2-1 眷属
チーン。
軽快な鈴の音とともに飛び上がった二人分の食パンを手に取る。肌色の焦げ目にバターナーフを走らせると、パリパリと小気味の良い音が響いた。香ばしいパンの香りに包まれながら、黙々と朝食の支度を済ませていく。
こうして手を動かしていると浮かぶのは、朝食をとる父さんの姿だ。新聞を読みながら、二つ折りにした食パンを片手でかぶりつくのが父さんの日課だった。僕や母さんが行儀が悪いからやめてくれと何度か頼んだのだけれど、父さんはこれが至福なんだと言って聞かない。妹やシオンは別に気にならないというので、僕と母さんはしぶしぶそれを受け入れてきた。
「ユウキさんが淹れたコーヒー、すごく美味しいです」
食卓にのほほんと座る女が、どこか間の抜けた口調で、幸せそうにそう呟く。
僕も淹れたばかりのコーヒーを飲もうと、マグカップを覗き込んだ。真っ黒な液体の上には見慣れた自分の顔が映っている。そのままおそるおそる上澄みをあおると、適度な苦味が口内を刺激し、寝起きのぼんやりとした頭を覚醒させていく。
「わたしと同じ豆を使っているとは思えないな。わたしが淹れるとね、味が薄くてお湯みたいだって、お父さんによく怒られるんですよ。でもコーヒーバッグなんだから、誰が作ったって同じ味になると思うんです」
「お湯の分量を間違っているんだよ」
「いやー、ちゃんと確認していますよ?」
両手をあげる大げさなジェスチャーとともに小首を傾げる。短く切りそろえられた彼女の栗色の髪が揺れ、微かに甘い芳香が鼻腔をついた。
「なら、二度に分けてお湯を注いでいるのが良いのかな。母さんからそう教わって、ずっとその通りにやってるんだ。飲み比べたことはないけどね」
「ああ、それはなんだか、聞いたことがある気がしますね。試したことはなかったな。なるほど。他にはありませんか?」
「僕なんかに聞くより、たぶんインターネットで調べればそういうサイトがたくさん出てくるよ」
「そっか、今の時代ネットですもんね。よし、明日はわたしが淹れますよ。リベンジです。ユウキさんをあっと驚かせるほど美味しいコーヒーを淹れてご覧にいれましょう」
そうして胸を張り、得意げな顔をする。まったく現金なものである。
二人で朝食を取り始めると、こじんまりしたアパートの一室は朝の静けさで満たされた。女が何気ない仕草でテレビのスイッチを入れる。テレビの中では、女性アナウンサーが流暢に朝のニュースを読み上げていた。三日前に起きた一家惨殺事件について報道している。
僕は子供の頃から、ニュース番組というものの、アナウンサーの声が嫌いだった。聞き取りやすいようにと抑揚をつけた快活な声に、どこか非人間的なものを感じてしまい、張り付いた笑みと相まって、なんだか恐怖心が煽られるのだ。掴み所がなく、よく通る得体の知れない声で、凶悪な事件から芸能人の結婚、スポーツの話題まで、玉石混合。すべてが同列に淡々と語られていく様は狂気じみていて、いつも朝一番から気分をげんなりとさせる。
「ごちそうさまでした、ユウキさん」
女は律儀に手を合わせ、にこやかな笑みをこちらに投げかけてくる。
この女の発声は非常に好ましいな、と思う。ハスキーというのだろうか? 女性にしては低く、どこか絞り出したような声質に、いちいち人懐っこいジェスチャーを挟んで感情を前面に出してくる様には不思議な魅力がある。こういった人間臭い人間がキャスターに起用されていれば、僕ももう少し楽しく毎朝のニュース番組を見ることができていたのだろうけど。
「物騒ですよねえ。だってここ、わたしたちの家のすぐ近くじゃないですか」
女はテレビの前に近づいていき、左上に表示されたキャプションを指差した。
