ。それと俺は最初からお前を殺すつもりなんて無かったぞ」

 なんだこの男…。イカれ帽子屋とか言ってたか?こいつほど似合う名前も中々ないぞ…。

 「そんなの信じられるかよ!」

 「でもお前、武器も持たずにどうやってハートの女王に勝とうとしてたんだよ」

 「それは…」

 そう言われた俺はぐうの音も出なかった。実際俺に勝ち目は無かった。

 「つい興が乗ったんだよ、何故かいけると思ったんだ」

 「馬鹿かお前。その場の勢いで勝てる戦いなんて無いんだよ。それに…」

 ガチャ

 銃がそう音をたててまた俺の方向に向けられた。

 「ええええええ!?ちょ待っ…」

 ダンッ!

 帽子屋が銃を撃つと、頭上からインクのような黒い液体が流れ落ちてきた。人…の様な形をしたおぞましい物がドロドロと溶けていく。脳は剥き出しになり、肋骨は飛びててるし、足は両足無かった。

 「それに、マリスに近づかれて気づけていないようじゃもっとダメだな」

 「は…?なんだよそれ」

 帽子屋は俺のそんな言葉も無視して呑気に懐中時計を手にして時間を確認していた。

 「よし、今から俺の家に行くぞ」

 「は?」

 ただでさえ状況が飲み込めないのに、更に分からなくなった。

 「お茶会の時間だ。その時に説明してやる」

 「お茶会ぃ〜?アンタが?似合わねぇ〜」

 「これが俺に与えられた役割なんだよ。俺もしたかないさ。とにかくついてこい」

 …コイツと別れて一人になっても野垂れ死にするだけだし…ついて行くか。

 「あぁ、分かった」

 そして俺は、帽子屋について行った。


 帽子屋の家の扉を開くと、扉の上の方についている鈴の音が鳴り響いた。

 家の中に入って、部屋を見渡してみる。

 …なんというか…全体的に汚い。服はそこら中に散らばってるし、灰皿の上に乗っている灰はそのままだし、コーヒー豆が入っていたであろう瓶は無造作に投げ捨てられていた。

 こんな足の踏み場のない部屋を帽子屋はどんどんと進んでいく。そのままキッチンへと進んでいき、コーヒーの準備をし始めた。

 「適当に座って待っとけ」

 「こんな汚ぇ部屋で何処に座れってんだよ」

 「そこに椅子があんじゃねぇか。見りゃわかんだろ」

 …椅子?帽子屋が指を指した先には大量の本が積み重ねられていた。どう見たって椅子なんてある訳が無い。近づいてみてようやく気づいた。確かに椅子があった。けど、積みかねられた本で何も見えなくなっていただけだった。俺は本の山をどかしてどうにか椅子に座った。

 「で、今一体何が起こってんだよ」

 帽子屋がコーヒーを持って、向かいの椅子に座った。あっという間にコーヒーの匂いが部屋の中に溢れかえり、心地いい感じだった。

 「そうだ、お前、名前は?」


 「アリス。アリス・リデル」


 そう言うと帽子屋は少しだけニヤけたような感じがした。

 「へぇ、ピッタリじゃねぇか。ハートの女王もいい仕事したもんだ」

 「どういう事だよ?」

 「簡単に言うと、お前はこの国に招待されたんだ」

 「招待された?」

 「そう。今からこの国ではある事が行われるんだ」

 「ある事?」

 「アリスの座を賭けた殺し合い。バトルロワイヤルってことだな」

 突然のことすぎて理解するのに三十秒ほどかかった。

 「…はぁ!?殺し合い!?何だよそれ、俺はそんなのに参加するなんて聞いてないぞ!承諾した覚えもない!大体アリスの座を賭けた殺し合いって何だよ!」

 「これに参加する参加しないはお前が決めることじゃない。参加が決定した時点で、お前に拒否権は無い。それとアリスの座を賭けて殺し合うって所だが…。この殺し合いに勝った奴はアリスとしてこの国で暮らすことができるようになるんだ。今回で四十二回目。そしてさっきのパレードはこの殺し合いの開催を記念した式典みたいなもんだ」

 「何でだよ、何で俺なんだよ!俺は殺し合いなんてしたくない」

 「拒否権は無いって言ったろ」

 なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?

