デチューン・ドラゴネクター

 唐突な初陣を無事勝利で収めた龍雅は、城内の一室でロザーナによる治療を受けていた。彼女はその痛々しい怪我を蔓で覆いながらため息を零す。


「はぁ……ルイが身が見えてるって言ってたけど、身じゃなくて骨が見えてるじゃない」

「ドラゴネクターの手がこんなになるんて、一体何を殴ってたのよ」


「何って、そりゃ敵だよ。あいつらのあの鱗みてぇなの、前見たのより硬くなってやがったんだ」

「いやぁ、しかし骨が見えてるとはな。あんまし痛くはなかったんだが……」


「もう少しで皮膚が戻るから、じっとしてなさいね」


「いやぁ、すいませんね! まさかこれにあんな血が溜ま……」


「リューガはここか!?」


 床に巻き散らかされた血を拭き取る使用人達に対する謝罪を遮るヴィルジェインの声が響き渡り、視線を一気に集める。彼は躊躇することなくずかずかとやってくると、ロザーナへと短く尋ねた。


「傷は?」


「もうすぐで完治します。安静にしておく必要はなさそうです」


「そうか……終わったら鎧の試着を行うぞ」


「おいおい急だな、博士。そっちはあのトカゲで忙しいんじゃねぇのか」


「それなら今は尋問中だ。ワシらが調べられるのは何時になるかは分からん」

「それよりも鎧だ。おい、持ってこい!」


 小姓の一人が大きな木箱を持ってきて蓋を開けると、中には竜の鱗を模したトゲトゲしい金属と鎖帷子を繋げたような奇妙な鎧が入っていた。

 ヴィルジェインはそれを持ち上げると早口で説明し始めた。


「これは正真正銘マナイトのみで錬成されたテンセイ・リョーガ専用の鎧だ」

「急所となる場所や関節のない部分は厚めにして防御力を高め、関節の部分は鎖帷子を参考に人体の柔軟性を損なわない作りにしておる」

「通常、鎧はハンマー等の打撃を主とした武器が弱点だがこれは違う。お前の踏ん張り次第ではむしろ武器の方が壊れるだろう」

「もう治ったか? 早く着てみせい」


「急かすなって……どうだ?」


「……ちょっと傷は残ってるけど、貴方の回復力なら自然治癒でどうにかなるわね。もう大丈夫よ」


 龍雅は突き出された鎧を受け取ると、少しぎこちない様子で装着していく。最後に手渡された兜を被り、カントレットを嵌めるとその全身は威圧的な黒に包まれる。さながら人の形をした竜のごときその姿に、ヴィルジェインは興奮を隠せない。


「おぉ……! よし、マナを注げ! その鎧の真価を引き出してみせろ!」


(頭の血管切れるんじぇねぇか?)

「分かった分かった。あぶねぇかもしれねぇから離れててくれよ」


 鎧の表面に模様が浮かび上がり、淡い光を放ち始める。それと同時、彼は体に走った奇妙な感覚に違和感を覚える。


(なんだ? 鎧が皮膚を引っ張ってる?)

「なぁ、博士。なんかこれ皮膚に引っ付くんだけどよ……そういうもんなのか?」


「皮膚に引っ付く? マナの作用……いや、それともマナイトの未知の特性か……?」

「今言った事を書いておけ! リューガ、他に変わった事はないか!?」


「他に? ……特にねぇな。しいて言うならあんまし着てるって感じがしねぇ、すげぇ動きやすいぜ」

「でもマナイトとはいえ、こんなちいせぇ輪っかがほんとに身を守ってくれんのか……?」


「それを今から試す。持ってこい」


 そう言えば、どこかに行っていた小姓が何かを引きずりながら再びやって来た。それは暴力的なまでに武骨で巨大な鉄塊に鉄棒を引っ付けた雑な作りの棍棒であり、武器と呼ぶにはあまりにも使い勝手が悪そうな代物であった。

 小姓がロザーナの前にそれを持っていくと、ヴィルジェインはなんのためらいもなく指示を出す。


「ロザーナ、それでリューガの胸の辺りを思いっきり殴りつけるんだ」


「わ、私がですか!?」


「しょうがないだろう。ヴァレンチーナとノルベールは非常時の為に尋問に向かっている」

「力自慢の兵士でもこれは持つだけでも一苦労だ。だがドラゴネクターならば訳はない。ほれ、さっさとせんか」


「えぇ……私、治す側なんですけど……」


「なら治せばいい」


 微妙な顔をするロザーナだったが、有無を言わせないヴィルジェインの気迫に押されてしぶしぶ鉄塊を片手で持ち上げて龍雅に正対する。そして一呼吸し意を決したような顔をすると、慣れない様子で武器を構える。


「その、思いっきり殴るから……えっと、死なないで……で良いのかしら?」

「怪我したらすぐ治してあげるからね」


「いつでも良いぜ。いくらでも受けてやる」


 龍雅がそういうや否や、豪速の鉄塊が彼の胸めがけてフルスイングされる。金属と金属がぶつかり合う刹那の轟音が周囲に響き、使用人達は悲鳴を上げてしゃがみ込む。

 彼は目一杯の力で踏ん張りながら後退していき、最近張り替えられたばかりの床はその衝撃に耐えきれず無残にも抉られていく。

 やがて動きが止まると、彼はその場でうな垂れ動かなくなった。


「だ、大丈夫……? おーい…… ?」


(綺麗に当たったワネ。見たところ、血は出てないようだケド)


