第13話 部屋
シエタとレオンは途中まで一緒に歩いていた。彼らのように住まいが用意できない子供のために、クランス校の中に寮も存在する。
幼い彼らは、周囲の他の新入生と比べて少し背が低い。シエタは13歳、レオンは12歳であり、クランス校の中でも年少の部類だった。
「あっ、そういえば私の寮ってこの辺かも?」
シエタは辺りを見渡す。人の流れに沿って歩くばかりで、校外まで出てしまうところだったが、講堂から離れて景色が変わって、街のようだ。
「シエタも寮なのか? 俺もそうだけど、確かもっと向こうのほうだ」
レオンは明後日の方を見ながらそう告げて、シエタを一瞥する。
「…それじゃ、またな。今度は授業で会えるかもな」
※
「シエタ? シエタ、シエタ、シエタ・ライトさん……あー!はあい、ありました!鍵をどうぞどうぞ!あと『生活の知恵ハンドブック!』、一緒にどうぞどうぞ!!」
フロントの元気な女性からシエタは寮の鍵と冊子を受け取り、シエタは「ありがとうございます」と応じた。鍵に書かれた番号を確認し、部屋へと向かう。扉の前に行き着くと、少し緊張した。今日からここが彼女の生活空間なのだ。
部屋に入ると、広い空間に棚と、机と椅子、そしてベッドが二つあった。それだけだった。他に強いて言うならば、窓にカーテンがあるくらいである。
(あっ、ベッドが二つあるってことは、もう一人この部屋に住むのかな?)
孤児院で過ごしていたシエタにとっては、共同生活は慣れたものだ。ただ今のところ、部屋のどこにも生活感は飾られていない。おそらく同居人も、シエタと同じく新入生で、まだここに来ていないのだ。シエタは適当にベッドに腰掛けると、カバンの中から、古い手帳を取り出した。素潜りの前のように短く呼吸をはさみ、ほんの僅か手帳を開く……
「あら、おはようございます。入学式は終わりましたか?」
白いフードの幽霊が現れ、そう言った。あいかわらず、会議を壁越しに聞いているような不気味な感覚だが、発言内容は他愛無いものである。
「はい、ついさっきまで式に出てました」
それを皮切りに、シエタは今日の出来事を話し始める。校長のこと、グレンリッツのこと、ベルヘクタのこと…そして、レオンのこと。色々なことを話す中で、幽霊のフードが首を傾げたように歪む。
「ベルへクタ先生? 私は聞いたことないですね。私が在学中にいたでしょうか…」
「え? えと、精鋭さんが体を無くしたのって、いつの話なんですか?」
「よく覚えてないですね…。そのベルヘクタ先生が教員に就いた時期によっては、見立てが得られるかもしれません」
「あの先生が、ですか…私の目には、結構若く見えましたけど、いつから先生をやってるかまでは……」
精鋭が体を無くした。
ベルヘクタが教員に就いた。
――という時系列なのだ。ベルヘクタの着任時期は、精鋭が体を無くした時期を絞り込むヒントになる。
「まあ良いですよ。今度、シエタちゃんが学校に行った時、どこかで見かけたら、手帳を開いてくださいな……私の目から見れば、もっと何かわかるかも」
「あの、こんなタイミングで聞くのもなんですけど、この手帳って何なんですか?」
シエタはずっと気になっていたことを聞く。入学するまでは孤児院にいて、こういう内緒話をしにくかったのだが、寮に入って初めて話題に挙げることになった。
「とても複雑で難解な魔法です…。自分事なのに分からないことがあって申し訳ないですが、いったい誰がこの魔法を作ったのか」
「でも、初めてこの手帳を見つけた時、声が聞こえたんです。確か、『精鋭たちの集いに寄る者や』みたいな。それは覚えていますか?」
「へえ?」と精鋭は首を傾げた。「なんだか、呪文のようですね…。聞いたことは無いですが」
「あの声は、精鋭さんの声のように聞こえましたよ」
「む…、妙な話です。調べてみる必要がありますね。シエタちゃん、覚えている限りでも良いので、その呪文を教えてくれませんか?」
「は、はい。確か――」
シエタは、あの日聞いた声を思い出す。そうして改めて口に出すと、なんだか歌詞を口ずさんでいるようだと錯覚する。
「――はい、こんな感じでした」
口を閉じると、まさに歌い終えたような感覚だった。黙って聞いていた精鋭の幽霊は、うんうん、と頷いた。
「覚えました。断片的な詩や、“問いかけ”のようにも聞こえます…。呪文というか歌みたいにも聞こえます。少し考えてみますね」
シエタはどこかワクワクしていた。
入学試験の日、いとも容易く問題を解いた精鋭の力がまた発揮されるのだ。それに、あの不思議な体験をもたらした魔法の正体が明らかになるのかもしれないと、胸に期待を寄せていた。
……ただ、その解が与えられるのをベッドの上に座って待つという過ごし方は、少しつまらない。
「私、少し寮の中を見てきても良いですか? 気になってて」
「あ、良いですね。どうせ、解読もすぐには終わりませんから、ぜひ」
精鋭はすぐにそう答えて、シエタは嬉しそうに頷いた。
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