第12話 称号

 レオン・ハルトが挨拶をする様子を、シエタは星の数ほどある座席のひとつから眺めて、感心していた。

(わあ、道理で緊張するわけだ。新入生代表の宣誓なんて、私だったら緊張で口が回らないかも。あんな流暢にできるなんて)


「―――クランス校の一員として、相応しい姿を目指して切磋琢磨し、日々研鑽に励むことを誓いマズッ!」


(……“まず”?)


 一瞬ざわつく会場を背中にしながら、レオンは「……誓います」と言い直した。

 最後の最後で噛んだらしい、ということをシエタは悟った。目の前で宣誓を聞いていたフォルテス校長は笑顔で宣誓を受け入れて頷き、レオンと互いに一礼を交わした。降壇するレオンの表情は無表情に近かったが、耳が赤いように見える。


(ち、ちょっとかわいい…?)


「式はこれにて閉会とします。説明会を続けて行ったあと、解散とします。それではグレンリッツ先生、お願いします」


 すると、会場の脇から目を疑うほど長身の男が立ち上がり、ステージの上へと昇る。彼は壇上の演台に構えると、懐からつづら折りの紙を取り出して、ぱらりと開く。


「グレンリッツだ。クランス校の教員だ。授業ではいつか会うかもしれんが、本日は学校生活について説明をさせてもらう。だが、時間は限られているので、基本的には皆に資料を渡す形式にしようと思う」


 そう告げて、彼は手元の紙を放り投げた。そんな乱雑な所作に反して、紙は空中で増殖し、列を為すように展開され、やがて座席に座る生徒の手元にゆっくりと落ちていった。シエタが両手でそれを受け取ると、紙はまたひとりでに折りたたまれて、冊子のような形状に変化した。


「資料は時間のある時によく読みなさい。ここでは一番大事なことを言っておこう。この学校は退学制度がある。君たちがここに相応しくないと判断した場合は、退学させる可能性があるということだ。せっかく入学したのだから、望む限りここに残りたいことだろう。その秘訣を伝授しよう」


 彼は指を“バチン”と豪快に鳴らした。するとページが勝手に開かれ、『試験制度と評価処置について』という説明が見開きで記載されている。


。この学校で魔法行使のは必ずしも問わない――魔力量や詠唱速度スペルスピードなどの素質が高い場合は『称号』として評価し、ともに『加点枠』も与える。ただしそれとは別に、年数回の定期考査試験を課す。こちらの評価は合格か、不合格か。二つだけだ」


 シエタは息を呑む。きっと、その定期考査試験こそが、退学者を大量に生み出す仕組みなのだと、察するのは簡単だった。


「加点枠が0でも、定期考査が合格ならば一切文句はない。加点枠ばかりが高い生徒は、ここに残るより相応しい居場所がある。帝國兵などな。自分に合った道を選べ。称号の方は説明を省くが――例えば、〈精鋭〉などだ。ありがたいことにクランス校の称号持ちは、世間で評価が高いようだ。そのような肩書が欲しければ目指すと良い」


(精鋭……って、本当にクランス校の称号のことだったんだ)


 シエタは古手帳に宿った幽霊のことを思いながら、「称号」の説明を読む。〈精鋭〉に与えられた加点枠は10点。他の称号と比べて付与ポイントは大きいが、代わりに取得するために複数の条件があるようだ。他の称号の入手難度と比較して、ダントツに難しく見えた。


(わあ……、ほんとに凄いんだ、あの「精鋭」さん)


「話がそれたな。結論を言えば、学校に残る一番シンプルかつ簡単な方法は、定期試験に合格することだ。武運を祈る。説明、以上」


 そう告げて、グレンリッツは軽く頭を下げて、ステージを降りていく……シエタはその様子を眺めていた。

 その時――彼と一瞬だけ、目があった気がした。

 彼の迫力に怯んで一瞬目を逸らした後には、彼は自席の方を向いていた。


(気のせい、だよね……)


「それでは、解散とします。皆さま、お疲れさまでした!」

 進行係がそういうと、皆が思い思いに立ち上がり、会場を後にしていく。シエタもその波に乗って、会場を出ようとした。そんなとき、人の流れの中に紛れる小さな背中を彼女は見つけて、声をかけた。


「あ、レオン君!」

「ん? よおシエタか!ようやく終わったな、式」

「そうだね。でも私、あなたが代表挨拶するなんて思ってなかったよ! それは緊張するよね、お疲れ様」

「う…。あ、あんまり掘り返すなよ……」


 レオンはバツが悪そうに顔を顰める。また耳が少し赤い。挨拶で噛んだことを引きずっているのかもしれないと思うと可笑しかった。


「うん。分かった」とシエタは頷く。だがちょっと笑ってしまう。「でも、代表はすごいよ! もしかして、レオン君が入試トップだったのかな?」


「さあね、良く知らない。ただ合格通知と一緒に、“代表者だから挨拶よろしく”、みたいな手紙が入ってたんだよ。けど俺、こういうの得意じゃなくてさ」


 シエタだって「そういうの」は得意じゃないので、気持ちはよく分かった。うんうん、と頷いていると、前方に誰かが立っている――どうやら、明らかにシエタたちのことを見ているようだ。少し癖のある長髪に、息を呑むほどの美貌の持ち主であった。彼女の唇と目じりが弧を描くと、ついシエタたちは立ち止まった。


「ご機嫌いかが、レオン君。もうお友達もできたのかしら?」と、彼女は唐突に切り出した。


 シエタとレオンが顔を見合わせて返答しないので、「ああ、忘れてた……」と呟くと、彼女は名乗った。


「私はベルへクタ。この学校の先生だから――君たちのことも知ってるわよ。レオン君がとっても優秀ってことも、それにそちらは、シエタさんよね? “シエタ・ライト”さん」


「は、はい。ど、どうも……」

とシエタはたじたじと応じる。するとベルへクタは目を細めて、「ふうん…?」と唸ったような気がした。しかしすぐに、人当たりの良い笑顔に切り替わった。


「うふふ――レオン君、シエタさん、学校生活楽しんでねえ。困ったことがあったら相談してちょうだいね。きっと、どこかで会えるから。それじゃ、ごきげんよう」


 そう言い残して、ベルへクタは立ち去った。彼女の後ろ姿を数秒追っていると、ある時ぱっと消えてしまったので、シエタは驚く。


「き、消えた……?」

「きっとなんかの魔法だろ。でも、詠唱とかしないんだな」


 レオンも目を丸くして、すでにもぬけの殻となった空間をまじまじと見つめた。


「それにしても、レオン君って先生たちのなかでも、やっぱり有名なのかも」

「どうだか。シエタの名前だって、あの先生は把握してたから。皆のこと全部頭に入ってんじゃないか?」

「へえ、それもすごいね……」


 シエタは目の前に広がる人の波を眺めて、感心した。何人いるのだろう、と数え始めるとキリがなかった。

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