 「俺がなにかしたって言うのかよ!」

 「お前が過去に何をしてたかなんて知らないし、関係ない。ただ一つわかるのは…殺らなきゃ殺られるってことだ、死んでもいいなら何もしなかったらいいさ。俺には関係ないことだからな」

 ………過去に何をしていたのか…。正直まだ思い出せない。自分が何者で、何のためにここに居るのか…。でも、この殺し合いにとりあえず参加して、不思議の国に居れば記憶を取り戻す手掛かりが手に入るかもしれない。別に俺が殺す必要は無いんだ。帽子屋に守ってもらって自分はのんびりしてるとかでもいい…。

 ……………。

 「分かった、分かったよ!やればいいんだろ!ルールを教えろ!」

 「最初からそうしてろ。で、何処まで説明したっけ…。お前がうるせぇから忘れたじゃねぇか。…あぁ思い出した。殺し合いに招待された所までだったな。ルールは簡単だ、何でもアリの殺し合いだ。銃で撃ち殺すもよし、毒で暗殺を狙うもよし、寝込みを襲って串刺しにするもよし、とにかくなんでもありだ」

 「ホントに何でもアリだな…。そうだ、さっき出てきたマリス…だっけ?なんなんだよあれ。血もなんか黒かったし」

 「ああ、あれか。あれはアリスの成れの果てだ」

 「どういうことだよ?」

 「正確には今回までに負けてきたアリス達の成れの果てだな。奴らはまだ、自分たちが死んだことを認識していない。だから、アリス候補であるお前や別のアリス候補の奴を殺しに行くんだ。俺の仕事はそんな奴らからお前を守ったりすることだな。勿論他のアリスからも身を守る」

 俺も殺し合いに負けたらあんなにおぞましい物になるかもしれないのか…。思い出すだけでも吐き気がする。あれはなんて言うか…生物と形容していいものでは無かった。

 「アリスの成れの果て…。ああはなりたくないな」

 「勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」

 「確かにそうだけどさ、俺、倒すための武器なんて持っちゃいないぞ」

 「あぁ、そうか…」

 帽子屋は椅子から腰を上げて、棚のある方へと向かった。引き出しを開けて、何やらごそごそしている。

 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ…。

 何かをし終えると、帽子屋は元々居た場所に戻って座った。

 「ほら、これ持ってろ」

 そう言うと、帽子屋は軽々と銃を投げてきた。投げられた銃は綺麗に弧を描いて…!

 俺の足の上に落ちてきた。俺は約二キロほどあるであろう鉄の塊をモロに足で受け止めた。

 「いっ…………てぇぇぇぇぇぇ!」

 痛みがじんわりと足に広がっていき、思わず椅子から転げ落ち、床…というかゴミの上でのたうち回ってしまった。

 「何すんだよお前!この国に来て、最初に攻撃されるのがお前とは思わなかったよ!銃っていうもんは、鈍器として使うもんじゃ無いだろ」

 「お前がちゃんと受け止めないのが悪い」

 「あんな急に投げられて受け止められるか!」

 くだらない言い合いをしているうちに徐々に痛みが引いてきて、俺は椅子へと戻った。痛かった…。

 「で、これは?」

 「そいつは回転式拳銃。リボルバーってやつだな。俺と全く同じ銃だ。装填数は六発、それにはもう六発入ってる。さっき入れた」

 「へぇ中々かっこいいじゃん」

 手に持つと、ずっしりとした重みが俺の手に伝わってきた。俺は銃を回して周りを見てみた。持ち手は木製で出来ていて少しだけひんやりとしていた。銃身は、真っ直ぐに前へと伸びてそのいぶし銀な色は俺の中の少年心をくすぐるには十分だった。

