第16話 同室
食堂に行くと、中に人が集まっている。それを見るだけで、「開店」したということを察せた。
『ああっ、来てくれたのね! いらっしゃい! まだ席は結構あるから、ゆっくりしていってね!!』
「あ、どうも……」
こうして改めて眺めると、この愛着の湧く張り紙も誰かの魔法の産物なのだろう――と考え出すと、寂しさもあるし、魔法の深みも感じるシエタだった。食堂の中を歩くと、厨房が開いている。その奥では、フライパンやナイフがひとりでに動いて、食材をさばいていた。
(わあ、ここも魔法だあ……。コックさんがいるわけじゃないのかな?)
シエタがじっと宙を舞うフライパンを眺めていると、さっとトレイと皿が目の前に滑り出し、その上に焼き魚を置いてソースを垂らした。(たぶんこれ、私のぶんってことだよね?)と誰かに説明を求める目をして困惑していると、そばのメッセージカードホルダーがペンギンのような足取りでシエタの目線の先にやってきて、
『今日の献立:焼き魚ホワイトソース。召し上がれ』
と表示した。“召し上がれ”と言われたのなら、取るしかなかったが、シエタは少しためらう。
(魚、ちょっと嫌い…)
『好き嫌いは良くない。魚は体に良い。良薬の中では格段においしい』
と、カード。
「わ、分かりましたよ……」
カードなんかに心を見透かされて説教をされて、シエタはすごすごと皿を取る。どうもここのメッセージカードは、入口の張り紙より不愛想だ。しぶしぶと席に座り、一口ほおばる。
「あ、おいしい!」
『だろう?』
またメッセージカードは誇らしげに彼女の呟きに答えたが、シエタは食事していたので、残念ながらまったく気付かれなかった。
(魚って、こんなに美味しい料理もあるんだ。知らなかった)
感動を覚えつつ食事を終えたシエタが振り返ると、メッセージカードが、
『皿はこっちへ』
と示す。シエタは素直に言うことを聞いて、皿を厨房へと返すと、食堂を後にしようと扉へと向かった。
出る際に張り紙がまた何か言わないか――と期待していると、『また来てね!』と表示されたので、ついほほ笑んで、お辞儀をした。
「はあー…、そろそろ部屋に戻ろっと」
その時ようやく、シエタは「精鋭」のことを思い出した。手帳をベッドに放置し、寮を見学すると言って食事まで終えた状況である。歩いて自室に近寄るにつれて、シエタはある重要な事実に思い至った――
(――わあやばっ!! もしかしてルームメイトの人、来てる?!)
もしそうなら、ベッドの上に放置した「手帳」に気付く可能性がある。あの手帳に触れたら、精鋭の存在に気付くかもしれない。シエタは、なんだかそれがまずい気がした。
なぜなら、あの精鋭はシエタのカンニングにかかわった当事者なのだから――
急いで自室へと向かい、扉に鍵を差し込んで、中へと入る。
「…ん? あっ、あなた同室? ようやく会えたよ! あっはは!」
入るや否や彼女は、シエタに向かってこう声をかけたのである。健康的なスタイルはアスリートを彷彿とさせる。腕や髪に飾ったアクセサリはどうやら「お守り」の類らしく、神秘的な装飾品だった。
「私、ライザ・クイル! ライザね、よろしく! えっと……」
「あ、私はシエタです。シエタ・ライト」
「シエタ・ライト? ふーん、シエタね」
ライザはベッドから腰を上げて、シエタのほうへ歩み寄る。すぐ近くで二人が向かい合うとシエタの側がライザを見上げる構図になってしまう。側から見れば同級生というよりは、まるで「姉妹」である。シエタのほうは、じっと見つめられて、つい息が止まってしまった。
「あ、あの…」
「あれ……? えと、あなたいくつ?」
「じ、13才です…」
ライザは目を思い切り丸くして、「えっ?!」と声を上げた。
「じ、13…?! はえ、すっご…私の弟と同い年かあ」
実はシエタも入学式の段階で、うすうす「あまり同い年に見える子がいないな?」という感覚を抱きつつあったが、ライザの反応を見るに、間違いではなかった。ライザは大人に見える。もちろん、シエタの目から見て、という条件付きであって、
「私は15なんだ。これでも受験生の平均より低い方のはずだけど、上には上がいたかあ……ん? いや下には下? でもそれだと暴言みたいだな……。まいっか!よろしくシエタ!」
「よ、よろしくお願いします、ライザさん」
「あはっ、いいよそんなに改まってくれなくて! 同級生なんだしさ! それどころか、ルームメイトなんだよ」
シエタは戸惑いつつも、頬を綻ばせて、「はい……よろしくね、ライザ」と応じた。
(うわあ、かわよ、この子……)
ライザは例えでもなんでもなく、妹を相手にしている気持ちになった。そんな時、窓をこんこん、と小突く音が響く。
「ん?」「なに?」
二人で窓のほうへ振り向くと、またコンコン、と響く。カーテン越しに見える影から察するに、鳥が窓を突いているようだ。しかし、二羽もいる。二羽揃って、窓を叩いているのだろうか…と、シエタたちは同じことを思った。シルエットは結構大きく、おっかない。
「ち、ちょっと、私が見てみる」
ライザが意を決してカーテンを開く。シャッと音を立てて幕が開くと、そこにいたのは鳥の形をしているが、鳥ではなかったのだ。ディテールにこだわって鳥を模した、折り紙だ。その白い紙の翼は、羽毛が何枚も重なっているかのようにぶ厚い。
「なんですか、それ?」
「…ワカンナイ、けど、十中八九魔法よね?」
ライザは後退り、逆にシエタは少し前進する。
折り紙の鳥はクチバシで特定の位置を叩く。窓の鍵の位置だ。二羽が同時に叩いているので、「窓を開けろ」と主張しているのが簡単に察せた。
「学校の遣いか何かなのか、これ…?」
二人は徐々に窓に近付く――
すると、窓の外の空に白い姿の鳥が何羽も羽ばたく様子が見えた。
「うわ、渡鳥みたい……もしかして、皆のところに同じ鳥が来てるのかな?」
「だとすっと、やっぱ学校からの遣い?」
目を丸くして呆然としていると、窓枠がまた嘴で突かれて急かされる。
「わ、分かったよ……、よし、開けるよ」
ライザは、火鉢の栗に指を近づけるかのように恐る恐ると、錠に触れて、“かたん”、とカンヌキ状の杭を外した。
すると器用にも鳥は窓枠にクチバシを噛ませて、わずかに開いた隙間から身を滑り込ませた。もう一羽もそれに続く……床に降り立つと、嘴の中から何かを光らせて、床に落とした。
「なにこれ?」
シエタが拾い上げたのは、「1」と書かれたバッジである。
「あっ、もしかして学年を表すバッジ?」
「なるほど、かもね。でもなんつー方法で配布してんのさ…」
一方、バッジを吐き出した後の紙の鳥は、そのままパタパタと折り畳まれて、一冊の本と化した。
「ほお、すごー……。見てよシエタ。鳥の姿から、本になった」
「これ、なんの本だろう? 学校に関係あるのかな?」
二人は事情を概ね理解して、今や味気ない真っ白な表紙の本を拾いあげる。真っ白な表紙、だと思ったが、実際にはタイトルが一列だけ記されれていた。
『履修の手引き』
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