01.柚の提案

 家の前に着き、ようやく彼女が口を開く。


 「ごめんね。感じ悪かったよね」


 僕の目をしっかり見てから頭を下げる。

気にしているのはたぶん声をかけてきたときの態度と帰り道で一切話をしなかったことだろう。

首を横に振り否定する。


「全然そんなことなかったよ」


 そう伝えると、彼女はありがとうと照れ臭そうに言いカギが入っているであろうカバンのなかをごそごそと探っている。

カギを取り出しドアを開けたところで彼女が静止した。

ゆっくりと僕の方を見て何かを伝えようと口を開きかけたが止める。

何かあったのだろうかと頭を働かせたところであることに気づく。

この状況はよくよく考えるとおかしい。


 幼馴染とはいえ、異性の家に上がるというのはいろいろと問題がある。

特に、家に誰もいない場合は気まずい空気になることが確定。

家族がいた場合も同じく気まずくなるだろう。

 固まったままの彼女に声をかけようとして彼女の肩に手を伸ばす。

肩に触れると彼女はびくっとして僕を見る。


 「やっぱり別のところで話さない?」


 その提案に頷きかけたが首を横に振った。

何も起こらないまま数秒経ち彼女の目が僕をとらえ、一度目を閉じて何かを決意したように口を開く。


 「大丈夫だから、入って」


  ドアを開けて入るように手で誘導する。

普段と違う幼馴染に慣れず、微妙な空気が漂う。

いつも通りにしたいが、なかなか難しい。

いったん落ち着くために一度深呼吸をし、彼女についていくように家に入る。


 この家に入るのはこれで五度目。

それでも緊張するものは緊張する。

彼女、九重ここのえゆずと初めて会ったのは2歳だった。

もちろんその時のことは覚えていない。


 覚えているなかで一番古い記憶は5歳のとき。

柚の家族と僕の家族でキャンプに出かけ、そこで迷子になった。

泣きそうになっていた僕の手を引いて歩いてくれた頼りになる存在。

僕にとって柚は同い年の女の子であると同時に姉のように感じている。


 いつか柚の力になりたい。


 小学4年生の夏休み明け、彼女から転校すると聞いたあのときからその気持ちは変わらないでいる。

高校の入学式で彼女を見かけたとき心の底から嬉しく思った。

小学生のころよりもできることは多くなり、彼女に対してできることも増えているはず。


 だから今日声をかけられたとき、やっと役に立つ日が来たとそう思えた。

彼女の部屋に案内され、座るように促される。

かわいらしいぬいぐるみとおしゃれな観葉植物が置かれ、きちんと整理されている部屋。

心なしか甘いにおいがする。

周りをきょろきょろと見すぎないように意識はしていてもそわそわしてしまう。


 彼女も彼女で落ち着きがない。

犬のぬいぐるみを抱えてちらちらと僕の様子をうかがっている。

こういうところは小さいころから変わっていない。

家にいるとき限定で言いづらいことがあるとき必ずと言っていいほどぬいぐるみを抱えていた。

こういう時の対処法は待つ。

言いやすい状態を作っても彼女はすぐに話さない。

だから待つことにする。


 数分が過ぎたころようやく彼女の口が動く。



 「ねぇ、奪っちゃおうよ」


 何のことかはわからない。

それでもわかることが一つ。

彼女が本気で言っていることだけはわかる。

彼女の目がそう伝えてくるから。


 これは僕も本気で答えなくてはいけない。

少しの間、目をつむり考えることにした。





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