眩惑の白山ー白に潜むー
入山した捜索隊一行は山道を進んでいく。ぼんやりと歩いているとまるでループしているのかと錯覚しそうな変わり映えのしない雪景色の中で、目印になりそうなものといえば時折顔を覗かせる動物達と僅かな傾斜ぐらいである。
「そこら中にクリスマスツリーがあるみてぇで景気が良いな。にしても……思ったより眩しいぜ」
「あまり凝視してはいけませんよ」
緩い傾斜の道を越えると今度はずらっと広がる平地に出た。前後を知らせてくれていた傾斜が居なくなれば、もはやそこは緑と白の天井が空を覆うだだっ広い迷路である。
その異様な光景にアズリーラ
「うそでしょ……なんなのこの景色」
「さっきまではまだ空が見えてたけど、これは……」
「これが
「更にある程度積もれば勝手に上から落ちてきます。頭上に気を付けてください。それなりに固まった雪ならば痛いでは済みません」
「ランタンを! デンスは右、オクルスは左、ナレスは後ろ、私は前を。では進みましょう」
龍雅やアハタ達を囲むような配置で進みながら辺りを見回していく。ルイとロザーナは周囲にあるマナを感知しながら人ないしは人であったものを見つけようとしている。
荒事担当で手持無沙汰の龍雅はアハタと呑気に話していた。
「しっかしあんたらもご苦労だなぁ。こんな
「そりゃぁ、ここでしか採れねぇもんですから。サタマディナより向こうの国じゃ高く売れるんですぜ」
「メガロスやアイティティなんかじゃ特に」
「メガロスにアイティティ……聞いたことねぇ名前だな」
「あそこら辺は昔でっけぇ一つの国だったらしいんですがねぇ。内乱とお家騒動繰り返してちっちぇいくつもの国に別れたまんま今に至る、とか……」
「にしても旦那、意外と外の事は知らないんですかい?」
「……生まれてこのかた、ガイアルドの外に出たことはねぇからな。ここが初めての外国旅行ってやつさ」
「ハハッ! そいつはいいじゃねぇですかい。新鮮な事ばっかで楽しいですぜ。外ってのは」
「っと、前の記憶だとここら辺に生えてたんですが……積もっちまってるなぁ。ちょいと止まってもらってもいいですかい!」
アハタの呼びかけに一同が止まると、彼とその仲間達は這いつくばって雪を掻き分け始めた。だが少しすると氷になりかけの硬い層が現れて彼らの手が止まった。
予想外の事態にアハタは悪態をつく。
「なんてこった……! 地面が凍りついちまってやがる!」
「雪は積もり過ぎると氷に化ける事があります。人が来なくなって雪が積もり続けた弊害ですね」
「……その斧はやめておいた方がいいですよ。割るには適してはいますが、下になにが埋まっているか分かりませんから」
アルバの忠告にうな垂れるアハタだったが、何かに気づくような表情をすると龍雅に縋りつくように寄ってきた。
「リューガの旦那! 馬車持ち上げた旦那の怪力なら氷を剥がせやすよね!?」
「んぉ? まぁ、できるだろうけどよ……しゃーねぇな。氷が飛んだらあぶねぇから後ろに下がってな」
龍雅は屈むとローブの袖を捲り、マナイトの手甲を無造作に氷へと突っ込む。指先から感じる微かな感触を頼りに土のある位置を特定すると、豪快に雪ごと氷の板を抉り飛ばした。
「おぉらよッと!」
「うひゃぁ! こいつはすげぇですな!」
「あんたらの目当てはこの雑草か? なんかいっぱい生えてっけど」
雪の下には氷に閉ざされていたにもかかわらず青々とした草が生え、アハタ達はそれを葉っぱの部分だけ千切って束にしていく。
「こいつぁサナーチオって薬草でしてね。すり潰して傷口に塗れば治りが早くなるんでさぁ」
「効きがいい上にここだけですがそこら中に生えてるもんだから、こんなに商品はありやせんぜ」
「傷薬? んなもんロザーナの治癒魔法で一発で治るのに必要なのか? 他にも使える奴いるんだろ?」
「別に治癒魔法は万能ではないわよ。私だってたまに薬も使うし」
ロザーナからの衝撃の言葉に彼が目を丸くし、彼女はそのまま続ける。
「生き物って傷を負っても放っておけば治るでしょ? 自然治癒ってやつ。治癒魔法はその自然治癒をマナを介して意図的かつ高速で行ってるだけなの」
「薬効なんかで傷の治りが早くできるなら併用もする……というより、普通はそっちの方が一般的なやり方よ。私はドラゴネクターだから大体の治療では使わないってだけ」
「俺の耳引っ付けたのも自然治癒ってか!?」
「いやあれは……ダメもとでまぁやってみようかってやったらなんかできちゃったのよね。これに関しては貴方の身体能力が異常なのよ。うん」
「……それに、時間を掛けて行われるものを無理やり早くしてるから負荷も多少掛かるの。ある程度は治癒魔法で治して、残りは薬を塗って安静ってのも一つの方法ね」
「はぁー……いっつも完璧に治してくれるからすげぇなと思っちゃいたが、あんたが特別なだけってか。ま、そんな都合の良いもんはポンポンでねぇよなぁ」
少しだけほんわかとした空気が流れ始めた時だった。全身の毛が逆立つような殺気が風に流されるようにゆっくりと龍雅の体をなぞるように包みだす。
彼以外の誰もそれに気づいていないようであり、彼は一呼吸置いて落ち着いたトーンで言った。
「おい、あっちからなんかこっちに来るぞ。すげぇ殺気だ」
「ッ! ルイ……!」
「今探ってるよ……!」
アルバはアハタ達を自分の後ろに下がらせ、弓に手を掛ける。護衛達も鈍く光る
ルイは雪の下に水を這わせながら辺り一帯を探知していた。
(ぼやけているけどかなり強いマナを感じる……結構近いな。なんで気づけなかったんだ……!? ……ん?)
