第21話 課題

「僕の授業を始めて受ける人もいると思いますので、自己紹介します。ザレンです、よろしく。それでは、テキスト配りますね」


(今ので、自己紹介終わりなの?)

 シエタが呆気に取られていると、ザレンの手のひらから紙束が舞い、講堂で席に座る生徒たちの目の前に次々と舞い落ちた。


『魔法の作り方について』


「この授業ですが、『魔導諸論』という科目です。“魔導”という言葉は狭義には魔法を作る行為のことなので、この授業を受けにいらした皆さんにおかれては、魔法の作り方を学んでほしいわけです」


(魔法を作る……考えたことなかったけど、誰でもできるの?)


「誰でもできますよ」と、ザレンは付け足す。まるで、シエタの心の疑問に即答したようなタイミングだったので、彼女はぎくりとした。

「ただ僕は諸論に留めるので、もっと専門性が欲しいよ、という方は、別の相応しい授業に出ていただいた方が良いですね。良いですか?良いですね?…良いですね?」

 ザレンは念押しする。

「この講義の意義の一つは、皆さんにこのことを伝えて、もっと色んな講義に出てもらうことです。この講義はとは保証できないので、出なくても構いません。ただ必ず、明日から他の授業も覗いてみてください」


 すると、黒板下の銀色のレーンに並べられた白いチョークが、ふよふよと浮き上がり、粉を散らしながら、文字を書き始めた……どうやら、それは樹形図のようだった。一番てっぺんには、「魔法」と書かれていて、そこからトーナメント表のように枝分かれした直線が伸びていく。

「魔法と一言に言っても、世の中に無数にあります。その理由は“作れるから”。発想の数だけ魔法は作られてきました。大まかにカテゴライズがあって、大分類と呼ばれます。例えば、呪文。呪い、儀式、祝福、加護、錬金、魔具、星占、それと、算歌……その他もろもろの魔法が大分類の下に枝分かれしています。無数の魔法の中でも大切なものは、本などによく書かれています」


 樹形図の根っこに、次々と魔法のカテゴリが記されていく……シエタの聞いたことのある有名どころから、これまで聞いたことのないものまで。

 ふと見れば、いつの間にか手元の紙にも同じ図が転写されていた。


「しかし、どんな魔法においても大切なことは、それを作るモチベーションだと思います。皆さんはなんでも作れるとしたら、どんな魔法に興味がありますか? リストを見て、考えてみてください。直感でも良いですよ」


 ザレンがそう言うので、シエタは言葉に誘われるまま、手元に視線を落とした。


(私の興味か…、なんだろな)


 シエタの視線はあてもなく紙の上を漂う。色々な単語を視線は横切り、時折足を止めては、また千鳥足で動く……


(……精鋭さんって、どうしてあんな姿になっちゃったんだろ。あれも、魔法なのかな)


 そんなふうに数秒間を過ごしていると、やがて紙の上から文字が消えていき、最後に一つだけ、単語を残したのだ。いわく、


『呪い』


「…えっ?」「なにこれ」


 シエタがつい声を上げた時、ライザも同じく声を上げた。ライザの方の紙には、『魔具』の文字。シエタと違うようだ。ザレンは手を叩いて、みんなの注目を集めた。


「はい! 皆さんお手元のリストはどうなりましたか? おそらく、単語が一つだけ残っていると思います。それが、今日の皆さんが一際“目を惹かれた言葉”です。よければ、そちらの授業を受けてみるのも一興ですよ」


「………」

 そう言われて、シエタは再度、目を紙に落とす。

『呪い』

 もう一度それを見てシエタは顔を顰めた。

(呪い…? やだ)

 それは実に端的な感想であった。



「あの先生、宿題出してさっさと授業終わりやがって……!」

 ぶつぶつと文句を言っているのは、ライザである。授業は合計でわずか数分。その後に出された、宿題というのがまた適当な感じだった。


『貴方が一番目を惹かれた魔法に関する、一番新しい本を見つけて読んで、感想をこの紙に書いてください』


 授業で教えるどころか、自分で探して読んで来い、というわけだった。授業とは何だったのか…とシエタは呆れる。なんとなく、紙を光にかざしてみると――なんと、何も起こらなかった。


 クランス校の各所に用意されているカフェテリア。その一角での一幕である。

「シエタ、あんたは何が紙に残った?私、“魔具”だった」

「へえ、いいね。私なんて……へへっ」

 半ば自棄な感じをまとうシエタは紙を差し出し、ライザはそれを覗き込んで苦笑いだった。


「はえ、まさかの“呪い”……。マジかシエタさん。呪い、興味あるの?」

「な、ないよ。嘘っぱちだもん、こんなの」

「でも私、割と魔具のところで目とめてたから、あの先生の言ってたことは確かだと思ったけど」

「う……」


 実は当のシエタも、心当たりはあるのだ。精鋭のことをふと思い出し、それが直感で「呪い」と結びついた。それこそが、シエタの目を「呪い」という言葉に誘導した原因である。


「ククッ、シエタさんは結構、良い趣味してるんだ」


 横から笑い声をこぼしたのはギーギルである。彼女の目の前には、黒い液体に白いクリームを浮かべた、苦そうにも甘そうにも見える飲み物が置かれていた。


「そ、そういうギーギルさんは、何だったんですか?」


「はい」と紙を差し出された。


 シエタとライザは、そろって彼女の差し出した紙を覗き込む。なんと、魔法のリストは消えておらず、全部残っていた。


「えっ、あれ? どうして、言葉が残って……?」

「視線によって、一つだけ言葉が残るんじゃないんですか?」


 後輩二人に尋ねられて、ギーギルはいたずらっぽく笑う。


「僕、何度もこの授業受けてるから。この紙の魔法も知ってるんだよね。この紙ってね、一定時間どの単語も目に入れないように過ごすと、バグって動かなくなるんだー」

「へえ、詳しいんですね…? いや、でも、どうして何度も同じ授業を?」


 何気なくライザがそんな質問を投げかけると、ギーギルは歯を覗かせた。


「秘密!」

「えー、なんですかそれ」


 ライザは笑って応じる。かたや、なんという怪しい解答をするのだ…とシエタは色々と勘繰ってしまった。その時、不意に、精鋭との会話を思い出した。「試験委員会」というものだ。まだ詳しくは分かっていないが、試験委員会という者たちがいて、彼らは心を読む魔法を使ってくる可能性がある――さて、ところで目の前のギーギルは、入学試験の日、シエタの受験していた会場で試験官を務めていた人間である。

 その事実と試験委員会という存在が、不意に、結びついた。


「私もなんか飲もうかな。シエタは? ついでに飲み物もらってくるよ」

「え? あ、じゃあ、オレンジジュース……」

「おっけー」不都合にも、ライザはその場を離れた。


 シエタは内心、自分もついていけばよかった、と思いながら、彼女の背中を見送る。今、4人分の円卓には、シエタと、ギーギルしかいない。

「ねえ、シエタさん。聞きたいことあるんだけどさ」

「な、なんでしょう?」

 声をかけられたシエタは、友の背中からギーギルの方へと視線を移す――彼女は歯を覗かせて笑っていた。それはもう、とてもとても、意地悪く。


「カンニング、した?」

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