ちょうどその時、テレビ画面全体に犯人の顔写真が映し出される。安原優希。それが一家全員を皆殺しにした殺人鬼の名前です。犯人は極めて高度に武装しており、現場検証では二丁のアサルトライフルが、弾が装填された状態で発見されています。最初に駆けつけた三人の警察官は殉職。応援に駆けつけた武装警官と激しい銃撃戦になりましたが、警官隊からは奇跡的に負傷者は出ていません。追い詰められた犯人は拳銃で自分の頭を撃って死亡したとのことです。なお、現場には執拗に切り刻まれた遺体が残されており、警察はこれが安原一家の養子、安原詩音さんのものであるとみて、身元の確認を急いでいます。
「さて、わたしはそろそろ家を出ないと」
女はそっけない態度でハンガーにつるされた灰色のトレンチコートを取り、羽織る。
僕は大きく背筋を伸ばし、欠伸をするふりをしながら言う。
「警察署のインターンだっけ。やっぱりこういった大きな事件が起きると、インターン生も忙しくなるものなのかな」
「ああ、いえ、今日行くのは大学です」女はどこかで見たことのあるキャラクター物のマスコットがついたショルダーバッグを誇らしげに掲げてみせる。「こう見えて、私はれっきとした大学生なんですよ? 本当ならまだインターン期間なんですけど、三日前に署の方から、しばらく休暇を取るようにとメールが入りまして。だから久しぶりに授業へ出ておこうかと。単位も割とやばいですし」
「へえ、いろいろ大変だね」
「ユウキさんの今日のご予定は?」
「特にないよ。学校にも行かないし働かない。ただのニートだな」
「予定がないのなら、洗濯物をお願いします。掃除もお願いしたかったのですが、昨日わたしが掃除機をかけたばかりなのでまだいいです」
わかったよ、と空返事を返しながら、僕の視線は再びテレビ画面へと吸い寄せられる。
そこには犯人の幼少期の写真が映し出されていた。
たぶんこれは、僕が中学に入学した時に、家の前で父さんに撮ってもらった写真だ。こんな古い写真を、よくぞ引っ張り出してきたものだ。編集で上手く切り取られてはいるが、実はこの横には母さんと妹も立っているのである。そういえば、あの頃の僕は写真が嫌いだった。もちろん今でも好きじゃないけれど。だって、思い出は心の中にしっかりと焼き付けておくことの方が重要なのに、写真をとるとそれだけで満足してしまって、脳へのインプットが足りなくなってしまう気がする。この写真を撮ったときも、確かみんなにそう説得したのだけれど、父さんも母さんも、記念だ記念だと言って聞かない。仕方がないので渋々撮った写真だった。うむ、そのせいか、こうやって改めてテレビ越しに見てみると、僕は少々ぎこちない笑みを浮かべているぞ。どうせ全国放送されるのなら、もう少しちゃんと笑っておけばよかった。
「ふう、それにしても雪は止んだのに、今日も冷えますね」
「そうだね。ところでさ」僕はパンの最後の一欠片をコーヒーとともに流し込み、食器を彼女のものと重ねて洗面台に運びながら何気なく尋ねる。「君の名前をまだ聞いていなかった」
「ああ、そうでしたっけ」
いささか奇妙な質問をしてしまっただろうか? なにせ僕はあれから二日間ほど意識を失っていて、昨日の夜遅くにバーボンの命令でこの女の家に転がり込んだばかりで、名前を聞くタイミングがなかったのである。不合理な質問でバーボンのかけた催眠が解けるのを心配したが、女は気にする様子もなく微笑んで、
「わたしはアカネです。明るい音とかいて、アカネ。将来はお父さんみたいな立派な警官になって、困ってる人を助けるヒーローになる予定です」
と、ご丁寧に自己紹介まで交えて答えてくれた。
僕は、食卓に飾られているアカネの家族写真を眺めながら、さらに問う。
「人違いだったら悪いけど、市役所での防犯講習会のときにいたかな?」
「わあ、びっくりです。ユウキさん、参加されていたんですか? ちょっと恥ずかしいな。ああいう講習会って、直接人の役に立てるのがすごく警察官ぽくて、ずっと憧れてたんです。それでインターン生にもそのチャンスがあると聞いて、この機会を逃すまいと」
「じゃあさ、もう一つ。この人が君の父親かい?」
