§1-2 学校生活!

第20話 授業

 ある朝、シエタとライザは一緒に寮を出た。二人で授業を見てみよう、という流れだ。


「それにしてもこの学校さあ、実は結構適当じゃない? 授業は受けても受けなくても良いってさ」


「ねー」と、シエタはごく簡単な同意を示した。


 クランス校の基本システムは、ある意味単純である。つまり「試験に合格すれば良い」。そのために授業を受けるか、受けないかは、個人の自由であって、一切強制されない。無機質なシステムに聞こえるが、自由な校風とも解釈できる。なんと一切授業に出ず、図書館に棲みつく学生もいるほどに…



 さて話は二人の受ける授業に戻る。シエタたちは二人で話して、一緒に受ける授業をひとつに絞った。授業の題は『魔導諸論』である。よその世界の言葉で適当に言い換えれば、『化学総合』のようなものだ。


「でもこれはこれで、気楽で良いよな! 自分の興味の赴くままって感じで」


 ライザ評に対して、シエタは頷いて同意する。歩いていると、教室棟に近づくにつれて、人が多くなっていく。流れが収束していく先に、これから授業が始まる部屋があるのだろう。


 教室棟の一角に目当ての大きな講堂があった。二人は並んで空席に陣取り、授業が始まるまで待つことにした。時計を眺めていると、試験開始を待つあの時間を思い出す……


「あっ」「おっ?」


 ある人物を見つけてシエタが声を上げた時、彼女の視線の先の人物もまた、同じように声を上げた。一方でライザだけが「ん?」と事情を分からないまま、シエタとその相手の顔を見比べる。その人物は、可憐な容姿にツインテール、そこにシルエットの硬質な学ランという服装だった。


「おやおや! 君は確か…ライトさんじゃん? この授業にきたんだね! 僕のこと覚えてる?」


 シエタは頷く。ただ覚えているが、残念なことに名前が分からなかった…という事情に相手も気づいてくれたらしく、歯を見せて微笑む。


「僕はギーギル。よろしくね、シエタ・ライトさん」

「あ、はい! こ、こちらこそ」

「シエタ…この先輩、知り合いなの?」


 妙な先輩の到来を前に、ライザが控えめに耳打ちするので、シエタは頷く。


「ほんのちょっとだけ、お話したんだ」


 どうやらクランス校の『履修』というシステムには学年の制限がなく、違う学年の人が同じ授業を受けることもあるようだと、シエタは今更理解した。ギーギルは肩を竦めて、シエタの方を見る。


「入試の日にホントにちょっと話しただけなんだけどねー。僕が門番をやってた時、シエタさんはめっちゃくちゃギリギリのタイミングで入構してきたから、よく覚えてるんだ」


「ん……ええ? ちょ、私、アウトだったんですか…?」

「え? シエタ、アウトだったの…?」


 青い顔を見合わせる新入生二人を見て、彼女は意地悪い笑みを浮かべた。


「クク、だーいじょうぶだよー。バレやしないからさ」

「あ…、逆にいうと、マジなんすね…?」

 

 ライザは呆れた顔になり、シエタはますます青い顔になる。そんな様子がますます可笑しいのか、ギーギルはくすくす笑っていた。そのまま、自然な流れであるかのように、ギーギルは彼女たちの隣に座った。


「まあ安心してシエタさん。クランス校の偉い人は、そんな数秒の遅れのこと気にしないさ」

「うう、でもなんか、微妙にダメージが…」


 なんだかよく分からないが、多分、「カンニングで合格した上に、そもそも入構時間にも間に合ってなかった」という酷い体たらくを自覚してしまったから、心的負荷ダメージを深く負ったのかもしれない。ただし当のシエタは、そんなこと考察する余裕は無かった…


 そうこうしているうちに、教員らしき人物が教室へと入ってきて、教壇を前にして構えた。


(……え? あの人、先生?)


 どうもその人物は、身だしなみに対する拘りのレベルが、人前に立つには不足しているように見えた。ぼさぼさの髪に、古傷のごとき深い皺が入った再起不能のワイシャツと白衣と――場所が学校ここでなかったら、ほぼ無頼漢である。


 彼は、教室内を一通り見渡した後、それから背を向けて、講堂前の黒板の上に掲げられた時計へと目を移した。定刻まであと一分。彼はそうして、分針が待ち合わせ場所に来るのをじっと見つめているようだ。



 “かちっ”と針が動くと鐘が鳴り、それに連動して彼も振り返った。

「はい、授業はじめましょうか」


「………」

「………」

 その時、シエタとライザは、とくに意思疎通はしなかったが、一連の出来事を観測したことで彼への第一印象が一致していた。


((変な先生……))


 一方で、ギーギルはくすくすと声を潜めて笑っていた。

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