吹き始めた北風

 ガイアルド城・玉座の間。そこは王が家臣達への言葉を直接伝える為の場であり、王の身辺警護が主な一番隊を除く家臣達にとっては、数少ない王と直接顔の合わせる事ができる緊張感に満ちた部屋でもある。

 そこへ呼び出されたドラゴネクター達は玉座の前で膝をついていた。王は彼らへの労いの言葉を贈る。


「皆、よく集まってくれた」

「テンセイ・リューガ、先の十二番隊と敵の凶行をよくぞ制圧した。上出来であるぞ」


「は、はっ……!」


「ロザーナ・アズリーラ、其の方の教えを受けた者達はしっかりと治癒魔法を使えておる。これにより我が国の安全はより盤石なものとなった。大儀である」

「ノルベール・ピレスならびにルイ・アズリーラ、迅速な判断による救助は見事であった。これからもより一層の活躍を期待する」


「恐悦至極に存じます。陛下」


「さて、今回集まってもらったのは他でもない敵勢力の事についてだ」

「リューガおよび生存した十二番隊の証言、そして持ち帰られた謎の物品からその正体に目星がついた」


 その言葉に場の空気がガラッと変わる。

 不敵に笑う者、表情を変えぬ者、努めて冷静であろうとする者、顔を強張らせる者と様々であったが皆一様に期待感が高まり、静かに高揚していた。

 そこでそれまで黙っていたヴィルジェインが口を開く。


「目星の名はマテウス・アロガンシア。ここで知っている者はヴィリーとワシだけだろうな」

「かつてワシとマナを研究し、禁忌の手段に手を出そうとした男だ。王命に背いた挙句にサタマディナまで逃げて現地の騎竜兵に追い立てられ谷に落ちた。死体は見つかっておらん」


「確かに聞いたことはありませんね。どのような男なのですか?」


「技術に対する情熱はワシ以上だ。しかしそこに倫理観というべきか、ブレーキがない男だった」

「ガキの頃はやってはいかんと言われた事をやっては怒られておったワルガキじゃったな……ふふっ」

「だがそれが行き過ぎた結果……奴はデチューン・ドラゴネクターの研究に固執するようになった」


「デチューン・ドラゴネクター? それは一体……」


 どこか懐かしむような顔をしていた彼の表情は一転して暗く厳しいものへと変わり、それを察したのか、王の目つきも鋭くなる。

 少しの間黙っていたヴィルジェインだが、覚悟を決めたように話し始めた。


「ドラゴネクター、その始まりはここガイアルドで起こった内乱にある」

「未知の生物である竜への恐怖や不安、元々あったであろう野心……馬鹿共がそれを五十年程前に爆発させおった」

「だが一人のドラゴネクターがそれを鎮め、その有用性を示した」


「そこで王になった我はドラゴネクターを兵士とすべく、ヴィルジェインに研究を命じた。当時の目標は全兵士のドラゴネクター化であったな」


「あぁ、しかし知っての通り……ドラゴネクターになるには人間側に素質が求められる。こればかりは後からどうすることもできん」

「だが、そこである方法がマテウスから提唱された」


「マテウスから……?」


「竜の身体を徹底的に調べ上げ、マナとの関係性を熟知した後に竜を解体、再構築する事で人間側に合わせるという手法だ」


 その言葉に今まで黙っていた竜達が宿主の体から現れ口々に文句を言い始める。


「おいおい、そりゃぁ気分のいい話じゃねぇナァ!」


「それ、許せない、反対」


「まさか、貴方の握っているそれって……腹が立つワネ」


「しかし、今のガイアルドにそのデチューン・ドラゴネクターは居ない。つまりそなた達はその技術を否定したのだろう?」


 唯一冷静に問いかけたフェイカーの言葉にヴィルジェインは力強く頷く。ドラゴネクター達が宥めているのをよそに彼は続ける。


「その通り、ヴィリーもワシもその方法には反対だった。合理的ではあったがな」

「そんな事をすれば竜との同盟は流れ、再び戦争状態に突入する事は火を見るよりも明らかだった。だからワシらは研究の中止を決定し、奴に伝えた。だが……」


 ※  ※  ※


「中止!? 一体なぜ! これは有用な技術なんだぞ!」


「確かにそれについては俺も賛同するよ。マテウス」

「だがな……鹿の毛皮を服にしたり、兎の肉を食らったり、鳥を撃ち落として羽根を装飾にするのとは訳が違う」

「相手は俺達と言葉で意思疎通ができる生き物なんだ。殆ど人間と変わらないんだぞ」

「そんな相手を好き勝手に解剖してタダではすまんのは、お前だって分かるだろう!」


「知ったことか! この研究を続ければ、きっと凄いことが起こるんだ……! もうお前に先は歩かせないぞ!」


「マテウス、そんなちんけなプライドで……!」


「ちんけだと!? ふざけるな! とにかく私はやめないぞ!」

「絶対にだ!」


「……そうか。残念だ」


 ※  ※  ※


「その後、奴は衛兵達に取り押さえられ牢に叩き込まれた」

「竜と人間の均衡を崩そうとした反逆の罪、という罪状でな。しかし奴は逃げ出し、森を越えてサタマディナまで逃げた」

「そしてサタマデイナ南方のラホルージャの谷に潜伏……最期は当時新設されたばかりの騎竜兵に追い立てられ、火球でその身を焼かれがらも研究成果を抱き締め、谷に落ちていったという」