僕が指差した先のテレビ画面ではちょうど殉職した三人の警察官の名前と顔が並んでいる。真ん中の年配の男が、食卓の家族写真の中からもこちらを見つめていた。シオンに無残に殺された男。市役所で、僕に人懐っこく話しかけてきた男だ。
あの時、会話を途中で遮ってきた女性警官こそが、目の前のアカネに違いなかった。
「お父さんにも会ったことがあるんですか? ビックリです。偶然ってすごいですね」
アカネは目を輝かせ、思いがけないプレゼントをもらった子供のようにはしゃぐ。その様子からは父親を失った悲しみなど微塵も感じ取れない。
「お母さんが早く死んでしまって、でもお父さんは男手一つでわたしをここまで育ててくれました。割と遅めの結婚だったので、お父さんはもうすぐ定年を迎えます。だから今度はわたしが立派な警察官になって、お父さんを安心させるんです。そして、わたしが正真正銘の正義のヒーローになった暁には、世界中の人間を、皆笑顔にしてみせます! もちろんユウキさん、あなたもですよ。だから、是非とも楽しみにしていてくださいね」
「それは楽しみだな。ところで、時間はまだ大丈夫かい?」
「ああ、そうでした! 一限があるので、急がないといけないんです。また帰ってきたらお話ししましょう。今日からはお父さんとユウキさんとわたし、三人暮らしですから、忘れずに三人ぶんの食材を買ってこないとな。あ、今、バカにしましたね? コーヒーは作れないのに料理は作れるのかって。いや、任せてください。わたしの料理はお父さんにだって褒められるくらい美味しいんですよ? いいですか、今晩しっかり振舞って差し上げますから、楽しみにしていてくださいね。それでは行ってきます。事件のこともありますし、何かと物騒なので、あんまり予定もなく家の外を出歩かない方がいいですよ。もちろんわたしはヒーローの端くれなので、怪しい人がいたら逮捕してしまいますけどね! あはは!」
アカネはまるで戦隊モノのヒーローのように、両手を揃えて左斜め上に突き上げるポーズを取った後、少しやりすぎたと思ったのか、頰を紅潮させてはにかんだ。そしてそのまま踵を返し、小走りで玄関を出て行った。
残された僕は、静かに玄関の戸を開けて外の様子を伺う。アパートの二階にあるこの部屋の玄関からは、正面の通りの様子がよく見えた。あれだけ降っていた雪は僕が意識を失っている間にすっかり止んでおり、積もった雪が道端にかき集められている。そんな中、まばらな人通りの合間を縫って、軽いステップで駅の方角へと向かうアカネの後ろ姿を見つけた。
無事にやり過ごせたようで安堵のため息がこぼれる。と同時に、胃の底を突き上げるような強烈な衝撃に襲われた。自分の腹の内がぐちゃぐちゃに混ざり合うような不快感。
胃の激しい収縮と同時にこみ上げてきた胃液をなんとか口内に押しとどめ、急いでトイレに駆け込む。便座に両手をつき、口内にたまっていた唾液混じりの胃液を勢いよく吐き出した。便器の中に先ほど食べたパンがほとんど原型を留めたまま出現する。落ち着く間もなく再び痙攣が始まり、流されるまま、ひたすらに嗚咽を繰り返す。出すものを出し切っても全然止まらない。酸欠で頭がもうろうとし始めた頃になって、ようやく吐き気がおさまった。
口元を手の甲でぬぐうと、透明な粘液がべったりと付着する。口内の粘膜が胃酸に溶かされたせいで、舌の裏の付け根あたりがヒリヒリと痛んだ。
僕はすでに鼓動をやめている自分の心臓に手を当てながら気持ちを落ち着かせる。パンの味は普通だったし、コーヒーも美味しかった。けれど僕の体はもう、普通の食事を受け付けなくなっているのだろう。どういう理屈か知らないが、化け物にはふさわしい末路である。
そのままトイレでぐったりした体を休めていると、唐突にインターホンが鳴らされた。こんな時に一体誰だろう? 這いつくばるように廊下へ出て、なんとか受話器の前に辿り着く。
画面には、こちらを覗き込む中年男性の顔がズームアップで映し出されていた。
知らない人間だ。アカリの知り合いだろうか?
