行方知れず

アルテニュレス連合国へと向かう龍雅達は、道中で知り合ったサタマディナの商人アハタと共に首都スーベモンテの入口の前までやってきていた。

木で組まれた櫓門やぐらもんには毛皮で作られた厚手の服を纏う武装した男達が門番として立ちはだかり、櫓の上からは矢を携えた者達が目を光らせながらいつでも撃てるように構えている。

アハタが率いる商人達はそんな門番達から荷物をあらためられていた。服の上から分かる程の分厚い肉体から放たれる威圧感をアハタはものともせず、商人らしい朗らかで快活な調子で受け答えながら商品の説明と宣伝までし始める。

その様子をぼんやりと眺めていた龍雅一行の元に、門番の一人がやってくる。


「お前達も商人か?」


「あぁいや、違う。俺らは案内人が見当たらなかったからこの人達に乗せもらったんだ」


「……私はドラゴネクターのロザーナ・アズリーラと言います。そこの二人は魔法使いと剣士で、私達はガイアルドからやってまいりました」

「プリムス様にお伝えしたい事とお聞きしたい事があります。お目通り願います」


そう言って商人達にやったように紋章を見せると、門番は一瞬顔を引きつらせて龍雅とルイを睨みつける。その視線の意味に気付いたルイは自身の鎧についた紋章を見せ、龍雅もそれに倣った。

門番は彼らの紋章を確認すると「少し待て」と言って後ろにいた仲間と話し始めた。


「あんま歓迎されてる雰囲気じゃねぇぜ? やっぱアポとった方が良かったんじゃねぇか?」


「目的を思い出しなさい。事前に知らせたら意味ないでしょ」


「そうだけどよ。無駄に波風立たせるってのもの……」


「ガイアルドは強国で大国よ。そこの使者である以上は、好まなくても強気に出なければならない事もあるの」


「下手に弱気に出ればそこに漬け込まれてしまうんです。どうかご理解ください、リューガさん」


「偉いとこは偉いなりに苦労があるってか? ……まぁ、政治と駆け引きはよくわかんねぇから黙っとくか」

(にしてもあの人らずいぶん話し込んでんな? なんか問題でもあるのか)


(その鎧のお披露目はここになるかもしれんな。準備運動ウォーミングアップはできているか?)


(不吉な事言うんじゃねぇや……数発ぶん殴って体があったまりゃ、それで十分だ)


門番達の話し合いはしばらく続いたが終わりそうな気配はなく、次第にヒートアップしていく。

やがて誰かが声を荒げ始めた所で門が開き、そこから護衛と思しき人間達に囲まれた人物がやってくる。雪景色に溶けるような白く短い髪と氷のような水色の美しい瞳を持ち、周囲の野性味溢れる屈強な男達に比べると少し線が細く穏やかで整った顔をしていて、一目では男か女かは分からない程であった。

その人物は言いあう門番達に何かを話すと龍雅達の元へとやってきた。


「ようこスーベモンテヘ、ガイアルドの使者の方々」

「私はプリムス・ハスタムの子で、現在スーベモンテの村長とアルテニュレス連合の代表代理を務めているアルバ・ハスタムと申します」


「アルバ様、お名前は以前より聞いております。私はドラゴネクターのロザーナ・アズリーラです」


二人は軽い握手を交わすと、ロザーナは当然の疑問を投げかける。


「アルバ様、お父上のプリムス様は今どこに……?」


「……我が父プリムスは現在、母のフォルティスと弟のティグリズと共に行方が分からなくなっております」

「詳しく話すと長くなってしまいますので、外よりも暖かい迎賓館に案内しましょう。チェイラル、先に行って準備を頼む」


アルバに言われるがまま、彼の後へと続いていく龍雅達に慌てた様子でアハタが声をかけてくる。


「リューガの旦那、必要なもんがあったら是非ともうちの店に寄ってくだせぇ! なんでも置いてますぜ!」


「おいおい、そんなに乗り出したら馬車から落っこちるぞ。まぁないもんがあったら寄らせてもらうわ。乗せてくれてあんがとな、アハタさん」


※  ※  ※


アルテニュレス地方の村の一つであるスーベモンテは、この地方唯一の山の麓にできた村であり、山に向かってのなだらかな傾斜と少しばかり起伏のある地形が特徴的な場所である。他の村が山中や険しい山を超えた先にあったりする中で、ここは人が比較的住みやすい環境であり、また一番大きな村でもあるためこの地方における交易の要所でもある。そこに住む人々はそんな土地に器用に家を建て、狩猟や採集で日々の生活を送っている。

アルバに案内されながら少し観光気分になっていた龍雅は村の光景に驚いていた。


(左を見りゃ頭よりもたけぇ場所に家があって、右を見りゃ足元に屋根がある場所もある。傾きはそこまででもねぇが局所的に高低差があるな)

