脅威との再戦
因縁浅からぬ異形との邂逅に龍雅は不思議な高揚感を覚えていた。立ち上がってもなお呻き続けるかつての戦友に隊員の一人が声を掛けようとする。
「お、おい……大丈夫か?」
「!! あぶねぇから離れろ!」
だが龍雅の叫びも虚しく、異形の鋭い爪が隊員の顔を素早く引き裂いた。真っ二つにされた両目を覆い絶叫する彼を異形化をまぬがれた者達が庇うように囲う。
(こんなせめぇ場所じゃ剣も使いづれぇな……!)
「おいあんたら! 俺が足止めしとくから怪我人連れて下山しな! ロザーナなら治せる!」
「で、でも私達だって戦士よ! 戦え……!」
「ここじゃあんたらお得意の剣は無理だろ! 素手で戦った方が早い!」
「それに怪我人背負ってあの勾配下るのに少人数じゃ……! 厳しいだろ! 死んだら何にもなんねぇんだから早く行け!」
「でもそれだとアンタが……!」
「……ッヘ! 俺は死人だ。死人はそう簡単に死なねぇよ!」
「分かったら下りて応援呼んでくれ! そっちのが可能性あるぜ!」
再三の要請に折れた隊員達は怪我した者を持ち上げ、外へと走り出した。
彼らを逃がすまいと襲い掛かろうとする異形達の首を龍雅の腕が後ろから力強く掴み、乱暴に洞窟の奧へと投げ飛ばす。
「おっと! わりぃがこっからは俺らと遊んでくれや。野郎一人と一匹だけだからって残念がるんじゃねぇぞ?」
(龍雅、今なら味方は誰もいない。一網打尽といきたいが……)
(洞窟に穴開けたら逃げられちまう。だから今は足止めして下山する時間を稼ぐ! 探知の方はそっちに任せるぜ!)
「さぁ! まとめてかかってきな!」
龍雅の声に呼応し異形達が一斉に襲い掛かる。彼は出口を常に背後にする事を意識しながら繰り出される拳や脚を捌いていき、的確に反撃を当てていく。その様子にフェイカーは感嘆のため息をもらす。
(なんという体捌き……やはり羨ましいな、その柔軟性は)
「そいつはッ! どうもッ! けどよ……ッ!」
彼の繰り出す一撃一撃は確実に異形達を後退させていたが、有効打にはなっていなかった。むしろその硬い鱗に拳を当てる度に装着していた防具はへこみ、穴が空き、使い物にならなくなっていった。
「クッソ! 手ごたえがねぇ!」
(にしたって妙だぜ。硬いもんを殴ってるはずなのに、同時に柔らかいもんを殴った感触もしやがる)
(恐らくだが……あの鱗の下に脂肪の層があるのではないか? 鱗で守り、衝撃は脂肪で吸収しているのだろう)
(じゃあ素手は厳しいか。でもこんなとこで剣振ってもかえって邪魔になる……!)
「……ッヘ、俺の手がいつまで持つかだな!」
壊れた防具を投げ捨てると、龍雅は不敵に笑った。
一方その頃、ルイとノルベールは山を見下ろせるほどに高い上空から龍雅達を探していた。ノルベールは自身の鎧につけられた革紐にぶら下がるルイを心配しながらも確認をとる。
「ルイ、何か見つけたかい?」
「すいません。まだ感じ取れていません」
(今日はやけにマナが溢れてる……この距離だと感知は難しいな)
(……それにしてもこれが有翼型のドラゴネクターの力、かぁ。こんな高い所まであんなスピードで来れるなんて……)
そんな彼らの様子に痺れを切らしたのか、ノルベールの中でテンプスターが叫びだす。
(まどろっこもこしぃナァ! 木ィ全部根っこからふっ飛ばしちまえば良いじゃネェカ!)
(……テンプスター、私達は別にここをはげ山にしに来たのではないんだよ。それに彼らを吹き飛ばしたらダメだ)
(ッヘ! アイツにあんなもん仕込んどいてよく言うゼ!)
(……にしても今日は森が変だナ。こんなにマナが溢れてるゼ)
(流石のルイもこれだと厳しいようだね……しかし近づいてしらみ潰しというには時間がない)
ノルベールがどうしたものかと頭を抱え始めた時だった。少しだけ開けた場所から空へと火球が飛ばされ、大きな音と共に爆発する。彼は動じず瞬時にその意図を理解し、ルイへ指示を飛ばす。
「ルイ! あそこまで近づく。人数の把握を頼むよ!」
「了解しました!」
(もうちょっと……感じた! 数は……怪我人?)
