第14話 探検
「行ってきます」
シエタは期待を胸に言葉を残し、部屋を出た。当然、出てすぐにあるのは廊下だが、寮には生活空間が一式揃っているはずである。彼女はそれを探しに向かった。手元には、寮の管理人から受け取った『生活の知恵ハンドブック!』という小冊子がある。寮の見取り図と、食事の時間、そのほか、生活するうえでの注意点が書いてあった。
・早く寝たら早く起きましょう!遅くまで頑張ったらゆっくり休みましょう。
・食事は一日三食。寮の朝ごはんと夜ご飯、あとは学校のごはん。
・同居人と仲良く、隣人に親切に。貴方も誰かの隣人です。
・お風呂はいつ入ってもOK!できれば毎日入ってね!
・ゴミを溜めるよりお金を貯めましょう。
読み進めていると、注意点というか、親の小言にも聞こえて来た。シエタには親がいないが、孤児院のハイドが、ほとんど似たようなことを言っていた気がする……そんなことを思っていると、一階の大きな共同空間を見つけた。
「ここが食堂かな?」
シエタは開け放たれた扉の向こうを見る。テーブルと椅子が規則正しく並んでいるが、食事をしている人はいなかった。ティータイムの時間ではあるが、昼の食事は利用できないらしく、斜陽が空しく差し込んでいる。扉が開いているということは、入っても良いのだろうか……と思って扉を確認すると、張り紙が一枚。
そこには、こう記されていた。
『ご飯の時間じゃないけど入っても良いよ!いらっしゃい!ゆっくりしていってね!』
張り紙は、シエタが読み終えたタイミングで、スッと文字を消した。こういう自動表示をする紙を見ると、試験を思い出して胃が不意にきりきりするシエタだった。
「ここ、まだやってないのかな?」
シエタは冊子を確認しようとして目を落とす。すると、扉のドアノブが「がちゃがちゃがちゃがちゃ!」と音を立ててひとりでに回った。シエタは声が出ないほど驚き、とっさに顔を上げると張り紙がまた文字を映している。
『夜ご飯は午後5時から!終わりは夜10時ね!』
「あ、ありがとうございます?」
困惑気味に頭を下げるシエタ。このお辞儀は張り紙から見えているのだろうか…?といぶかしむ。
『どういたしまして! またごはん食べに来てね!』
「わあお、あなた気さくだね……」
コミュニケーション能力がやたら高い張り紙だった。試験の時はあれほど機械的に動いていたのに、この張り紙には人格すら感じ取れる。若干子供っぽいが、シエタが読み方を解釈しているので、子供が話している(書いている)ように感じるのかもしれない。
シエタは、食堂の中を一通り回った。自分の部屋よりも一層生活感があって落ち着くが、食事をしないなら長居する場所ではない。
「お邪魔しました」
『はーい! またね!』
見学を終えて、気さくな張り紙と別れて次の場所を目指す。残りは談話室、自習室、風呂の3つくらいだった。だが、談話室は食堂の隣に備えてある大きな空間のことらしい。エントランスホールではなく、『生活の知恵ハンドブック!』によれば談話室とのことだ。ソファと低い机があるが、それくらいだ。風呂はいずれ入るので、今見に行かなくても良いだろう、と彼女は思った。
「あとは、自習室か……」
シエタは地図の示す方向に向かい、ふと顔を上げれば、荘厳なフォントで書かれた「自習室」という看板を掲げる扉が目に入る。ドアの木目が綺麗で、自分の部屋の扉と比べると特別感があるので、どんな部屋があるのかシエタはわくわくしてきた。ドアノブに手をかけて、ゆっくりと回し、扉を開く――紙と木の匂いが、ふわっと漂う。扉の向こうに、明らかに見取り図と異なる、天井が高くて、大きな大きな空間が広がっていたのだ。
「え? ええ? なにこれ…」
困惑気味に「自習室」に踏み入るシエタ。ただ、そこには首をまっすぐ上に見上げて視界にようやく収まるほど背の高い本棚がずらりと並べられている…期待していたより特別感過多だった。自然光に乏しく、背後の扉から差し込む夕方の光がドア枠の形に切り抜かれて図書館の床を照らしている。他の光源として、淡い光の泡が浮いていた。
目を細めると、次第に暗闇に目が慣れて、その部屋の様相がよく見えるようになってきた。
「じ、自習室……なの?」
「ま、どっちかって言や図書館だよ」
「わあっ!誰?!」
「ここだ、ここ」
声のする方へ振り向くと、ドアノブの木枠の装飾と思っていたものが動く。
トカゲのような見た目の何かが、シエタの方を見ていたのだ。シエタは目を丸くして、首を傾げて、それを見つめる。すると、トカゲも首を傾げて、シエタを見る――正確にはヤモリのようだが、体表面が「木目調」だ。まるでドアの木枠に擬態しているように見えた。
「お前さん、新入生だろ? 入学おめでとさん。しかし熱心だねえ、入学初日からお勉強かいな?」
かくかく、とヤモリはフレームレートの粗い動きで、本棚を伝ってシエタの目の前まで降りてくる。シエタはつい、後ずさる。魔法で動く人形らしいとすぐ分かったが、印象としては少し不気味だった。
「おやおや、ヤモリは嫌いかい? それじゃあれだ、蜘蛛かトンボ、好きな方を呼んできてやるよ。どっちが良い?」
「い、いえいえ、嫌いじゃないよ。ちょっと驚いただけで」
内心、ヤモリ/蜘蛛/トンボなら、相対的にヤモリで良いと思った。
シエタ的には、次点で蜘蛛である。
「そうかい。お前さん、ここの使い方知ってるか? 『生活の知恵ハンドブック!』に書いてあると思うぞ」
「ちょ、ちょっと待って。今、探すね」
「良いさ、難しくないから、オラが説明してやる。ここはクランス校北図書館だ。自習室の扉から入ったら、同じ扉から出る。以上。後は図書館と同じ使い方だね。自習したかったら、好きな椅子と机を使いなよ」
「あの、ほかの扉から出たら、どうなるの?」
「よその寮につながる扉は、お前さんには開けられない。他に出入りに使えるのは正面玄関の扉だけだが、そこからお前さんの寮に帰ると後悔するぞ。おうちまできっと十分、二十分はかかる」
「寮の魔法の扉を介して、離れた場所と繋がってるってこと? すごい…」
しかし十、二十分がヤモリ換算の所要時間だったら、人間では徒歩数分もないと思うが、どっちの足換算だったのだろうか……、とシエタは考えた。
「オーケー、説明終わり。迷ったらオラを呼べよ。帰り道は案内してやる」
「あ、ありがとう。じゃあ、お名前を教えて?」
「さっき言ったろぃ、オラはヤモリだ」
そう告げると、ヤモリは本棚の材質に溶け込んでいった。もしかすると魔法人形じゃなくて、こういう奇妙な生き物なんじゃないかとシエタは思い始めた。
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