「……すっげぇ」


(あ、大丈夫そうね)


「すっげぇぜ博士! 全く痛くねぇ!」


「……痛くない、だと?」


「あぁそうだ! なんか胸に当たった感じはしたけどよ、痛みは全くねぇ! すげぇなマナイトってのは!」


「そうか……では次は鎖の部分だ。ロザーナ、頼むぞ」


 それからはしばらくの間、部屋中に金属音が響き渡り続けた。鉄塊は一撃毎にその巨体を擦り減らし続け、何十回目の殴打の時……鎧に傷の一つはおろか、龍雅に目立ったダメージを与える事なく、バキンッと音を立てて真っ二つに折れてしまった。

 素晴らしい結果にヴィルジェインは興奮するかと思われていたが、その表情は意外にも冷静なものであった。


「ふむ、予想以上と言ったところか……では脱いでおけ。次からはそれを着て行くことだ」

「ワシは別の用事が出来た。ではな」


 そう言うとヴィルジェインはさっさと部屋を出て行った。その振る舞いに、龍雅は思わず言葉を漏らす。


「なんつうか……ほんと思ったままに我が道を行くって感じだよな。あの博士……」


(あの男が居るからこそ、この国が成り立っている部分がある。大目に見ておけ)


(世話になってる側だ。声を荒げるつもりはねぇよ)


「ねぇ、貴方がサー・ヴィルジェインを呼ぶ時に言ってるその……ハカセってなに?」


「俺が居た場所だと、特定の物事に詳しい頭が良い人間の事をそう呼んでたのさ。まぁ、俺の勝手なイメージだけどよ」

「んで、あの人は頭いいだろ? だから博士だ」


「なるほどね。確かにハカセになるわね、あのお方は」

「それじゃ、治療も終わったから私は修練場の方に行くわね。何か用事があればそっちに来てちょうだい」


 ※  ※  ※


 龍雅達と別れ、廊下を足早に進むサー・ヴィルジェインの脳内ではある不吉な考えが巡っていた。その事について思案しながら辿り着いてのはヴィリアート・エステヴィスの居室の前であった。

 ヴィルジェインは扉の前にいる護衛達に声を掛ける。


「ヴィリーと話がしたい。開けてくれ」


 護衛は短くハッキリと返事をし、部屋の中に居る王にその旨を伝える。

 部屋の中から許可を伝える声がすると重々しい音と共に扉が開けられた。護衛達は剣を掲げてヴィルジェインに敬意を表しながら、彼の入室を見守る。その途中、彼は分厚い扉を叩き静かに微笑んだ。


(この扉もあの男の力を応用すれば全てマナイトに変えられるかもしれんな……まぁ、それは今度だ)


 豪奢な部屋の中、王は椅子に腰掛け窓に映る城下を慈愛に満ちた目で眺めていた。


「ヴィリー、相変わらずそこで街を見るのが好きなようだな」


「変わりゆく景色を見ながら、変わらぬ愛を実感するのが好きゆえな」

「それで、一体どうした? おぬしが直接来るとは珍しい」


「……リューガの証言で敵の目星がついた。ワシらの知っている者だ」


 その言葉に王の目は瞬間的に鋭いものへと変わる。王は口調は威厳に満ちた声で旧来の友へと問い掛ける。


「ワシらの知る者、と? つまり……あやつらか?」


「決まった訳ではないがな。だが、人間を竜の姿に変えたという技術には心当たりがある。それをできる人間にも」

「……あの谷で殺せたと思っていたが、川底をひっくり返してでも死体を見つけておくべきだった」


 そう語るヴィルジェインの手には、龍雅が持ち帰った竜の指らしき奇妙な物体が握られていた。彼はそれをかなりの憎しみが籠った目で睨みつける。

 王は再び問いかける。


「その心当たり、そなたの口から是非とも聞きたい。知ってはいるが確認だ」


「覚えておるか? この国でお前がドラゴネクターを主要戦力とすると決めた時に破棄された研究を。あの時は名を決めてはいなかったが、名付けるのであればそうだな……」

「……デチューン・ドラゴネクター。数多の竜の犠牲によって成り立つ、おぞましい兵士だ」


 王の顔が歪み、手には力が籠り、脳裏に嫌な記憶が蘇る。ヴィルジェインは更に続ける。


「適合する相手を見つけ出すのではなく、個人個人に適合するように竜に改造を施す、実に合理的だ。だが同盟関係にある以上、決してやってはいけない禁忌の手段」

「……マテウス・アロガンシア。ワシと共にマナの研究を行っていたあやつが生きていたとしたら……いや! 間違いない、奴は生きている!」

「こんな事を出来るのは奴しかいない! こんな恐ろしい物を作れるのは……!」


「ドラゴネクター達を呼ぶとしよう。確定ではない以上、兵士全員に話せないがあの者達には知らせておかねばならん」

「準備しておけ、ヴィル。恐らくだが一筋縄でいく相手ではない」


 部屋にあった小さなベルを王が鳴らすと扉の前の護衛とは別の兵士がやってくる。彼らはその場で王命を受けると迷わずにドラゴネクター達の元へ向かった。

 兵士達の背中を見送り、再び城下に目を向けた王はポツリと呟いた。


「……谷底から黄泉帰りよったか」

(この手を血に染めてまで得た平和、奪わせはせんぞ。亡霊共め……!)



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