二人きりの家で 1
放課後、柚のクラスへと急ぐ。
何となく今日は彼らと顔を合わせにくいだろう。
そういう理由で今日はこっちが向かうことに決めた。
歩きながら今日のことを少し振り返る。
今朝の一件があってから同じクラスの二人、鈴と奏多はずっと変だった。
普段とは違う二人にクラスメイトも気づいているようで告白現場を思い出すような独特な雰囲気が流れている。
結果的に、このクラスの中での二人の存在の大きさを示す。
そのことが友人として誇らしく思う。
ただ同時に格の違いを見せつけられているように感じてしまう自分がいる。
柚とのことよりも優先されているという事実があり、まるでその程度だといわれているような感覚になってしまう。
柚のクラスの前まで来て教室内を覗く。
そこにあったのは女子生徒数人に囲まれている柚の姿。
心なしか少しげっそりしているように思う。
質問攻めされていたんだろうなと容易に想像できる。
ここで声をかけるとさらに面倒なことになる気もするがここは助けた方がいいはずだ。
「柚、一緒に帰ろうよ」
声をかけたことで一気に周りの視線が集まる。
視線を気にしないようにしつつ柚に向かって手招きし、その場から逃げるように昇降口へと急ぐ。
学校から僕の家まで大体40分ほど。
ひとことも言葉を交わすことなく歩き続ける。
ときどき僕の方を確認してはため息をつき、手で顔を隠す動作を繰り返す。
相当問い詰められてしんどい思いをしたのだろう。
家に着いたらちゃんと謝らなきゃいけないかもしれない。
そうこうしているうちに家に着き鍵を開け中に入る。
なかなか入ってこない柚に声をかけ、中へと招く。
「おじゃましまーす」
そう言ってすぐ、しまったという表情をした。
僕が言っていたことを思い出したのかもしれない。
申し訳なさそうに肩を丸めている。
僕自身はまったく気にしていないことは何とか伝えたいがどうすればいいのかわからない。
明るく振舞ったところでさらに気を使わせてしまうかもしれないし、無理していると思われる可能性がある。
僕がとれる方法はただ一つ。
隠さずに事情を話すことだけだ。
「いきなりだけど、この前言った家に誰もいない理由話してもいいかな? 」
彼女の反応を確認することなく続ける。
「まったく重い話じゃないんだけど、中学のころ父親が事故にあったんだ」
「その事故がきっかけで父親の性格が変わったんだ」
「ずっとやりたかったことをしたい。ってなっていまは料理屋を母さんとしてる」
「こっちでは店ができなかったからべつのところで始めたんだよ」
「僕もついてくるように言われたんだけど断ったから今は一人で暮らしてる」
「ときどき親戚が様子を見に来る以外でほかの人の出入りはないから柚が来てくれて嬉しい。来てくれてありがとうね」
伝えたかったことを伝え、続けて今朝のことを話そうとしたが辞めた。
後ろから泣いているような音が聞こえたから。
振り返るとそこには泣いている柚がいた。
ぼろぼろと大粒の涙を流し、それを手で拭う。
「ごめんね、すぐ落ち着くから」
どうして泣いているのか僕にはわからない。
悲しい話ではないし重い話でもないはず。
それなのに彼女は泣いている。
困惑する僕に対し柚は答えを出す。
「私がいたらいつでも来たのに。ごめんね」
「一緒にいたかった。独りぼっちはさみしいもん」
その言葉は実感がこもっているように感じられる。
彼女も彼女でいろいろとあったのだろう。
柚が泣き止むのを待つことに決め、冷蔵庫から柚が好きだったオレンジジュースをコップに移し替えて彼女に手渡す。
なんだか懐かしいなぁと顧みながらどうしたものかと頭を抱える。
ラッキーなことに時間ならたくさんある。
ゆっくりと彼女との関係をまた築いて行きたいと心からそう思った。
いま悩んでるこの問題もきっとすぐに大丈夫になるはず。
その問題はもしかすると柚は僕のことを好きなのかもしれないということ。
彼女に対する違和感を説明するために最もしっくりくる理由がそれしか考えられない。
自分でもばかげた想像だと思う。
いつか確認しなくてはいけなくなるかもしれない。
ただ、いまは彼女の言葉を信じることを優先した方が賢い選択だろうと言い聞かせ目の前にいる彼女に集中することにする。
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