第18話 目標
「もしかすると私は8年生以上だったのでしょうか? ……不思議ですね、どうしてこうも自分たちのパーソナリティをはっきり覚えてないんでしょう?」
精鋭は呑気な口調で言うが、もっと不安に思うべき状況だろう、とシエタは思った。精鋭は、魔法など学術的な知識と、それに紐付いた記憶しか持ち合わせておらず、日常の「思い出」に乏しいのだ。
「何か体のことについて思い出せませんか? 学校のどの辺りにあるか、とか、どうしてなくなっちゃったのか、とか」
「学校の構造ははっきり覚えてますが、校内マップをただ思い出しても、体のありそうな場所が思い当たらないんです……けど、ある説が浮かびました」
「説? どんなのですか?」
シエタが姿勢をただすと、精鋭は指を立てた。今にも魔法を唱えてきそうなジェスチャーだ。
「いいですか、学校の中には〈4年生以上しか入れない場所〉と、〈7年生以上しか入れない場所〉があったはずです。もしかすると、そこに体はあるかも」
「――つまり、上級生限定の場所?」
「例えば禁書エリアですかね? 持ち出し禁止の秘術書も置かれています。禁書があるのは、中央図書館大塔のはずですが…」
「禁書エリア、秘術書……」
それは、不思議とこころ惹かれる言葉の響きだった。シエタがクランス校に入学したそもそもの目的が、いろいろな魔法を学ぶためだったから、というのもあるかもしれない。
「……もし、そんなところに体があったら、私が7年生にならないと見つけに行けないんですね?」
「シエタちゃんに負荷がかかって申し訳ないですが、そうなります。気の長い話ですね」
「でも、7年生って、100問中77点取らないと進学できないんですよね? そんなの、私にできるかなぁ……」シエタは下唇を軽く噛んだ。
「ま、私がついてますから。問題ないでしょう」と、精鋭は言う。
一方、シエタはぎくりと表情をこわばらせた。
「も、もしかしてまたカンニングを? でも、そう何度もバレずにできるか…」
シエタは自覚していなかったが、そもそもバレずにできるか否か、という問題ではない議題のはずである。
一方、精鋭はそんな発言を諭すこともなく、軽く肩を竦めた。
「原理的に、思考回路の共有は外から見破られはしないです。ただ、“試験委員会”たちには注意が必要です」
「試験委員会?」
「試験運営をする委員会です――彼らは、心を読む魔法を使えるそうですから」
「こ、心を読む魔法!? その魔法を使われたら、精鋭さんのことがバレちゃうってことですか?」
「危険性はあります。けれど、心を読む魔法は使用者にとってもリスクが大きいと聞きます。もし自分よりも上位の実力者の思考回路を覗くと、酷い反作用を受けるとか……。“知恵熱”とも言いますが、分不相応の思考回路を覗き見て、その情報を一気に取り込んでしまうと、発狂してしまうようです」
シエタは息を呑んだ。そんな恐ろしい魔法があるなど、学校の外では聞いたことがない。失敗したときの末路まで恐ろしいのだ。
「ゆえに試験委員会と言え、心を読む魔法はおいそれと使用しないでしょう。カンニングする程度の実力者の思考は浅はかなので、普通は物的証拠でもって検挙されますから」
「は、はあ…」
「ただし、シエタちゃんは事情が別です。私と思考回路を共有してます。もしシエタちゃんの心を読んだら、私の思考回路も同時に読むことになります」
「えっ? それって、やっぱりちょっとマズいんじゃ…? 精鋭さんの存在がバレちゃうかも」
「リスクはあります――。ただし、私とシエタちゃん、二つ分の並列思考回路を超える思考速度を持つ魔法使いでなければ、心を読めないことになります。さっき言ったように、私は8年生程度の実力はあったと思います。つまり、おおよそ8年生未満の学生は、たとえ試験委員会といえども私たちの相手にはならないでしょう」
「な、なるほど……」
シエタは数回細かく頷いた。シエタの思考回路が、精鋭の思考回路によってカモフラージュされている状態では、シエタの方の思考が浅はかでも、簡単には見透かせないということだ。
「精鋭さんと一緒にいる方が、試験中に心を読まれても、思考を理解されずに済むから、むしろ安全かもしれないんですね……?」
どちらかと言えば、シエタが一人で思考しているときに「精鋭」や「カンニング」、「手帳」といった単語を思い浮かべる方が、心を読まれるリスクが高い。シエタに後ろめたい気持ちがある限り、それらの単語を思考から完全に排除することはできない。――もはや精鋭と協力しなければ、シエタはこの学園の中で生き残れないのかもしれない。
「――分かりました! か、カンニングするかどうかはさておき……、私は7年生目指して頑張ります! 精鋭さんの体のこともあるし、秘術とかも、ちょっと興味があるので!」
実は、後半の動機がほぼシエタのモチベーションであった。
「ええ、その意気です! 学習意欲は大切です。クランス校に相応しいです」
精鋭は“パチパチ”と拍手する。
残念だが、ぼろぼろにほつれた白い外套を着た幽霊のような外観とは、全く相いれない所作であった。
「――ただ、常にリスクへの注意は必要です。クランス校には時に、想像を絶する人がいます。特に、“9年生”は例外なく異次元だと思ってください」
「9年生って…、99問の人ですよね。そんな人が試験委員会にいたら――」
「――ま、9年生がいない年もあります。それに彼らは他人の思考なんて、興味ないかもしれません。何千といる在学生の中で遭遇する確率自体、低いでしょう。今年も9年生がいるか知りませんが、これは杞憂かもしれないですね」
精鋭は冗談めかしく言ったが、シエタは少しだけ、また肝を冷やした…その時、部屋の扉が開く音がしたので、一層驚いて振り向くと、ライザが入ってくるところだった。
食堂から早々に帰ってきたようだ。
「ただいまーシエタ……。うん? どうしたの、手引きなんて大事そうに抱えて」
「えっ? な、なんでもないよ!」
嘘っぽさが隠せていない発言をしつつ、ちらりと一目、背後を振り返ると――精鋭の幽霊はもうおらず、ベッドの上には古びた手帳が置かれて、シーツに皺を刻んでいた。
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