苛烈なる返礼

 オズマールを撃破した龍雅は、残りの四匹を任せていたルイに手を貸すべく山を駆け上がっていた。

 幸いにもあまり下まで転がっていなかったために時間はかからなかったが、そこに広がっていたのは驚くような光景であった。


「おい! アンタ無事……か……」

「……こいつはすげぇや。氷祭りか?」


「! ご無事でしたか!」


 岩壁や木々の間に異形達は氷できた鎖のような物で雁字搦がんじがらめの状態で貼りつけられ、もがくことすら出来ない状態になっていた。

 息も切らさず服がまったく汚れていないルイの様子に龍雅は感心する。


「どうやら楽々って感じだな。習いながら思っちゃいたが、現場で使ってるの見るとほんとすげぇな魔法ってのは」


「アクアチェーンをフリジーングしたものを何重にも巻いてありますから、そう簡単には壊せません」

「それより手の方は大丈夫ですか? 血が凄かったですけど……」


「あ、これか? ちょっと身が見えてるぐらいだから大丈夫だ。あっちに戻ったらあんたの姉ちゃんにでも治してもらうさ」


「それは大丈夫って言わないんじゃ……?」

(しかしどうしよう? 今すぐにでもノルベール様に追いつきたいけど、僕が捕えている以上は監視しておく必要があるし……)

(でもセルジオが心配だし、だけどまだ生き残った十二番隊は山の中だろうし……こんな時に僕がドラゴネクターなら……!)


 ルイが己の無力さに苛立ちを覚えていると突如、空から何かが破裂するような轟音が響いた。龍雅はその音に驚いていたが、ルイはその音の正体を知っていた。


「うぉぉッ!? なんだ!?」


「これは……八番隊のエクスプローディング!」


「八番隊! ……何するところだったっけか?」


(八番隊は竜に鎧と鞍をつけて乗る者達だ。騎竜隊とも言われているな)


「あぁ、あのいっつも空飛んでる人らか! って事は空から来てくれてるって事か!」


 上を見上げる龍雅の横で、ルイは空へと手をかざす。そして彼がなにをしているのかと聞く前に口を開いた。


「僕の近くで屈んでてくださいね。びしょ濡れになりますよ」


「お、おう」


「フラッシュフラッド!」


 そう言うやいなや、彼の手から大量の水が天めがけて発射された。それはラピッドフローよりも、より早く、より真っ直ぐに、一本の棒のように勢いよく空へと駆け上がっていく。

 それに伴って溢れた水飛沫が彼らに降り注ぐが、ルイはその対策も怠らない。


「フリージング・シェル!」


 落ちてきた飛沫の一滴一滴が凍り始め、彼の手首を始点にして瞬く間に氷のドームが出来上がる。龍雅はどうせすぐに直るだろうと少し力を込めて軽く小突くが、全くもってびくともしない氷壁に思わず声を上げた。


「かって! 普通の氷とはちげぇのか」


「魔法によって生成された物質は自然に出来たものと比べると優れている点が多いんですよ」

「例えばこの氷なら硬度が上がって多少の火なら耐えられます。アルテニュレスにある氷塊よりも硬い自信がありますよ」

「まぁ、マナが無いと作り出せないって欠点はありますけど……あ、来たみたいです」


 ルイの魔法を目印にやってきた騎竜隊は、眼下で拘束されている怨敵の姿に目を丸くさせる。何人かは剣に手を掛け、その場で首を刎ねかねない程の殺気を放っていたが、ひと際凝った装飾が施された鎧を纏った隊員が制止する。

 その者は一人だけ地上に降りてくると、慣れ親しんだ様子でルイに挨拶した。


「やぁ、ルイ。いつ見てもアンタの魔法は凄いね」


「その声はマルチナ! 昇格したって聞いてたけど、その鎧……まさか隊長だったなんて」

「姉さんの報告はもう届いたの?」


「えぇ、ヴァレンチーナ様を向かわせるわけにも行かないから私達がって事でね」

「それと今は臨時よ。もうすぐダヴィ隊長が復帰するから、それまで……横の人が噂の?」

「私はマルチナ・サラサール、八番隊で騎竜兵やらしてもらってる。よろしくね」


「どうも、一応ドラゴネクターの龍雅だ」

(すげぇ鎧だな。頭のてっぺんから足先まで壁みてぇだ)