「そして……これだ」


 彼が掲げたのは龍雅が持ち帰った竜の指らしき謎の物体であった。刃のような黒い爪が鈍く光り、触れる事を躊躇わせるような威圧感を放っている。

 それを再び見た龍雅は、自身の記憶を照らし合わせてある結論を呟いた。


「なるほどな。そいつがそのマテウスって男の研究成果ってことか……どうりで人がトカゲ擬きになるわけだ」


「あぁ、軽く調べたが竜の物と似た系統のマナを大量に含んでいた。金属などではなく生き物の肉で構成されている事も分かっている」

「証言と合わせれば、これを人間に刺すことでマナに分解され、人体に入り込みドラゴネクターになる……そんな所だろう」


「ッケ! 気持ちのわりぃもん作りやがる……趣味わりぃな、そいつ」


「ヴィルジェイン、その棒に意思はあるのカシラ? 今、それは生きているノ?」


「……そこまではまだ分からん。気になるか? クーラ」


「もし、その子が苦しんでいるのだとしたら……楽にしてあげたいワ」


 クーラの言葉に静まり、しばらく静寂が続いた。状況を整理する者やかつて殺した相手を思い出す者、静か時間の中で各々が想いを巡らせる中、王の言葉が静寂を破った。


「だが、これは確定した情報ではない。状況からみて最も高い可能性をあげているに過ぎぬ」

「ゆえに他の隊には伝えはしなかった。しかしドラゴネクターである其の方らには知ってもおいてもらわねば困る」

「敵はヴィルジェイン並の知識を兼ね備えている可能性が高い。一層警戒するように……そして」


 王の目が龍雅を捉える。王は一息置くと彼らへ衝撃の言葉を放った。


「一カ月ほど前に送った使者が未だに戻ってこぬ。先ほど話した事も合わせれば死んでいる可能性が高い」

「リューガ、ロザーナ、ルイ。其の方らにはこれより数日の準備期間の後、アルテニュレスヘと行ってもらう」

「かの地の現状、使者の状況を確認し報告せよ。敵勢力からの攻撃があれば戦闘行為及び殺害も許可する」


 突然言い渡された王命に、三人はぽかんと口を開けることしかできなかった。


 ※  ※  ※


 日も落ちて就寝時間になった頃、龍雅はベッドの上でフェイカーと精神で会話を行っていた。議題はもちろん、昼間の王命についてであった。


(しっかしほんとの初仕事が出張か。アルテニュレス……北の方って言ってたし寒いんだろうな)

(あの後もずっとごたごたしてて聞きそびれちまったぜ)


(出発前にでも聞けばよいではないか。時間はある)

(……ノルベール、ヴァレンチーナは名が広まっており警戒される。治療が目的と言っておけばロザーナが怪しまれる事はない)

(ルイもそれなりに名は知られているが、護衛としてついていけばこちらも大丈夫だ)

(そして、そなたはまだ他国に存在を知られていない。普通の兵士のフリをしておればドラゴネクターとはバレぬ)

(消去法ではあるが、正しい判断だと我は思う)


(ドラゴネクターつっても半端もんだがな)

(にしてもルイには現地で適合する竜を見つければそいつを接続竜にしていいって……王様も豪快な事考えるぜ)


(恐らく、焦りがあるのだろう。少なくとも内部に入り込まれた事実は十二番隊の行動で証明されてしまった)

(戦力を増やせる可能性に賭けた。といったところではないか?)


(いざって時に抑えられる力を増やすってか。いい考え方だぜ)


(ところで龍雅、一つ頼みがある)


(ん? なんだよ。珍しい)


(しばらくそなたから離れて、竜の姿で行動したい。といっても朝までだが)

(山での飛翔で体がなまっているのが分かった。アルテニュレスに向かうまでに以前の動きを取り戻しておきたい)

(昼間はそなたも活動するゆえに我が居なければ難儀であろう。ゆえに今だ)


(別に構わねぇぜ。でも人に会うまでには戻ってきてくれよ? 話せないと困るからな)


(分かっておる。ではな)


 そう言って彼の体から飛び出すと、窓から空へと飛び立っていった。

 その姿を見送り、完全に一人となった龍雅の脳裏にある思いが湧き上がってくる。


(あのデチューン・ドラゴネクターとかに襲われて抵抗してた時、俺は……興奮していた。死ぬかもしれねぇっていうのにあの状況を楽しんでいた)

(中学の時からそうだ。加減を知らねぇ喧嘩を俺は……あれは単なる喧嘩、だから楽しんでいたって思っちゃいたが……命の奪いですら同じだった)

(やっぱりだ。俺はクソみてぇなろくでなしだ。日本あっちじゃ生きていい場所なんてなかった奴なんだ)


 湧きあがった疑念はやがて確信となり、彼は一人静かに覚悟を決め、不敵に笑った。


(ここは俺にとって地獄だ。俺はここで戦って、戦って、苦しんで、死ぬ。その為にここに落とされたんだ)

(だったらやってやろうじゃねぇか……! マテウスだかなんだか知らねぇが、こっちのろくでなし全員ぶちのめして、もっかい死ぬ罰ってやつをよ!)




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