 「お前、銃を持つのは初めてか?」

 「あぁ初めてだよ」

 「そうか、じゃあこっちついてこい」

 帽子屋は椅子から立ち上がり、玄関の扉の方へと向かっていた。俺はそれについて行き、帽子屋と一緒に家の外へと出た。それから家の近くにある、裏路地へと進んでいき人気のない場所へ移動した。

 帽子屋はいつの間に用意したのか、空き缶を三つ、目線の高さより少し低い壁の上に等間隔で並べて乗せてみせた。

 「少し見てろ」

 そこからは一瞬だった。そこにあったはずの空き缶が三つとも同時に宙を舞っていた。何を言っているが分からないと思うが、俺も何が起きたのか理解できなかった。更に…。

 帽子屋は更に三発撃ち込んで宙に舞っている空き缶を撃ち抜いた。

 「こんなもんだな」

 帽子屋は後ろを振り向いて俺にそう言ってきた。帽子屋が言い終わると同時くらいに、空き缶が地面へと落ちた。

 「す、すげぇぇぇぇぇ!俺もそんな風にできるのか!?」

 「練習すればな」

 帽子屋は褒められ慣れていないのか、少しだけ照れながら言った。

 「ほら、撃ってみろ」

 すると帽子屋は、空き缶を拾い上げ、壁の上へと置き直した。

 「最初は両手で構えるんだ。反動で腕が飛ばされないようにな」

 「オーケー」

 そして俺は空き缶へと標準を定めて、持ち手をしっかりと両手で包み込み撃鉄を引いた。弾丸が発射され、空き缶へと向かうと思いきや…。壁に当たり、壁が崩落した。そこには見事に穴が空いてしまっていた。

 「あ…」

 「おいおい、壁の向こう側まで見えちまってるじゃねぇか。まぁでも最初はこんなもんだろ」

 「これ、壁直さなくて大丈夫なのか?」

 「大丈夫だろ。こんな辺鄙な場所に来るやつなんて俺らくらいしか居ないし。適当に木でも打ち付けとけばいいだろ」

 「そう…なら、いいけど」

 帽子屋はおもむろに時計を取り出して、時間を確認した。

 「…よし、そろそろ行くか」

 「行くって何処に?」

 「会いに行くんだよ。ゲームの主催者であるハートの女王に」

 ハートの女王…ハートの女王…?馬車に乗ってた奴がそんな風に呼ばれてたっけ?