 両者が固い握手を交わすと、ルイは異形達を渋い表情で見つめながら彼女へ要請する。


「マルチナ、あれを牢屋の所まで運んでほしいんだけど……」


「……あいつらね、なんか聞き出せたの?」


「喚くだけで何も。それで、心して聞いてほしいんだけど……あれは全部元十二番隊の人達だ」

「原理は不明だけど、何かされてあぁなったみたい」


 その表情は鎧で分からないが、ギチギチと音が出るほどに彼女の拳は握られ震えていた。その様子を見かねてか、彼女が乗っていた竜が諫めるように声を掛ける。


「マルチナ、殺気を出し過ぎるものデハナイ。肉が逃ゲル」


「……分かってる、アーザス」

「じゃあ、私達はあいつらを運んでおくわ。みんなぁ! あのぐるぐる巻きを運ぶわよ!」


 隊長の号令に合わせて竜達が一斉に異形をその短く太い前脚で鷲掴みにし飛び去って行く。


「私達は一旦戻るけど、そっちは?」


「僕はセルジオを探すよ。無事だと良いけど……」


「俺もそれについてくぜ。こっちは騙し討ちされたんだ」

「土産のひとつも持たずに返すわけにはいかねぇ。お礼をしなきゃな……!」


「分かったわ。あ、ルイとリューガさんにロザーナさんと陛下から伝言」

「そっちには行けないから無事に帰ってくる事と、無理な追撃は禁止だってさ」

「深手を負う前に必ず帰ってくるのよ。それじゃ!」


 マルチナは颯爽と竜に跨り、アーザスと呼ばれた竜はその逞しい翼を広げてあっという間に遥か上空へと飛び去っていく。彼女達を見送ると二人はセルジオが走り去っていった方角へと歩み始めた。

 山の中を彷徨う中、ルイはしきりにセルジオのマナを感じとろうとしていたが、中々感知できずに焦っていた。


(やっぱりおかしい。人が開拓した土地よりもマナが多くなる傾向があるのは知ってるけど、こんな海の中に沈んだような感覚は初めてだ)

(相当近づかないと感知できない……! こうなると目で確認するしかないのか)


「あんた一人で来たのか?」


「え? いえ、ノルベール様と一緒に来ました。あの方が先にセルジオの後を追っているんですが……」


「うーん……上向いてもさっきの場所とは違って緑一色、俺は空飛べねぇしな」

「フェイカー、なんとかできねぇか?」


「一時的に接続を切って飛んで周囲を確認する、というのはどうだ」


「それ採用だ」


 フェイカーは龍雅の背中から閃光を纏いながら体を再構築すると、木々を引き裂き空へと向かった。


(いっつも体の中に居て忘れちゃいたが、やっぱデッケェよなアイツ)

(でもさっきの八番隊の竜に比べりゃちっちゃいし、小型なのか? あのサイズで)「さて、ノルベールが見つかると良いが……」


 吉報は思ったよりも早く来た。フェイカーのものと思わしき叫び声が何かを告げるが。


「あぁ!? なんて!?」


「ーーー! ーー!」


「ん?」

(この人なんて……あ! そういやフェイカーが居なきゃここの言葉分かんねぇんだったわ)

