第17話 99
「履修…? て、どういう意味だろう」
「うーん……受けたい授業を受けてくれ、って感じのことが書いてあるな」
ライザは『履修の手引き』を斜め読みして、そう結論付けた。つまりクランス校では極論、授業は受けなくても良いのだ。
「えっ、そうなの?」
「――って書いてある。つまり、“授業は実力の養成の手助けであり、養成のために授業を受けるか否かは生徒に一任する。評価に関しては、授業ごとに個別の評価制度はなく、履修内容の如何に依らず全学年共通の定期考査試験を課す”……みたい」
そんな一文を読み上げたあと、さらに彼女は続く文章で興味深い記述を見つけ出した。
「はっ、クランス校の定期考査試験って100問あるんだって?」
「100!?」
シエタは当然その数値に驚く。入試ですら、一つの試験に付き10問しかなかった。それを3回繰り返す方式だったが、定期考査ではたった一回の試験に100問が課されるというのだ。
「わたし無理だよ、そんなに解くの」
シエタは絶望顔でつぶやく。それを見て、ライザは首を振った。
「入試みたいに順番に解く必要はないみたい。100問の中から自分の解ける問題を探し出して、指定された合格点を超えるまで解く。2年生に進級するためには「6問」。上級生になるほど、解くべき問題が増える――だから、合格のハードルも上がっていくってことか」
シエタは、ライザが開いているページを横目で確認し、同じページを開く。そこには、クランス校定期考査試験の合格基準規定が記されていた――
――――――――――――――――――
『定期考査試験は、とくに特別な事情がない限り、常にその問の数を「100」とし、その試験時間を1時間とし、年に4回(すなわち5月、8月、11月、2月)にその試験を課し、全学年に同じ内容の試験を課すものとするが、その受験者の学年に応じて、次学年への進学基準(合格点)を下記の通り定めるものとする。
各学年へ進級するための合格点
2年生 6点
3年生 9点
4年生 20点
5年生 30点
6年生 40点
7年生 77点
8年生 88点
9年生 99点
※1問1点とし、解答する問題は任意に選択してよい。
※試験時間は、3年生未満は1時間、6年生未満は1時間30分、6年生以上は2時間とする。
年度内の4回の試験において2回以上合格し、4回の試験の平均得点が合格点以上ならば、進学とする。平均点が合格点未満で、「加点枠」制度によって補填が効かない場合、または、3回以上不合格の場合は、ただちに留年処分とする(詳しくは、『試験制度と評価処置について』および『加点枠制度』も参照)。
ただし留年は在学中1度までとし、留学できない場合、ただちに退学とする。
また、4年生または7年生の合格基準を満たした下級生に飛び級の資格を与える(詳しくは『飛び級制度』を参照のこと)。
9年生は特別在学規則を定め、その合格基準を満たした場合、「卒業資格」を与えるものとする(詳しくは『9年生の在学規則』を参照のこと)。
問い合わせ先
試験委員会
試験委員長 ドラスラ・ガーレニア』
――――――――――――――――――
「99…!?」
「99…!?」
二人は同じところで目を止めて、顔を見合わせた。
「下級生の6点とかはともかく、9年生の“合格点99点”ってなんだよ?? 2時間あってもこんなに解ける人、いるわけないじゃん?」
とライザが言うので、シエタは頷いて同意を示す。
「だ、だよね? だって私たちが2年生に進級する合格点が6問だよ、1時間で6問。9年生に進学するには、試験時間2時間で99問って――1時間で約50問? 1年生の8、9倍の速度で試験問題を解いてるってこと?」
「スピードだけじゃなくて正解じゃないといけないんだろ? 99点って、ほぼ満点だぞ! 私らが1時間でなんとか数問正解すれば良いって問題を、それだけ解くバケモンがいるってこと? これまさか、入試の問題と同じくらい難しいわけ、ないよね……?」
そんなわけない、と言いたいところだったが、普通にありそうなので希望的観測に過ぎない。もっと言えば、シンプルな願望であった。もし一問一問があの入試と同じ難度だとすれば、数問正解するのはともかく、99問などありえない。それこそ、手紙を読むような速さで難問を読み、アンケートに答えるような速さで解答し、ほぼ100%の解答精度でなければ、到底不可能なはずだった。例えば途中計算を試験用紙に書き下すなど、99問解く上ではむしろ愚行の域である。
(100問の試験を超正確に、超高速で解く人がいるの……?)
シエタはくらくらとしてきた。魔法の勉強がしたいという理由で入った学校の容赦ない校風を浴びて、ちょっと気が引けつつある――
(――精鋭さんだったら、解けるのかな……?)
「はあ、あっはは!! ま、頑張るしかないかー!」
ライザは手引きを閉じて、快活に笑ったのである。「学校の言う通り、ここは成長のためにあるんだ。いつかこれだけ解けるようになるまで、頑張るしかないんだろうな」
「成長のため……。そうだね、そうかも」
最初から全部解けなくても良い、とシエタは当たり前のことを思い出す。
彼女たちが2年生に進むために課せられたハードルは、試験時間1時間と短いといえども、たった「6点」なのだ。
(まず6点…それだけで、また来年もここに残れる)
「私、お腹すいちゃったし食堂行くわ。シエタ、あなたは?」と、ライザが提案する。
「あっ……えへへ、ごめん。私、先に食べてきちゃった」
「あーなるほど、それで部屋にいなかったんだ。おっけー、じゃあ私、行ってくるよ。留守番お願い――」
そこまで言って、ライザははっとして、口を紡ぐ。
「うあっ、く…、弟と間違えたっ……い、行ってくる!」
そう呟くと、顔を若干赤くして、部屋を出ていった。部屋に残ったシエタはつい一人で噴き出したが、慌ててベッドの上に置かれた手帳のことを思い出す。
「そうだ、精鋭さんは……?!」
ふと振り返ると、白いローブの幽霊は「さっきからずっといましたよ?」と言わんばかりにベッドの上で正座していた。
「楽しそうで良かったです。同居人に恵まれるのは良いことです」
「あ、あの、さっきの話は聞いてました? 試験のことなんですけど……」
「100問のやつですよね。ええ、結構難しいですよ」
「99問なんて本当に解けるんですか? さすがに難しいんじゃ……」
「難しいことは難しいですけどね。特に9年生になるには、100問の中の難問も正確に解く必要がありますから。9年近くここにいたら、そんなレベルにもなるのですかね?」
「難問……そっか、全問が同じ難度ってわけじゃないんですね。精鋭さんは、どれくらい解けたんですか?」
シエタの質問に、精鋭は肩を竦めた。
「そうですね。まあ……正直、99点は精度的に怪しいですが、88点ラインは普通にいけるのでは?」
シエタは言葉を失って、ぱくぱくと空気を甘く噛んだ。精鋭の言葉に嘘偽りや虚勢をまったく感じなかったからだ。むしろ、謙遜すら読み取れる語調だった。
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