 「ハートの女王って、さっきの馬車に乗ってた奴か?」

 「そうだ」

 「俺、アイツ嫌いなんだよなぁ」

 「でも、女王はお前みたいなやつのこと好きだと思うぞ」

 「え、うぜぇ〜」

 「ま、とにかく行くぞ」

 俺と帽子屋は裏路地を出て、通りに出て、右を曲がり、目の前にそびえ立つ城へと向かった。

 町は相変わらず活気に溢れていた。

 露天で食べ物を売っていたり、店の呼び込みがいたりして、この町が発展しているのが一目見て分かった。

 「凄い活気だな、この町。お、アレなんだ?タ、タコヤキ…?何だそれ?」

 「おい、道草食ってる場合は無い、とっとと行くぞ」

 「へーい」

 十分ほど歩くと、城の前に辿り着いた。

 目の前には、巨大な階段と、城があった。壁面にはハートのマークがいくつもされていた。階段を登り終えて、扉へと向かう道に、先程見たハートの女王の石像が置いてあった。

 「げっ、趣味わりぃ〜。自分大好きかよ」

 「それは俺も同感だな。さ、行くぞ。もう何分か遅れてるだろうからな」

 「何分か遅れてるって、なんで時間通りに来なかったんだよ?」

 「俺の持ってる時計は全部同じ時間で止まってるんだよ」

 「なんでだよ、直せばいいじゃんか」

 「俺にも色々あるんだよ」

 そう言う帽子屋の目には少しだけ陰りが見えた。

 「へぇ〜」

 そうして俺たちは扉を開けて、城の中へと入っていった。

 城の中もまた、豪奢な造りをしていた。

 天井からはいくつものシャンデリアが吊り下げられ、目の前にはまた、巨大な階段があった。一階だけでも、扉が幾多もあり、構造を知らない俺が入ってしまったら最後、迷って、そのまま死体が見つからないみたいな事になりそうなくらいに広かった。

 帽子屋はそれらの部屋を無視して階段の方へと歩みを進めた。

 「にしても、馬鹿でかいなぁ。俺も住んでみてぇ」

 「ああ、俺も少しデカくし過ぎ……」

 そこまで言って帽子屋は無言になった。

 「どうしたんだよ?」

 「…いや、何でもない」

 「何だよ気になるじゃんか」

 「最近疲れててな、時々変なこと言っちまうんだよ」

 「…? そういうもんか。ちゃんと休めよな、守ってもらわないといけないんだから」

 階段を登り終えると、左右と前に廊下が続いていて、俺たちは前へと進んで行った。

 『氷の女王』、『儚き薔薇』、『魚たちの楽園』、『捨てられたおもちゃ』、『化け物の仕事』などといったタイトルの絵が廊下にいくつも飾られていた。

 「へぇ〜絵のセンスは良いんだな」

 いくつもある絵を横目に目の前にある扉へと進んで行き、扉の前に立った。

 「ここから先がハートの女王との謁見の間だ。中には他のアリスも居るはずだから、よく顔を覚えておけ」

 「りょーかい」

 そして俺たちは扉を開けて部屋の中へ入っていった。

 「遅かったじゃないか、帽子屋。十一分十六秒の遅刻だよ」

 部屋に入るとハートの女王に声をかけられた。女王は玉座に座り、周りには従者を侍らせていた。

 少しだけ周りを見ると、見知らぬ者が六人立っていた。

 「いつも通りじゃないか。それに、誰のせいで遅刻してると思ってるんだ」

 「言い掛かりはやめてくれよ、君の方から私に自らの時間を渡したんじゃないか」

 「…そうだったな」

 時間を渡した…?忠誠を誓うとかそういうことなのだろうか。でも、それと時間に遅れることが関係あるのだろうか?

 「時間を渡したってどういうことだよ?」

 「それはお前には関係ない」

 そう言うと帽子屋は頭に銃を突きつけてきた。銃口の冷たい感覚と重い感覚が頭に伝わってきた。

 「えええええ、なんで?」

 「詮索するなってことだ」

 帽子屋の目は獲物を狙う鷹のように鋭く冷ややかな目をしていた。

 「相変わらず君は怖いにゃ〜。カルシウム足りてる?」

 声のする方向を見ると、ネコ耳のついてる性別不詳の奴が立っていた。きっちりとスーツを身につけ、ネクタイも着崩すことなく、帽子屋とは対称的な見た目をしていた。長い栗色の髪は、しっかりと整えられていて、綺麗に流れていた。

 「お前は相変わらず腹の立つやつだな」

 いつの間にか帽子屋は銃を下ろしていた。

 「やっぱり僕達、仲良くなれないみたいだね。犬猿の仲って奴かな。もっとも、僕は猫じゃにゃいんだけど。あ、でもその場合君は猿になるね。ウキー!」

 そう言いながらこの猫は、猿の真似をして、帽子屋をおちょくるような仕草を見せた。

 そんな猫に腹を立てたのか、猫の足もとに向かって発砲していた。

 「猿はお前の方だろ。チェシャ猫」

 どうやらあの猫はチェシャ猫と言うらしい。

 「一体僕のどこに猿の要素があると言うんだい。激情して直ぐに銃を撃つ君の方がまるで猿じゃないか」

 ダンッ!

