柚の後悔と返事

 ある程度考えがまとまったところで思い切って柚に聞くために彼女を見た。

ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてベットの上で足をぱたぱたと前後に揺らしている。

どういう感情でその動作をしているかはわからないし考えたところで意味がない。

その答えは今から聞くから。

一度目を閉じて息を吐きだし覚悟を決める。


 「もしかして奏多、天瀬奏多のことが好きなの?」


 本当は聞かない方がいいことで聞いてしまうと戻れなくなる。

分かっていても聞かないと次に進めない。

彼女が望みをかなえるためにはきっとこういうことをする必要がある。

これが僕なりの彼女に対する覚悟で向き合い方。



 柚は返事の代わりにこくんと頷く。

顔を見られたくないのか上げかけた頭が下がったまま固定される。

どう声をかけれはいいのかわからず何もできない。

言いづらそうにしているときとは少し異なる初めて見る彼女の状態に頭が真っ白になる。

それに追い打ちをかけるように下を向いている彼女から水滴が落ちたことで完全に僕の思考は停止しかけた。


 一度落ち着くために深呼吸。

ここで間違えてしまうのはよくない。

だから冷静になり整理し対処を考えなければ。


 まず一つ間違いなく言えることは彼女は泣いているということ。

涙の理由はわからないが考えられるものはある。

恥ずかしさの限界を超えたのか、悲しいのか。

たぶん恥ずかしいのだろう。

ここで彼女に踏み込まなければいけない。

直感がそう告げてくる。


 「いつ奏多のことを好きになったの?」


 彼女に聞かずにはいられなかった。

そこに流した涙の理由があるはずだから。

今日、僕はかなり踏み込んでいる。

いつもなら絶対にしないことをしているからなのか変な汗をかく。


 「小学校のころだよ。転校先に彼がいたんだ」


 彼女はゆっくりとそれでもちゃんと言葉にしながら答える。


 「単純な理由なんだけど、一番初めに話しかけてくれたんだ。それが嬉しくて彼を目で追っているうちにどんどん好きになった」


僕の反応を見ることなく続ける。


 「好きだって気づいたのは運動会の借り物競争で借り物になったとき。手を取られたときに鼓動が早くなったんだ」


 「修学旅行のとき彼に告白しようとしたんだけど出来なかった。もし嫌われたらと思うと怖かった」


 「そのまま告白できずに卒業したんだ。中学で告白すればいいそんな風に考えてたんだ」


 なんとなくこの後に続く言葉はわかる。

きっと柚は僕と一緒だ。

結果としてその考えは的中した。


 「でも、中学に彼はいなかったんだ。彼が引っ越したことを知ったのは中1の夏休み」


 「あんな後悔は二度としたくない。高校に入って彼の姿を見たときその気持ちが強くなった」


 「だから今度はよくないことだとしてもきちんと伝えたい。たとえ誰かを傷つけることになったとしても」


 言い切ったところで彼女は再びぬいぐるみを強く抱える。

彼女の覚悟は過去の経験から来ているもので、本気の目をしていた理由を知った。

僕と彼女は似ている部分が多く素直に共感できる。


 きっと僕らはいいパートナーになることが可能だろう。

お互いの一番の理解者であると同時に同じ目的を持っているのだから。

彼女からの提案を受け入れることに決めた。

涙を流してまで話してくれたのだから僕も腹をくくることにする。


 もう悩むのはやめにしよう。

ここから先はそんなことで気を取られてはだめだ。

誰かに肯定されなくたって関係ない。

否定されたとしても貫き続ける。

それが彼女と僕の覚悟で在り方。


 「決めた。二人で奪っちゃおうか」


 そう伝えると柚の頭が上がり、何か言いたげに僕を見る。

彼女に笑顔を向けると、彼女も笑顔で返してくれた。

何も言わずとも通じ合っている。

そんな風に感じられる心地よい時間でとても居心地がいい。

こういう関係を続けていきたいと心からそう思う。



 







 

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