「おーい! 戻ってこーい! ……グェッ!?」


 急降下してきたフェイカーは龍雅の肩を掴み、そのままの勢いで再び彼の体へと入り込む。そして目にした事をありのまま伝えてきた。


「前方で木がかなり激しく動いている場所があった。獣が当たったにしては異常な揺れだ」

「恐らくあそこにノルベールは居る。急ぐぞ!」


「もうちょっとゆっくり降りろ! 肩が砕けるかと思ったぞ!」


「行きましょう!」


 鬱蒼とした道なき道を抜けると、そこには異形達に取り囲まれながら戦闘を繰り広げているノルベールの姿があった。二人はすぐさま戦闘態勢に入る。


「そっちの頼む! 俺はこっちだ!」


「はい!」


「君達、無事だったか! 伏せるんだ!」


「!! リューガさん! 指示に従ってください!」


 ルイの鬼気迫る言葉に龍雅は本能的に危機感を覚え、地面へ大の字となった次の瞬間、ノルベールはその場で一回転し周囲に風の斬撃を飛ばす。

 放たれた一陣の風は異形はおろかその背後にある木すらも切り裂き、一撃で敵を全滅させた。


「すっげぇな、おい。俺との修練じゃ使ってこなかった技じゃねぇか」


「あれはあくまで修練、これは殺す為の技さ。それに君達の姿が確認できなかったから不用意に出せなかったんだ。立てるかい?」


「あぁ、そこまで疲れちゃいねぇさ」


「ノルベール様! セルジオは……!」


「彼ならそこに居るよ。安心したまえ、体の方は無事なようだ」

「だがどうやら放心状態のようでね……声を掛けたが反応はしないんだ。今はそっとしておいた方が良い」


 彼の指した先には木にもたれかかって虚空を見つめるセルジオの姿があった。ルイは駆け寄りたい気持ちをグッと抑え、今後の指示を仰ぐ。


「ノルベール様、リューガさんが見たという不審者は……」


「あぁ、見つけはしたんだが……異形あれらをけしかけられてね。セルジオを護る為に追跡はできなかった」

「それ程時間は経っていないが、敵の手の内が分かっていないのに追撃というのもね」

「一旦、街へ戻ろう。兎にも角にもよくない事が起こっている。セルジオは私が担いでおこう」


 その時だった。ルイは背後の空間に満ちたマナの中から異様な気配を感じ取る。透明な水の中に、黒いインクを落としたような恐ろしい気配。

 その全身の産毛が逆立つような感覚に、彼は考える込むよりも先に声が出た。


「お二人とも! 後ろに何か居ます!」


 それと同時に茂みの中から何かが投げ飛ばされる。飛来物はぐったりとしたセルジオへ向かって一直線に飛んでくるそれを、ノルベールは弾き飛ばそうとする。

 だがそれよりも早く、龍雅が飛来物を手で掴んで阻止した。彼は握った手を広げてその正体を確認する。


「こいつは……なんだ? 竜の指…!?」

「感覚が似てやがる。あの時飛んできたのもこれか……! てめぇ、出て来やがれ!」


 しかし彼の言葉を無視し、謎の人物は何も言わずに空へと飛び上がった。


「あッ! 野郎、逃げやがった!」


「ルイ! セルジオを頼むよ!」


 ノルベールはセルジオを下すと、すぐさま後を追うようにその場から飛び立つ。

 取り残された龍雅は先程の一撃で開けた空を見ながら、ままならない状況に苛立ちを覚えていた。


「クッソ! 翼でも生えてりゃ追えるのに! フェイカー、なんとかならねぇか!?」


(無理だ。我の力がそなたの体の中で薄まっている以上、飛翔の力を与える事はできぬ)


「なんにもできねぇってか……!」


 激しい空中戦を繰り広げるノルベールと謎の人物の戦いは、ノルベールの優勢であるように見えたが、周囲に潜伏していた更なる異形達が加勢し彼はあっという間に劣勢に立たされた。

 ルイは氷の槍を飛ばして援護するが、激しく動く的には掠りもしなかった。


「こっちには来ねぇか。あくまであいつの足止めが目的か!」


(数がどんどん増えてる……! キリがない!)


 必死に考える龍雅の脳裏にある考えがよぎる。あまりに危険な行為であり、城内では決してできなかった事であった。


「なぁ! 魔法ってのはマナを外に出して固める、それが基本なんだよな!」


「え!? そ、そうですけど!」


「オーケー……! 魔法を撃つ! ノルベール、逃げろ! そっちは身を守れるもん構えてろ!」


 彼は両手にマナを纏わせ、湧き立つそれを包み込むような手の形にする。行き場が制限されたマナは次第に手の中で球体となり、凄まじいまでのマナの奔流を見せる。

 隣でそれを見ていたルイは、慌てて自身とセルジオの身を氷のドームで覆って防御の体制に入る。


「あれは……!」


(カーッ! 気に食わネェ! 俺よりすげぇ風を起こしてヤガル!)


「まともに食らったらマズそうだね……! 惹き付ける!」


 小さなマナの塊はより大きく、強く、輝きを増していく。やがてバスケットボール程の大きさになると、龍雅は自分の限界を悟る。


(これ以上は纏められねぇか……! 撃つ!)

「行くぜ! 吹き飛べやぁぁぁぁぁ!!」


 ノルベールの機転によって塊となっていた飛翔する異形達へとマナの塊を力強く投げつけ、ブレながらも目標めがけて飛び立った。そして異形の体に触れた瞬間、抑えられた力を解き放つかのように巨大化し閃光と轟音と共に周囲の空間を飲み込んでいく。木々は激しく揺れ、支えのない物は容赦なく吹き飛ばされ、異形達は抵抗する暇も与えられず消滅する。

 やがて放たれた力が散り散りになり、音も光も収まった後にはもう何も残ってはいなかった。


「自分で撃っといてなんだけど、やべぇな。これ……」


(軽はずみに撃つ物ではないな。山はおろか小さな国一つ吹き飛ばしかねぬ)


「おい! ノルベール、えぇとルイ! 無事か!?」


「僕とセルジオは無事です!」


 だがノルベールの返事がない。巻き込まれたかと焦り始めていた龍雅の肩を誰かが掴む。


「ッ! 生き残りか! ……ノルベールじゃねぇか! こんな時まで脅かすんじぇねぇ!」


「ハハハッ! ……逃げられはしたんだけどね。あまりの風圧で落ちてしまったよ」

「敵は全滅……と言いたいけれど、どうやらそを投げつけてきた人物にはうまく逃げられたようだ」


「ッチ、仕留めそこなったか」


「逃げられはしたけど……変わった初陣でよくやったね。周囲に敵が居ないか調べて戻ろうか」

「ルイ、頼んだよ。セルジオは私が預かるよ」


「オイ! ショーガ! さっきのが気に入らねぇからテメェは今日から俺のライバルダ!」


「龍雅だ! 俺は薬味じゃねぇよ」

(……しっかし気色の悪いもんだな、こりゃ)


(重要な鍵だ。無くすなよ)


(分かってるって)


龍雅の手の中で、竜の指のような何かが不気味に脈打っていた。



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