 帽子屋はまた発砲していた。

 「うぅ〜やっぱり怖いにゃ〜」

 チェシャ猫はまたおちょくるような口調で言った。

 「止めなさい、チェシャー。みっともないわよ」

 声の主の方向を見ると、そこには美しい女性が立っていた。全体的にスラッとしており、白いシャツに紺色のタイトスカートを着ていた。ブロンドの髪は腰まで流れており、光を反射して艶やかな印象を持たせた。碧眼の目は、地中海を思わせるような透き通る綺麗な目だった。

 全体的に整っていて、とても綺麗だった。綺麗なんだけど…。

 俺よりでかくね?悲しいんだけど。

 「ごめんねレイシー、つい興が乗っちゃってね。久しぶりに会うからさ」

 「まったく…。今後はそのような行為は謹んでくださいね」

 レイシーと言われた女性は呆れたようにチェシャ猫に言い放った。

 「あなた達、ごめんなさいね。うちのチェシャーが」

 そう言うと、帽子屋に向かって、綺麗なお辞儀を見せた。礼儀作法もきちんとしているらしい。

 「…構わない。ただ、きちんとリードは付けておけよ。野良猫は何をするか分からないからな」

 「ええ、きちんとしつけておくわ」

 「茶番はそこまでにして、早く開催宣言をしたいのだけどいいかな?」

 今まで静かにこの状況を傍観していたハートの女王がしゃべりだした。そして俺の方を見て訝しげな顔をした。

 「…おや?君もアリス候補だったんだね。嬉しいよ」

 ハートの女王は俺に笑いかけて言ってきた。

 「俺は嬉しくなんて無いけどな」

 「はは、君のそういう所が好きなんだよ」

 「そーかよ」

 ハートの女王は俺から目線を外して、話し始めた。

 「ここに集められた四人は選ばれしアリス候補のもの達だ。既に聞いているかもしれないが、君たちにはこれからアリスの座を賭けて殺し合いをしてもらう。何をしてもいい、銃殺、毒殺、暗殺、殴殺、刺殺、斬殺なんでもいい。勝つためにもがけ、生き残れ、私を楽しませてくれ。そして、勝ち残ったの者にはアリスの座だけでなくこの国での永住権と、願いを一つ叶える権利をくれてやろう」

 そして、大きく息を吸って言い放った。

 「アリス・リデル。レイシー・レディル。エリカ・ディール。レイス・ブラジー。さぁ、ここにアリス同士の殺し合い、Alice in murderlandの開催を宣言する!心ゆくまで殺し合ってくれ」

 ハートの女王が言い終わると、部屋に静寂に包まれた。遂に、殺し合いの開催が宣言されてしまった。俺はこれからどうなっていくのだろうか…。

 「さ、開催が宣言された事だし、家に帰ろう」

 俺がハートの女王にあっけに取られていると、帽子屋が話しかけてきた。

 「あぁ…。帰るか」

 俺達が帰ると、それに続くように部屋の中から人々が出ていった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 部屋の中にはハートの女王とその従者だけが残っていた。

 「ねぇ、白うさぎ」

 ハートの女王が名前を呼ぶと、どこからともなく人が出てきた。

 「なんだい。何か用かい」

 「君を呼ぶということはそういうことだよ」

 「あぁ、なるほどね」

 「私が招待していない者が来た。バグは早めに消しておかないとね」

 「招かれざる客が来るなんて久しぶりじゃないか。で、名前は?」

 「私としても、とても悲しいんだけどね…。アリス。アリス・リデル。今回来てしまったこのゲームの癌だ。頼んだよ、調停者の白うさぎ」

 「…わかった」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 女王の開催宣言が終わり、俺たちは帽子屋の家にいた。帽子屋はコーヒーの準備をして、俺は椅子に座っていた。また、コーヒーのいい香りが部屋の中に溢れかえった。

