第9話 疑惑
「…そこまで!試験終了!!」
本日最後の宣言がなされて、皆は思い思いにため息をつく。試験用紙がひらひらと舞い、ギーギルの元へと集まった。
「これにて、試験全日程が終了だ。忘れ物の無いように。以上」
シエタはすぐにカバンの中を確認した。精鋭の手帳が閉じた状態で、カバンの奥に埋まっていた。
(ありゃ、やっぱり閉じてたんだ。もう一度開けたら、精鋭の声が聞こえるかな…?)
手を伸ばして手帳を開く。するとすぐさま、くすくすと聞き覚えのある笑い声。
「あら、その顔を見る感じ、うまくいったのですね」
脳内に声が届いて、嬉しそうにシエタは頷く。その答えに精鋭は喜びを示した。
「あら、すばらしい。中々のものです!」
(はい! あとは合格してくれれば良いですけど)
「そこは願うしか無いですね。とはいえ、第二、第三試験満点ともなれば、なかなか硬いと思いますが……大丈夫だと思います。お疲れ様です!」
(はい…。その、ありがとうございました)
カンニングの礼を言うなんて割と悪どい挨拶だったが、今は罪の意識は乏しく、疲労感と達成感に塗りつぶされていた。
「貴方が合格しますように!」
と、精鋭は願いを告げた。
※
その次の日。
すでに試験結果が集計され、「試験監督」グレンリッツのもとにデータが届いていた。彼は指をパキパキと鳴らして、レポート用紙を一枚一枚捲り、統計を確認する。
「合格者得点率は平均5割か。難しい問題もあったと思うが、そこそこだな。トップ合格はレオン・ハルト、12歳とは末恐ろしい…。最後の二問以外、すべての問いを完答したか。最後の問題は試験問題とは言い難いから、解けなくとも致し方ないか…」
「うふっ。けれど、あれこそが魔法を読み解くということですよ。既存の魔法をいかに扱えるかではなく、新しい魔法を作れるか、未知の魔法を知り得るか…」
グレンリッツの傍から誰かがそんなふうに横槍を入れた。それは大層な麗人だった。
グレンリッツは彼女の横やりを気にも止めずレポートの確認を進めた。そのとき、気になる情報に目が止まった。
「ん? あの第9問、一人解いていたのか。さて、名は……」
「シエタ・ライトです。グレンリッツ先生」
先んじて答えたのは試験官を務めていたメルだった。
カンニングを現行犯で検挙できなかった疑惑の受験生、すなはち〈疑惑付〉の有無について報告に呼ばれて、それに応じたのだ。
「この目で見ました。彼女があの問題を突破するところを」
「あらそうなの? 大層優秀な子なのねー。主席ではないようだけれど」と麗人はほほ笑む。
「ふむ、シエタ・ライト、13歳……。正答率は7割か。点は優秀な部類だが、問題は彼女の正答箇所だな…。この子の第一試験は、一問しか解けていない。合格者の中で、最低点だ」
「そうです。ところが、第二試験が始まるや否や突然正答率が上がった。解答スピードも段違いに」
「あらあら、それは確かに怪しいわねえ? 会って見たいわあ、その子に」
「慎みたまえよ、ベルヘクタ。つまり、この子は〈疑惑付〉だぞ」
「鬼が出るか蛇がでるか、楽しみじゃない」
麗人――ベルヘクタの発言に、グレンリッツは肩を竦める。資料には、シエタがどのように問題を解いてきたか、事細かに記されていた。ベルヘクタはそれを覗き込み、爽やかな笑みとともに白い歯を見せる。
「あら? 第三の第9問を解いたの、そのライトって子だけなのねえ。しかも結構早いじゃない。その点だけなら、トップ合格のレオン君よりも優秀かも」
「他の解答速度は劣るがな。実に疑わしい……、しかし“疑わしきは罰せず”……。どちらにせよ、その子が真の実力を備えていないなら学園生活の中でいずれ馬脚を現すだろう」
「ただ一点気になる事があります」
とメルは切り出した。
「私は、彼女の心を1秒だけ覗きました。カンニング疑惑があり、どこか外部から情報を得ていると思ったからです」
「あらあら『混沌算歌』を使ったの? メルちゃん、あまり無茶なことするのはダメよ」
「すいません。ただ結局、自分には読めませんでした。ライトの思考回路は混沌として複雑で、とても13歳の子供とは思えないほどでした……」
「ほう、そうか? 一応、君が使った計算式を教えてくれ」
それからメルは滔々と式を述べた。
『混沌算歌』とは心を読む強い魔法である。ただし詠唱ではなく計算を要する魔法形態『算歌』であり、呪文ではなく計算式を持つ魔法であり、状況に応じて正しい解を提示する事で魔法が発動する。解を誤れば酷い反動を受けることもある。
そのうえ、心を読む魔法は対象となる相手の思考能力を見誤ると後悔する。
グレンリッツは、メルから式と解を聞くと、「うむ」と頷いた。
「聞く限り、使用した解は合っている。ならば君は間違いなくライトの心を覗いた筈だが、それでも読みきれなかったのだな? これは興味深い……つまり齢13にして、ライトは君より上位者なのだな」
「ふふっ、素晴らしいわね! 上位者相手じゃ、心を読む魔法は使えないのも無理ないわね……」
とベルへクタは嬉しそうに歯を覗かせる。
グレンリッツは席を立ち、ゆっくりとメルの下へ歩み寄った。とてつもない長身の彼は、上から見下ろすようにメルを見つめる。彼女は緊張した面持ちで、グレンリッツからの言葉を待った。
「――この学校は安泰だ。幼いながらも稀有な実力者を、今年二名迎え入れるのだ。ただ、もし君が、その実力に懐疑があるなら、暴いて見せなさい…。いいね、メル・フィルメル」
「は、はひ……」
少し噛み気味に答えるメルの様子に、ベルヘクタはくすりと微笑んだ。
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