「数は六人、うち一人はマナの動きがかなり激しいです。あれはおそらく負傷してるものだと思われます」
「リューガは?」
「いません。ただ、強いマナの気配が感じますから近くにいるかと」
「分かった。降りるから構えておいてほしい」
地上へとゆっくりと近づく間、ルイは息をするのも忘れる程に集中し緊張していたが、下に居たのが十二番隊の面々であると気付くと安堵のため息をもらした。
だがその中の一人が顔からおびただしい量の血を流していると気付くと、自身とノルベールを繋いでいた革紐から手を放し急降下する。
「ルイ!」
「この高さなら大丈夫です! 応急措置ぐらいなら姉さんから教わってますから!」
「ラピッドフロー!」
そう言うと彼の手から凄まじい量の水が綺麗な弧を描きながら放たれる。十分の量を出したと判断すると「フリージング!」の掛け声でアーチは氷の滑り台となり、着地をアシストする。
十二番隊の元へとたどり着くとルイはすぐさま負傷者の状態を調べ始める。
(額の骨は切れてるけど脳は大丈夫……口の方も酷いけど、目が一番まずい……眼球が真っ二つになってる……!)
「どうしようルイ!? いくらやっても血が止まらないんだ!」
「とりあえず血を止める! 痛いけど耐えろ!」
そう言うと特に出血が酷いと判断した場所の血を凍結させていく。隊員は痛みでもがくが、いつの間にか体中に巻きついていた水の鎖で動きを封じられていた。その様子を見守っていた周りの隊員達はルイの妙技に感心する。
「すげぇ……無意識に無詠唱でアクアチェーン……」
「フリージングも使いながらよ。やっぱり私達程度の魔法はおままごとレベルね……」
姉から教わった初歩の治癒魔法で応急措置も施せたが、予断を許さない状況である事は変わらない。そこへノルベールが到着し、隊員達を尋問する。
「君達、簡潔になにがあったかを教えたまえ」
「ノ、ノルベール様……!」
「オズマールです! あいつが、あいつがあたし達を騙して……!」
「あっちの方の洞窟に……!」
「……分かった、とりあえず一呼吸して落ち着きたまえ。ルイ、周囲の警戒を怠らないでくれ」
そうしてノルベールはオズマールが王命を騙って隊員達と龍雅を騙した事、例の襲撃で見られた異形が現れた事、そしてそれはオズマールとその周りにいた隊員達が変化した姿だという事を知った。
驚愕の事実の数々にもノルベールは取り乱さず、冷静に指示を出す。
「君達は負傷した者を王都まで迅速に運び、さっき話した事を王へそのままお伝えするんだ」
「酷い怪我だがロザーナなら確実に治せる。行きたまえ!」
「は、はい! それとなんですけど!」
「どうやらリューガ様はなにやら怪しい気配を感知していたようで、セルジオがそれを単独で追跡して……! あっちの方角です!」
「セルジオが!?」
「それを早く言いたまえ……! ルイ、私はセルジオを追うからリューガの方は任せるよ! これを彼に頼む!」
ガントレットを受け取ったルイは隊員が指し示した方向と血の跡を追っていく。進めば進むほど血の跡は大きくなり、目的地への接近を予感させる。
鬱蒼とする木々の間を抜けた時だった。彼らが話していた洞窟と思わしき場所を見つけて中を探ろうとした瞬間、入口から龍雅が飛び出してきたのだ。彼の手は遠くから見ても分かるほどに血まみれであり、痛々しい傷口からは絶えず血が流れ出していた。
だが彼は全くひるむ様子を見せないどころか、興奮しきった様子で挑発をする。
「どうしたぁ! まだ手ぇからしか血ぃ出てねぇぞ! そんな大層なカッコしてそんなもんか、アァッ!?」
「リューガさん!」
「あぁッ!? ……あんた、この間の!」
「これを受け取って下さい! ヴィルジェイン様の作った貴方専用の防具です!」
彼は投げられた防具を受け取ると同時にタックルを仕掛けてきたこげ茶色の鱗の異形と共に、茂みの中へと消えていく。
「リューガさん!」
「洞窟ん中にまだ四匹いる! わりぃけどそっち頼んだ!」
「四匹……!? 分かりました、ご無事で!」
(気配……来た!)
ぞろぞろと出て来る敵を視界に捉えると、ルイは再び身構え周囲に雨粒のようなものを漂わせる。その表情はより一層緊張したものとなっていた。
「アクア・フィールド!」
(……実戦で魔法を使うのは襲撃事件以来、確実に勝てる方法で行く……! 見ててください。アンジェロさん!)