 帽子屋向かいの椅子に座り、今度は俺にもコーヒーを淹れてくれた。

 「ほら、お前の分だ」

 「ありがと」

 「で、これからの事なんだが…」

 「あぁ」

 そう言って俺はコーヒーに口をつけた。コーヒーの香りと苦味がいい感じの調和を起こし、とても美味しいコーヒーだと思ったんだが…。

 「あっっっっっま!何だこれ!?」

 「これくらい普通だろ?」

 「普通じゃないだろ!入れるにしても、一、二個とかだろ。お前何個入れた?」

 「六個」

 失神するかと思った。糖尿病まっしぐらじゃねぇか。

 「入れすぎだ!」

 「うっせ。コーヒー淹れてやってんだから文句言うな」

 「それはそうだけどなぁ…!」

 俺が口を噤んでいると、帽子屋は話を戻した。

 「で、話を戻すぞ。これからお前にはまず銃の練習をしてもらう。戦うのに銃も使えないんじゃお前は使い物にならないからな」

 「それなんだけどさ…。俺、人を殺しくないんだ。だからといって勝ちたくないとかそういう訳じゃない、なんて言うか…もっと別の何かがあるんじゃないかって思っちゃうんだ」

 「あまったれたこと言うな。お前はこれから命を狙われるんだ。そういう奴らをどうするつもりだ」

 「だからさ、あくまでも自分の身を守るって事じゃダメか?護身用として銃を練習するみたいな」

 俺が言い終わった後、帽子屋は少し考えるような仕草を見せた。

 「…勝手にしろ」

 「よし、じゃあ俺は早速銃の練習してくるわ」

 「何かあったら合図をだすか、戻ってくるかしろ」

 「おっけー」

 そして俺は家を出て、裏路地へと入っていった。

 空き缶を拾い上げ、壁の上に並べて、早速練習を始めた。

 じっくりと狙いを定めて撃鉄を引く。銃口から放たれた弾は空き缶の上の方へと大きくずれていった。呼吸を整えて、二発目を放つ。上に行かないことを意識しすぎて、今度は大きく下にズレてしまった。三発目、四発目とどちらも検討はずれの方向に飛んで、かすりもしなかった。

 「中々当たらんもんだな〜」

 俺は再度呼吸を整えて、空き缶をねらう。息を止めて手のブレを無くし、しっかりと両手で構えて、狙った。

 ダンッ!

 銃口から放たれた弾は、吸い付くように空き缶へと吸い込まれ、中心に当たった。

 「よっしゃ、やっと当たったぜ!弾が当たるとこんなに気持ちいいもんなんだなぁ。…でも、やっぱりこれを人に向けるのは怖ぇな。いくら護身用とは言っても。…よし、缶戻すか」

 俺は空き缶を壁の上に戻すために壁に近づき、空き缶を壁の上に置いた。

 ザシュッ!

 「え?」

 一瞬、理解できなかった。俺の腹からは赤い血が流れており、そこには剣が刺さっていた。剣の出ている方を見ると、そこには俺が朝に空けた穴があった。

 「あっ…つっ…!ええ?痛ってぇ…。痛ぇぇぇぇぇぇ!」

 俺が悶えていると、剣は引き抜かれた。痛みで立つことも出来ない俺はそのまま後ろに倒れた。

 剣が抜かれたことで、更に出血していた。腹部にドロリとした感触が広がっていく。痛いのか、熱いのかよく分からなかった。 俺が苦しんでいる間にも、腹部からはドクドクと、赤い血が流れてくる。気づけば地面は赤色に染まっていた。

 ズガァン!