(こんな場所で暮らしてたら足腰にガタが来そうだが、見かける爺さん婆さんは普通に歩いてやがる。まったくタフなもんだぜ)


(人間の適応力には相変わらず驚かされる。こういった寒い場所には竜はほとんど住まぬからな)


(クーラもお前も寒いっつってたもんな。飛んでる竜も全く居ねぇし……さっさと前の使者の人ら見つけて帰りてぇもんだが、どうなるやら)


「皆様着きました。ここが迎賓館です」


それまでの物と比べて一段と大きい、長方形の箱をそのまま置いた簡素な見た目の迎賓館に入ると巨大な熊の剝製が彼らを出迎え、周りには角が四本あるシカに似た生き物の頭や美しい毛皮等が飾られていた。

龍雅達はその奥にある応接間に案内され、ござのような物が敷かれた部屋の中央に座り込むと目の前にある鍋に火が着けられた。対面に座るアルバは少し緩んだ表情で話始める。


「これはここアルテニュレスで昔からよく食べられていた熊肉の鍋です。話し終わる頃には煮えていますでしょうから、ぜひご賞味ください。味は保証しますよ」

「……さて、まずはそちらの要件から聞きましょうか。ロザーナさん」


「ではまずは陛下より賜った言葉をお伝えします」

「--敵は人を怪物に変える奇怪なすべを持っている。我らガイアルドはこの怪物をデチューン・ドラゴネクターと呼ぶ事にした。また敵が組織か個人かは未だに分かっておらず、予断を許さぬ状況である。怪しい者が居れば気を付けるように」

「使者の一人、ロザーナ・アズリーラは治療の名手であり、もし怪我人が居れば瞬く間に治す。必要があれば使ってやってくれ」

「……と仰っていました」


「情報の共有ですか。つい最近まで外部との交流が絶たれていたこちらとしては有難いですね。今は怪我人は居ませんが、その時が来ればお願いします」

「……しかし相手はドラゴネクターの名を持つ者ですか。確かに襲ってきた敵は竜に似た特徴を有していましたが、ドラゴネクター発祥の地であるガイアルドでそう呼ばれる程とは……厄介ですね」


悩ましい表情でそう呟くアルバに対し、ロザーナは緊張したような表情で更に続ける。


「陛下からのお言葉は以上です。そしてひとつ、お聞きしたい事があります」


「なんでしょうか?」


「一カ月ほど前、陛下は一度使者達をお送りになりました。しかしいくら待っても帰ってきませんし、ここに来る途中に探しもしましたが影も形もありません」

「そして私達の目的は、使者達の安否とアルテニュレスの現状を確認して陛下に報告する事です」

「……なにか、ご存じありませんか?」


その問いかけにアルバは目を閉じて思い出すようにしばらくうんうんと唸っていたが、諦めたような表情で答える。


「もう一組の使者達……知りませんね。時期的に言えば襲撃後で私が代理を始めていた時ではあるのですが、見張りの者達や作業者からもそういった報告は聞いていません」


「この地方では村の掟を破った者は追放される習わしがあり、追放から生き延びたものは山賊になる事もあると聞きました。その者達が使者達を殺し雪に埋めた可能性は?」


「あり得るでしょう。ここで育った者ならば土地勘もありますし、猟師ならば肉の解体は得意です。だけど雪には埋めません。小さくバラして散らせば動物達が食べてくれますからね」

「しかし、断絶され状況が分からぬ土地へ送られた使者が非戦闘要員だとは思えません。ガイアルドから来たとなると尚更ですが、違いますか?」


鋭い視線でそう問うアルバの目をじっと見つめ、ロザーナは臆することなく返した。


「はい。送られた者達はいずれも国外任務の経験がある戦闘要員でした。環境次第ではありますが、少なくとも槍や弓で武装しただけの蛮人に負ける者達ではありません」

「これは私個人の推測ではありますが……スーベモンテ、そしてその周囲に裏切り者が潜んでいて、やってくる使者達を殺害したのではないか……と」


アルバの視線が更に鋭くなりロザーナを睨みつけ、彼女も目を逸らす事なく見つめ返し不穏な静寂が流れ始める。

龍雅はその様子を黙って眺めていたが、一瞬だけ感じた強烈な何かの気配に反応して思わず拳を握りしめ立ち上がりかける。だがルイが無言をそれを静止し、「今は姉さんに任せてください」と目配せした。