「妙だ……」
「どうしたの?」
「反応は一つだけ、集団じゃない。一定の距離でこっちの様子を伺ってるみたいなんだ。左右に行ったり来たりしてるけど、姿は見えない……」
「かなり強い。デチューンドラゴネクターにしたって……いや、違う。これは……!」
ルイが何かを言い終わる前に事態は急変し始めた。突然嵐のような風が吹き、雪を巻き上げながら一行を殴りつけ始めたのだ。最初はただ強い風であったが、次第にそれは皮膚を引く裂くような冷気を纏い、巻き上げる雪の密度も増していき視界を奪いだす。
アルバはその恐ろしい風の正体を知っていた。そしてそれに声を奪われる前に大声で叫んだ。
「吹雪です! 視界が悪くなる前に近くの小屋に逃げます! こっちへ!」
「ちくしょう……! マナイトの鎧でもすきま風には無力か……! さっみぃ!」
全員がランタンを掲げたアルバを目印に一目散に走り出した。だが
一心不乱に走りながらも探知を続けるルイは恐ろしい事実に近づいていた。
(おかしい……! 急に風が吹いたにしたってまるで狙ったように……!)
(……! 嘘だろ!)
「皆さん! これはただの吹雪じゃありません! 魔法です! 魔法で吹雪を起こしながら追ってきてるんです!」
「マジかよ!?」
その言葉を聞いてかアルバの顔が蒼ざめ、確認するように振り向いて迫る吹雪を凝視する。
「クソッ! 殺し損ねていたか……! いい加減な……!」
追い立てられた一行は不自然に木が生えていない坂道を駆け上がっていた。靴のおかげで滑る事はないが、積もった雪に足を取られ進行が遅くなる。
護衛の一人、デンスと呼ばれた男が何かに気づきアルバに訴えた。
「アルバ! ここは道じゃない!」
「なに……ッ! しまった!」
しかし訴えも空しく一行は吹雪に飲まれてしまう。光は殆ど遮られ、世界が白色と灰色に支配される。そして吹雪の主は一行に対策をとる一瞬をも与えず、次なる手段に打って出た。
積雪など意に介さないようにその脚で地面の叩きつけ飛翔する。微かな光で映し出されるその輪郭に、龍雅とフェイカーは仰天した。
「ッ! あれは……!」
(バ、バカな!? ありえん! 竜だと!?)
スローモーションのような刹那。驚きで動けぬ一人と一匹。その刹那を竜が吐いた風が吹き飛ばした。吐き出された風は地面と思われていた雪の山を木っ端微塵にし、その場にいた全員を糸の切れた人形のように弾き飛ばす。
だが、ただではやられない一人と一匹が居た。ロザーナは蔓を伸ばしルイの腕をしっかりと掴み、龍雅の方へと更に蔓を伸ばす。
「掴んで! 早く!」
空中で掴もうと手を伸ばした龍雅だったが、その視界の端に暴風になされるがまま飛ばされていくアハタとその仲間の姿が映る。
彼は反射的に、そして意を決したように吹雪の轟音の中叫んだ。
「そっちはルイを守ってやれ! 俺はアハタのおっちゃん達助けに行く! 蔓借りんぞ!」
「ちょっと……! きゃぁ!」
彼女の蔓を引きちぎるとアハタ達のいる方へ向けて一度振るうが、当然何も引っかからない。
(どうするつもりだ! 龍雅!)
(やっぱダメか! フェイカー! いっぺん俺と分離して俺を掴まえてあっちに飛んでくれ!)
(無茶苦茶を言う!)
フェイカーはそう言いながらも言われた通りにして闇の中を風に煽られながら飛んでいく。そして数秒後、離れないようにがっしりと腕を掴みあいながら斜面を転がるアハタ達を見つけた。
「もっかい合体だ! 降りるぞ!」
「おう!」
アルバと護衛、アズリーラ姉弟とクーラ、龍雅とフェイカーとアハタ達。彼らは散り散りとなり、未だ収まらぬ吹雪の暗闇へと消えていった……。
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