 何かが崩れる音がして、何者かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 「ごめんね。僕自身キミになんの恨みないんだけど…。仕事だからさ」

 近づいてきた何者かの声は聞いたことの無い声だった。

 頭にはうさぎの耳をつけ、目は赤かった。黒い服に、黒いショートパンツを履いていて、ショートパンツの少し上の辺りにはベルトのようなものをつけていた。

 「だ…れだ…」

 「僕は白うさぎ。のゲームの調停者の役割を与えられている。そして、その役割はキミみたいなるはずじゃなかった者を処分すること。これくらいかな?まぁでも今から死ぬ人にここまで教えても意味無いかな?」

 俺が死ぬ…?ここで?嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。まだ何もしてない。しかも、来るはずじゃなかった者って、なんだ?俺がなんかしたか?

 俺は辛うじて銃を握っていたので、最後の力を振り絞って白うさぎに向かって銃を撃とうとした。

 「無駄だよ」

 白うさぎはそう言って俺の手を蹴り飛ばし、俺の手を大通りの方へと向けた。 

 「無駄な足掻きはやめた方がいいよ」

 俺は絶望した表情を見せた。

 「い、やだ…。死にたくない。俺はまだ…」

 「キミが無駄な足掻きをするから、時間がかかっちゃったじゃないか。本来はもっと早く終わらせる予定だったのに」

 そう言う白うさぎは余裕飄々の顔をしていた。

 ……………。

 「無駄な足掻きだって…?違うな、この位置だから良いんだよ。この位置が良いんじゃあねぇか!」

 「…っ!何するつもりなんだ!」

 白うさぎが銃を取り上げようとしてくる前に、俺は大通りへと最後の一発を撃った。

 「キミ、何がしたかったんだい」

 「俺には優秀な護衛がついててなぁ…。お前みたいな奴から守ってくれるんだよ…」

 「はぁ?今の発砲とその話になんの関係があるんだい?」

 俺が撃った銃弾のお陰で、通りは大騒ぎになっていた。

 一か八かだが…。時間稼ぎだ。

 「そんな発砲をしたところで、その護衛は来やしないだろう」

 「そう、かもな…」

 頼むっ…!来てくれっ…!

 「じゃあトドメをさそうか。ごめんねもっと楽に死なせてあげるつもりだったんだけど。腕がなまっちゃって」

 白うさぎが俺に近づいてきて、心臓に剣を突き立ててこようとしたその時…。

 コツコツコツコツ…。

 また、何者かが近づいてくるあし音が聞こえてきた。

 「誰だ!」

 白うさぎはその手を止めて、音のする方を向いていた。

 「大通りが騒がしいから何かと思えばよぉ…。まさかこんなことになってるとはなぁ」

 「遅せぇんだよ…」

 「お前は…、帽子屋!」

 帽子屋を見た白うさぎは帽子屋に対して強い反応を見せた。

 「よお、白うさぎ久しぶりだな。うちのアリスに何か用か?」

 「この際だ、ちょうどいい。キミ諸共、始末してしまおう」

 そう言う白うさぎは帽子屋に対して物凄い殺意を見せていた。

 「質問の答えになってねぇなぁ…。でもまぁ、やるしかないか」

 すると、帽子屋は静かに銃を取り出した。

 そして、白うさぎも剣を構えた。

 ……瞬間、白うさぎが今までいた場所から消えた。

 目にも止まらぬスピードで帽子屋の方に突進していく。

 「アリスの仇ぃぃぃぃぃぃ!」

 この世のものとは思えない憎悪を込めた目を帽子屋に向けながら白うさぎは剣を振り上げた。

 「なぁこの言葉知ってるか?銃は剣よりも強し…。名言だよなぁ」

 「それがなんだって言うんだ!」

 「はぁ…。だからさ、お前じゃあ俺に勝てないってことだ」

 ダンッ!

 目に見えない程の早撃ちで帽子屋が弾を放った。

 白うさぎの剣は帽子屋の頬を掠め…帽子屋の放った弾は見事に白うさぎの腹部に命中していた。白うさぎの腹部からは赤黒い血が流れてきていた。

 

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