居留守を使うべきかどうか悩んでいると、
「いやあ、私だ、私。君のご主人様の、バーボン・ド・ブロイだ。君の様子を見にきた。どうかこの扉を開けてくれないか」
玄関越しに、くぐもった男の声が響く。
僕の知るバーボンは、銀髪で、赤目で、シルクハットを被っている。だがカメラ越しに見るその男は、ネクタイを占めたスーツ姿で、髪も目も黒い。無精髭を生やしていて、顔にはいくつかシミがあった。不摂生な中年サラリーマンといった風貌である。
少し逡巡した後、結局扉を開けることにした。いたずらにしてもタイミングが良すぎるし、バーボンのことだからきっと、何か超常的な力で、顔立ちでも変えているのだろうと思ったのだ。
「やあ、どうも」
驚くべきことに、扉を開けてすぐのところに立っていたのは、僕のよく知る紳士服姿のバーボン・ド・ブロイその人であった。これはいったいどういうトリックだろう? 先ほどカメラ越しに写っていた中年男性はいったいどこへいったのか。そう思ってよく見ると、ちょうどバーボンの足元に、白目をむいて力なく倒れている中年男性の姿があった。顔面は蒼白で、唇まで真っ白だ。倒れた衝撃なのか、腕が変な方向に曲がっている。そのくせ両足は伸びきっていて、倒れた時に受け身をとったとはとても思えなかった。
「大丈夫だ、大丈夫。まだちゃんと生きているよ。君に会いに来たついでに、食材の調達にね。新鮮な生き血が目当てなのだから、まだ殺しはしない。とはいえ、寒空の下でこんな場所に倒れられていると本当に死んでしまいそうだな。ユウキくん、とりあえず運び込んで、そこの框に寝かせておいてくれるかい。おっと、しかしその前に、まずは私の手をとってくれ。吸血鬼は招かれないと他人の家に上がれないのだよ」
バーボンは白い手袋をしたその手を差し出す。袖の合間からは深々と生える銀色の体毛がのぞいていた。手を取れというので、そのようにしようとバーボンに近づく。
「くくく。君は真面目だな。うん、冗談だよ。ほんの冗談だ。私は優れた吸血鬼なので、君の思い描くステレオタイプな吸血鬼とは少し違ってね。こうして太陽の元をどうどうと歩くこともできるし、十字架もニンニクも怖くない。銀は嫌いだがね。火傷したみたいに嫌らしい痛みがあるし、回復するにもそれなりに時間がかかるからな」
そう言って乾いた笑い声を響かせる。
「君にはどんどん私のことを知ってもらいたいものだね。なんと言っても私の眷属になったのだから。もちろん君やシオンは、すでに私についていろいろ知ってくれているようだが、残念ながら、映画や書籍だけの知識ではまだまだ不十分だな。もちろん全部が全部作り話というわけでもないよ。創作物の中にも、ある種の真実味は常に存在するものさ。特に世界的に注目を集めた私の物語となれば尚更だ。人間は自分でも気づかないうちに本物に惹かれてゆく生き物だからね。おっと、今のはなかなか良いセリフだな。メモしておこう。私は映画監督もやっているからね」
独り言を呟きながら、バーボンはずしずしと室内へと踏み入っていく。せめて靴を脱いで欲しかったが御構い無しだ。泥でもついていたら、この部屋の持ち主であるアカリに怒られるのはこの僕だというのに。
バーボンはリビングルームを抜け、襖で仕切られた和室に入る。その足取りには少しも迷いがない。僕が後を追って和室に入ると、バーボンはまるで逃げ道を塞ぐように襖を閉めた。
四畳ほどの和室の一角には小さな仏壇があって、おそらくアカリの母親と思われる顔写真が焼香台とともに置かれていた。バーボンはすかさず懐から額縁のようなものを取り出すと、無造作に母親の隣へと並べ立てる。なんだろうと思い、覗き込む。
「この男の葬儀にはね、代わりに私が出ておいたよ」
それは、アカリの父親の写真だった。それも随分と見覚えのあるものだ。
男はすでに片腕を失っていて、呆然とした顔でこちらを見つめている。その表情から特定の感情を読み取ることはできないが、見ているとそのまま呪い殺されてしまいそうな、えも言われぬ迫力があった。写真の右端にはわずかに白いラインが入っている。状況から察するに、これはおそらくシオンの腕だろう。男は両腕を失って死んだから、シオンが今まさにもう片方の腕を叩き壊さんとしている、といったところか。それにしても違和感があるのは、この写真は明らかに、シオンの視点で撮られているということだ。バーボンはいったいどうやってこの写真を撮ったというのだろう?