不穏な空気は、アルバの返答と共にスゥッと引いていった。


「可能性は否定できません。なにせここは大自然の中……隠れようと思えばいくらでも隠れられますし、襲撃犯達の撃退直後はかなり混乱していました」

「それに乗じて上から来たが帰れなくなったとでも言って生活していれば、私達でも判断は難しいです。ここには判別できる程の訓練を積んだ魔法使いは居ませんからね……」


「……そうですか。出すぎた真似を致しました。申し訳ありません」


「いえいえ、こういった状況だからこそ最も恐ろしい可能性を考えて対策を取るべきです。人を怪物に変える方法があるなら、なおさらその可能性は無視できません」

「しかし人探しですか……でしたら私達も目的は同じですね」


「ご家族の行方ですか」


「襲撃の折、私はここを守る戦士として残り父と母そして弟を逃がしました。父は長い間ここのおさでありましたから、その経験を失うわけにはいきません」

「弟と母が居れば私が死んでも後は任せられる……死ぬつもりで防衛に当たりましたが、運よく生き残りました。そこで皆を探して呼び戻そうとしたのですが……」


アルバは溜息をついて山がある方へと視線を向ける。そして振り向いて鍋の様子を見ながら続けた。


「私達はすべての敵を阻止できた訳ではなく、何体か突破を許してしまいました。そこで私の父は、木を切り倒し村と村を繋ぐ道を塞ぐ事で侵攻を遅らせたのです」


「ですが、それでは空路や脇道からの侵攻には効果は……」


「あの時期は年中雪景色のここも時々暑くなる季節でしてね。雪が溶け、寒くなった日に再び凍結した地面はよく滑るのですよ。獣道なんて通ろうものなら、滑って深い場所へ落ちてしまいます。天然の罠といったところでしょうか」

「それに相手は時間が経つ事に飛ぶ事をやめて地上で戦う者が多くなっていった記憶があります。少なくとも山の方面へ完全に逃がした者は一匹たりともいません」


「……恐らく、竜の特性を持つがゆえに寒さに対する耐性がなく体力を奪われたのではと、私の接続竜が言っております」


「なるほど、それは幸運でしたね。しかし困った事もありまして……切り倒された巨木を我々だけで完全にどけるのは非常に骨が折れる作業だったのです」

「襲撃の傷跡も残っていましたし、なにより今からの季節は風が強くなって突発的な吹雪が多くなります。村に近いからと油断していると、我々でも雪に呑まれ死体すら見つからない事もしばしば……」

「しかしドラゴネクターが来て下さったのなら話は別です! その怪力を用いれば木も簡単に退かせるでしょうし、奴らが来ても対処できます」


「それでは今から木を退かすのでしょうか?」


「いえ、見張りのものからもうすぐで吹雪が来そうな空だとの報告がありました。作業をしている間に日が沈んでしまっては大変です。今日はお三方には来客用の宿泊小屋に泊っていただき、明日から本格的に動こうかと考えています。いかがでしょう?」


「私は賛成です。二人もそうでしょう?」


彼女の問いかけにルイと龍雅は黙って頷く。そんな彼らをアルバはじっとりとした目つきで見つめ、トーンの落ちた不穏な口調で質問した。


「ありがとうございます。ところで後ろの方々……お一人はロザーナさんの実弟であられる天水の魔法使いルイ・アズリーラさんであるとお見受けしますが」


「は、はい! ここまで名前が広まっていたとは……ちょっと恥ずかしいですね」


「えぇ、魔法を嗜むならば聞く名前ですから。ですが、そこの毛皮の下に黒い鎧を身に着けた男性は見た事がありません。顔付きは中々特徴的ですね」

「その籠手……普通の鎧ではありませんね。特注の鎧となればさぞ栄誉と武勇をお持ちの筈、しかし貴方は岩腕がんわんでもなければ暴嵐ぼうらんでもありません」

「疑うようで申し訳ないですが、こちらも故郷がかかっておりますので紹介していただけませんか?」


三人に緊張が走り、龍雅の体が強張る。別に彼自身は暗殺や妨害等の任を受けた訳ではないが、アルバから向けられた視線でなんとなしに悪い事をしてしまったような気持ちになっていたからだ。

ロザーナは一呼吸して落ち着き、ガイアルドからきた謎の男・リューガについて説明し始めた。


「この者は……リューガ・アズリーラと言います」


(……は?)


「我々が襲撃を受けた際に私の父を守ってくれた恩人です。身寄りがないとの事で父が可哀そうに思い養子にしました。しかしどうにも人付き合いが苦手なところがあり、置いていくのも心配でしたので連れてまいりました」

「ですが実力は本物です。敵がやってきても彼ならば瞬く間に捻じ伏せてくれます」


「ほう……それは楽しみですね。ならば再び戦う時が来れば頼みますよ? リューガさん」


「へ、へぇ……そりゃもちろん」

(いやいやいや! なんだリューガ・アズリーラって! 俺なんも聞いてねぇぞ!?)


龍雅は説明を求めるような眼でロザーナを見るが、彼らより前に出ていた彼女は頑として振り向かない。ルイの方を見ると、信じられないようなものを見る眼で姉を見つめていた。


「では使者の方々がどういった人かは把握出来ましたし、明日の予定も決まりました。今夜はよく冷えるでしょうから鍋を食べましょう。いい具合に煮えていますよ」


少し冷えた部屋の中で、鍋が白い湯気をあげながらグツグツと煮えていた。








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