柚の好きな人?

 答えるために考えていたが、彼女にどうしても聞かなければならないことがある。

という言葉の意味が何を指すかわからない。

ものを奪うのか、人を奪うのか。

その答えによって僕の行動が変わる。


 現実から目を背けようとするもできない。

柚の目が本気だったことと、彼女の力になりたいと本気で思っているから。

だからこそ僕は彼女に聞かなければならない。

それが一般的によくないことだとしても。


 「一つだけ聞いてもいい?」


 柚がそうしたように彼女の目をしっかりと見つめ、できる限り優しい口調で彼女に問う。

彼女が頷いたのをしっかり確認して続ける。


 「奪うって何を?」


 僕の言葉が意外だったのか柚は僕の目を見てから優しく微笑んだ。

今まで意識したことはなかったが、彼女のこういうときの顔にはドキッとする。

関係性がいまと違うものだとしたらきっと僕は彼女に恋をしていたのだろう。

考えても意味のないことだけどそう思ってしまう。


 胸元くらいまである黒髪が彼女の動きに合わせ動く。

彼女は自分では気づいていないかもしれないが同級生の男子からかなり人気があり、その人気は鈴と並ぶほど。

彼女の人気の理由はお世話してくれそうといういかにもな理由。

実際、仕方ないなぁなんて言いながらいろいろとしてくれる。

そういうところを好きになる人が多いのだろう。


 「ねぇ、聞いてる?」


 目の前で手をひらひらと振っている彼女の行動にかなり驚く。

ぼーっとしていたらしい。

無視されたと思っているのか柚は不安そうな顔をしていた。


「ごめん、ぼーっとしてた」


 謝るとほっとしたのか普段通りに戻り、ため息をついた。

何かを話してくれていたのに聞いていなかった自分に対し多少の嫌悪感を抱く。


 「お互いの好きな人を奪っちゃおうよ。って言ったんだよ?」


 なぜか疑問形で答える彼女。

その疑問は置いておいてその提案は正直意外だ。

柚の性格上、そういうことは言わないと思っていた。

どこかで彼女が正しいことしかしないと思い込んでいたのかもしれない。


 お互いの好きな人を奪う。

その行為は許されることなのだろうか?

たぶん許されないことだろう。


あの現場、告白を見てしまった身としては彼らが想い合っているのだろうから手を出すのはよくないと思う。

でも、彼が僕を見ていたことが引っかかる。

何か事情があり、その事情に柚は気づいたのかもしれない。

そう考えたところであることに気づく。


 「お互いの好きな人?」


 引っかかっていたことが口に出る。

そう、彼女はと言ったのだ。

ということは、柚は僕の好きな人を知っていて、柚にも好きな人がいるということになる。


 そこから分かることは、彼女が好きな人は奏多であるということ。

正攻法ではきっと僕たちの想いは届かない。

だからこそ彼女はこういう提案をしてきた。

それがよくないこととわかっていても。

彼女の目が本気だったのはそういう覚悟があったから。

その覚悟にどう向き合うべきかを考える必要があるのかもしれない。


このとき、彼女の反応を見ていなかったことを後で後悔することになるとは思っていなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る