「人の死に」仏壇に置かれたマッチ棒で焼香炭に火をつけながら、バーボンは言う。
「鈍感になっているという自覚はあるのかな。ユウキくん、私に聞かせてくれ。君はこの写真を見てどう思った? 少しでもこの男に同情はしたのかな。残された一人娘と接触してみて、何か思うところはあっただろうか。これは雑談なのだから、どうか正直に答えてくれ」
襖で密閉された和室内に、瞬く間に焼香の匂いが立ち込める。バーボンはその太い指で抹香を掴むと、白い煙を吐く香炉の上に乱雑に撒き散らした。
「君がいったい何を考えているのか、私はとても興味がある」
「……残された彼女がかわいそうだと思います。誰だって身近な人間が死んだら悲しいし、残された人間の心には、永遠に癒えることのない傷がつきます。訊かれるまでもない」
「では、君自身は今、悲しいのかな。君は、これは本当に痛ましいことだが、すでにご家族を失っている。そのことについてはどう思っている?」
充満し続ける煙はますます濃度を増していき、すでに目の前に立つバーボンの表情さえも読み取ることが難しくなっている。袖口で口を覆い、むせ返りそうになりながら、答える。
「もちろんです」
「そうかな、私にはそうは見えない」
「それは」僕は手探りで襖の取っ手を探しながら言う。「シオンが生きているからです。何を失おうと、僕にとって本当に大切なのは、シオンだけなので」
「君は自分の家族が大切ではなかったのか?」
「……少なくとも今の僕に必要なのはシオンだけなんです」
霧がかった世界で、バーボンの真っ赤な瞳だけが不気味にこちらを覗いていた。
「君は、まだ自分のことを人間だと思うかい?」
「さあ、どうなんでしょう。なにせ心臓が止まっていますからね。以前の自分と比べると、いろいろなことが少しずつズレているような、奇妙な感覚があります。でもやっぱり、そんなことは大した問題じゃないですよ。シオンと一緒にいることができるなら、人間だろうと化け物だろうと構わない。もともと細かいことが気にならない性格なので、こだわりはないですね」
「ふむ。よくわかったよ」
壁を這わせていた右手で襖の取っ手らしきものをようやく見つけ、思い切り開く。充満していた煙が、足元を伝って一斉にリビングルームへ吐けていき、代わりに冷たい空気が流れ込んでくる。すべてが露わになったバーボンは相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「結構だ。インタビューはこれくらいにしておこう。この写真はこのままここに置いていくが、気にしないでくれ。どうせアカリ君は父親の死を認識できないのから、構わないだろう? この写真はね、今は説明できないが、とにかく大切なものなのだ。そんなことより、そろそろ君も、シオンに会いたいだろう。もちろん合わせてやるとも。勘違いしてほしくないが、私は君らの味方なんだ。現に私のおかげで、君らはあんなことをしでかしても罪に問われていない。なにせ、君らは世間では死んだことになっているからね。偽装のために二人分の死体を揃えるのには随分骨が折れたものだ。用意した君の死体は姿形も、骨格までも精巧に再現してある。シオンの分はしっかりと用意する余裕がなかったから、切り刻んでごまかしてあるがね。まあその方が、すべての犯人である君の猟奇性が増していいんじゃないか? 大衆の心はしばらく君に釘付けだよ。実にうらやましいことだね。おっと、怒ったかな? 注目を浴びるのが好きじゃないのかい? そうか、それは少し、悪いことをしてしまったな。だが安心するといい。なにせ死者は語らないのだから。死者は何ら新しい情報を示さないので、話題性は日毎に薄れていくのさ。好もうと好まざろうと、時の止まった人間は、忘れ去られてゆく運命だ。
そんなわけだから、君が心配することは何もない。彼女は今、吸血鬼の楽園にいる。そこに君も、特別に招待してやろうというのだ。特別にね。その楽園に正式に入会するには試験が必要なのだが、それも追い追い話すとしよう。今はただ、黙って私についてくれば良い」
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