その頃、龍雅は小枝と葉っぱに揉まれながら坂道を転がり続けていた。こげ茶色の異形は彼を放そうとせず、鱗の硬さに物を言わせてより力を入れて回転する速度を上げようとする。
「放しやがれってんだ、この野郎……!」
(こんなに動いてちゃこれ着けられねぇぞ!)
(この距離なら……考えがある!)
そう言うとフェイカーは龍雅の肩から首を出し、異形の喉元へと渾身の力で嚙みつく。すると異形は絶叫し彼を投げ飛ばした。
空中に放り出された龍雅は何とか体勢を立て直し、木にぶつかりながらも着地する。
「ふぅ……そんな事できるのかよ」
「ぶっつけ本番というやつだ。前々から試そうとは思っていた」
「っへ、そんじゃこっちもぶっつけ本番だ!」
ルイから渡されたガントレットを装着すると、魔法を放つ時のように手にマナを集中させる。彼はそれが何でできているか聞かされてはいなかったが、感触とその外見からマナイトが素材であると見抜いていた。
龍雅のマナに呼応し、ガンドレットに緑色の筋が浮かび上がると彼は異形めがけて猛進する。異形も立ち上がると、繰り出されるであろう一撃に対応するべく防御の構えを取った。しかし龍雅は意に介さずパンチを放つ。
「こいつはかてぇぜ! ゥオラァ!」
「ッグ……!?」
それまで傷一つついていなかった鱗は一瞬にして粉々になり、攻撃を受けた腕はぐにゃりと曲がる。そして彼はそのままの勢いでもう一歩踏み込み、その巨体を軽々と殴り飛ばした。
吹き飛んだ巨体は木々をへし折りながら遠くまで飛び、重力に逆らうように転がっていく。
「こいつは良いな! 手が痛くねぇ!」
(逃げられてはまずいぞ。追え!)
「おうッ!」
異形が飛んで行った方向へ駆け上がっていき、もう一撃加えてやろうと息巻いていたが、そこに異形の姿はなかった。周囲を見回しながら必死に視界に捕えようとするがどこにも居ない。何をしたのか考える龍雅の脳裏にある光景がよぎる。
(十二番隊は山の中での任務が主なら杭跳びをやっててもおかしくはない……)
「ッ! 畜生、上かッ!?」
彼が勘づくよりも早く頭上から奇襲を仕掛けられ、咄嗟に防御の構えを取ろうとするが間に合わず、マウントを取られ首を締め上げられる。拘束から抜け出すため彼が首を掴む腕をへし折ろうとした時、予想外の光景が目に映った。
異形の目から大粒の涙が零れ、それまで叫び声や呻き声しか出さなかった口からオズマールの声でたどたどしく喋り始めた。
「オ、オマエガ……! イナケレバ、カゾ、カゾクハ……! ユルザナイ……!」
「トウサン……カアサン……ド、ドコニイル、ノ……?」
「……ッ」
(こいつ、オズマールだったのか……!)
「分かるぜ……辛いよな、一人ってのは……だからもう苦しませねぇ。一撃で決めてやる!」
そして殴るためにできた一瞬の隙を見逃さず、龍雅は彼の心臓があると思わしき場所めがけて高速の貫手を放つ。マナの輝きを纏ったそれはまるで空を切るかのように胴を貫いた。
異形は一瞬震えると断末魔の叫びも上げずに静かに絶命し、ゆっくりと倒れ始めた。その亡骸を龍雅は掴んでするりと抜け出すと、優しく横たわらせる。
「哀れな野郎だ……」
「……俺はここの宗教とかあんま知らねぇけどよ。天国で家族に会えるのを祈ってるぜ、オズマール。安らかに眠りな」
(不当な言い掛かりで襲われたというのに、随分と落ち着いておるな。龍雅よ)
「……正直、怪しまれても仕方ねぇ境遇だ。それに自分でも信じられねぇぐらいの好待遇受けてんだぜ? 知らぬ間に恨み買ってたって仕方ねぇさ」
「っま、だからって喧嘩吹っ掛けられたんなら全力で叩き潰すし、殺しに来るなら先に殺してやる。それだけだ……あんましいい気分じゃねぇけどよ」
(……そうか。手の具合はどうだ? 上に居るルイの援護はできそうか?)
「おう! 血が出てるだけだから問題ねぇぜ」
「……おいおい、こいつは……」
(あぁ、証拠隠滅というやつだな)
彼らの目に映ったのは横たわったオズマールの亡骸がバチバチと音を立てて燃えている光景であった。その炎は何故か植物には燃え移らず、凄まじい速度で亡骸を灰に変えていく。
「やっぱ死体を調べさせねぇつもりか……生け捕りした方が良いよな」
「……よし、行くぜ! フェイカー」
龍雅はルイを手助けすべく、元来た道を駆け上がっていった。
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