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「レギュラー落ちして、自暴自棄になっている時、高校時代から何度か試合を観に来てくれていた熱心な会社があってね。実は今そこに勤めてるんだけど。
そこの人事の人がレギュラー落ちしてから何度も俺に連絡をくれて、怪我で入院している時もわざわざ病院まで見舞いに来てくれたりしてくれたんだ。そうして色々話をしていく内、サッカー以外で何か出来ることがあるんじゃないかと思い始めてね。
その結果、今の会社の営業開発課でサラリーマンとして働いてるんだ」
そう言うと先輩は私に名刺を差し出した。
『大島モーターズ
営業開発2課 スポーツ部門担当
時田 雅之 (Masayuki Tokita)』
「大島モーターズ…って、自動車産業以外にもサッカーやラグビー、野球とかのスポーツ事業にも力を入れている大企業じゃないですか!」
「そう。 俺が今いる部署は正にスポーツ事業専門で、俺みたいに怪我や病気で入院していたり、色々な事情で選手枠に入れなかったけど、グランドでの経験は豊富な社員がいっぱいいて。 それぞれの専門知識をフルに活用しながら、それぞれのスポーツに出来る事業を提案して形にしていくのが主な仕事なんだ。
俺ずっとサッカー一筋だったし、難しい事は苦手だったけど、そこでは他の社員さん達がカバーしてくれるから、毎日色々な人達と意見交換が出来るし、何より一つの事を成し遂げていくっていうのが大変だけど、凄く楽しいんだ。 辛かったけど、今はサラリーマンの道を進んで良かったと思ってる」
話をしている先輩の表情は生き生きしていて、とても楽しそうだった。
話してくれた通り、もしサッカー選手としての道をそのまま進んでいたら得られなかった達成感とやり甲斐を先輩は噛み締めているに違いない。
「実はね…」
先輩は少し口ごもりながら言った。
「何ですか?」
「…大崎さんに、ずっとお礼が言いたかったんだ…」
私に?お礼?
先輩からの意外な言葉に私は自分の耳を疑ってしまう。
「どういう事ですか?」
私が訊くと、先輩はカバンから一通の封筒を取り出して見せてくれた。
その封筒に見覚えがあったので、私は言葉を驚きを隠せなかった。でも、まさか…
表面に書かれた『時田先輩へ』の文字。 そして裏面に小さく書かれた『2年1組 大崎由香』、私の名前。
間違いない。これはかつて私が時田先輩に手渡したラブレターだ。
「あ、あの…これ」
「大崎さんが部活最終日に俺にくれた、手紙」
改めて言われ、嬉しさと恥ずかしさで耳の部分が赤くなってしまった。
「まだ…持っていてくれたんですか…」
「うん。俺がサッカーに挫折していた時、今までの物を整理していたら、卒業関係の中から出てきたんだ。そう言えば、読んでそのままになっていたなって思い出して、もう一度読んでみたんだよ。
そしたら、大崎さんの真っ直ぐで真剣な思いに、考えさせられてね。
卒業の時に同級生や後輩たちから貰った寄せ書きや手紙には「サッカー選手になったら応援に行きます」とか「絶対日本代表になれよ!」とか…サッカー選手ありきの言葉が殆どで、嬉しいけど、挫折した時の俺には辛い言葉だらけで。でも、大崎さんの手紙にはサッカーの事は一つも書いていなくて、こんな風に思ってくれる人もいるんだって思ったら、何だか肩の荷が降りたような気がしてさ。大崎さんからのこの手紙は御守りとして大事に持ってるんだ」
先輩に許可を取り、私は封筒から手紙を取り出した。
懐かしい私の癖のある文字が並んでいる。
テスト勉強や宿題があるというのに、そっちのけでA4のレポート用紙に何度も下書きをしては消し、また書いては手を止めていたあの頃。
途中、中学校からの親友 奈々に背中を押してもらえて、卒業してしまう時田先輩をただ思って書いていたあの時間が、この手紙の一文字一文字に閉じ込められていた。
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