脅威との邂逅

 少しだけ時間は遡り、龍雅が入山した直後。

 彼ら十二番隊が山に入っていくその様子を、双眼鏡越しに訝しげに見ている青年は、背後に居る姉に疑問を投げかける。


「姉さん、今日は山の方に捜索する予定あったっけ?」


「私は聞いてないけど……何かあったの? ルイ」


「ちょっとあっちの方を見てみて」

「……あの鎧、十二番隊の人達だよね? あっちの辺りの捜索はもう終わったって聞いたけど」


「……確かに変ね。秘密裏の任務? でも例の襲撃絡みなら私達に何か言ってこないのはおかしい気が……」


「おや? 二人とも外を見てどうしたんだい?」


「ノルベール様! その、実は……」


 ちょうど通りかかった彼へ事情を説明すると、その穏やかな垂れた目が次第に険しく鋭いものとなり、しばらく考え込むと深刻そうな顔で話し始めた。


「ありえないな……例の相手はこの国だけでの問題ではない。取り逃すような事があってはいけないから、可能な限りの戦力を投入する筈だ」

「山地での行動に慣れてるとはいえ、十二番隊だけでの行動なんてさせるわけがない」

「何か作戦があるなら、必ずドラゴネクターには知らされる……今の隊長はオズマールだったか、何を考えているんだ?」


十二番隊あそこにはセルジオも居ますから……心配です」


「……ロザーナ、君はヴァーナと共にヴィリアート様にこの事を聞いてきてくれ」

「私は彼らの後をつける。……ルイ、君も来るかい?」


「え!? 僕が行っても足手まといになるのでは……」


「魔法に関しては君達姉弟に勝てる者はこの国に居ないよ。たとえドラゴネクターでなくても十分すぎるほどさ。むしろ来てほしい」

「リューガは……実戦になるかは分からないし、設備の整った都市に居た方が安全か……じゃあロザーナ、頼むよ。私達は十二番隊彼らを追う」


「おぉ! お前達、ちょうど良かった。リューガを見なかったか?」


 そこへやってきたのは黒いガントレットを両手に抱えたヴィルジェインであった。その呼吸は荒く、疲れ切って辟易しているといった表情をしている。


「リューガ? ロザーナ、彼は今日休みだろう?」


「はい。彼、基本休みの日は部屋から出てきませんけど……居ませんでした?」


「部屋に行ってもおらんし、廊下中の二番隊の奴らに聞いても誰も見ておらんと言っておった。あいつめ、どこに行きおった!?」

「せっかく専用の鎧が完成したというのに……!」


(不可解な十二番隊の動きに、行方知れずのリョーガさん……まさか)

「ノルベール様! もしかしてリョーガさんは十二番隊と一緒に居るんじゃ……!」


「それは早計だね、ルイ君。だが可能性は十分にある……とりあえず彼らを追おう」

「サー・ヴィルジェイン、念の為にお聞かせください。ヴィリアート様から例の捜索に関して何か仰っていましたか?」


「ヴィリーからか? なんも聞いておらんぞ」

「ノルベール! リューガのバカを探すなら見つけ次第こいつを渡しておいてくれ!」


(長年の付き合いであるサー・ヴィルジェインに何も仰らないなんてありえない。いよいよきな臭くなってきたね)


(ケケッ! 久々にようやく暴れられるッテカァ?)


(……領内だ。抑えてくれたまえ、テンプスター)

「かしこまりました。サー・ヴィルジェイン」


 嫌な緊張感が漂う中、ノルベールはガンドレットを受け取り、ルイと共に十二番隊の足取りを追うことにした。

 一方その頃、洞窟の中で突如の裏切りを受けた上に裏切者呼ばわりされていた龍雅は何とかして誤解を解こうとオズマールヘ必死に呼びかけていた。


「俺らは裏切者じゃねぇ! 一体全体何を根拠にそんな事言ってんだよ!?」


「根拠? 貴様らの存在そのものが根拠だ! 考えてもみろ」

「急な襲撃に、突然現れた異世界とやらか来た男。おまけにその男はドラゴネクターになれる程の素質を持っていて、更にそこへ未知の言葉を理解できる接続竜まで現れた!」

「こんな偶然が起こるわけないだろう! これは予め仕組まれていた必然に他ならない!」


「そいつは……!」

(畜生ッ! そこ突かれたら言い返せねぇじゃねぇか!?)

「そ、そりゃ、そう思われてもしょうがねぇけどよ! でも実際に起きちまったんだからしょうがねぇだろ!?」

「訳も分からずここまで来ちまったんだ! 説明して欲しいのはこっちの方なんだよ!」


 言い合いをする二人の周囲にいる兵士達はどっちの側へつくべきか迷っている者も多かったが、少しずつオズマールの味方をする者が増え始めていた。


(くっそ! 多勢に無勢ってやつか!?)


(無理もない。王国ここに居る時間はオズマールの方が長い、あちらが信用されるのは自明の理というものだ)

「そなたら、言いたい事は分かるが……これ程の事をしでかしておいて間違っていたら無事では済まされぬぞ。家族とて……」


 フェイカーの仕掛けた脅しをオズマールは鼻で笑う。その様子にフェイカーが怪訝な表情を見せると、彼は自分達の事情を語り始めた。


十二番隊わたしたちは首都の外である開拓地の周辺の警護が仕事なのは知ってるだろう。だから配属されるのは土地勘のある開拓地出身の者で固められている」

「……ここに居る者たちは皆、あの襲撃で家族が殺されている。一人残らずだッ!」

「孤独の身で失うものは自分の命だけ、恐ろしいなどという感情はない!」

「さぁッ! 皆で私達の怨敵を討とう! 家族の味わったあの苦しみを、まずはこいつらに味わわせてやるんだ!」


 彼の畳み掛けるような言葉を聞いてか、ついには剣を龍雅達へ向ける者まで現れ始めた。

 場の空気が龍雅討伐に支配され始めたその時、誰かが困惑しきった声でその空気を引き裂いた。一同の視線が捉えたのはルイの友人、セルジオ・ガレアーノであった。


「オズマール! お前やっぱおかしいよ!」


「セルジオ……急にどうしたというんだ。仇を取りたくないのかッ!?」


「そりゃ襲撃犯あいつらには痛い目を見せてやりたい! でも、この人がそいつらと関係がある証拠はどこにあるんだよ!?」

「お前ならもっとちゃんと裏取ってから詰めてくるだろ!」

「……この前の捜索からだ。一回はぐれちまって、何とか見つかって帰って来てからお前の様子がおかしくなった。なんか怒りっぽいし、雰囲気が変わってるんだよ……!」

「そんで急に陛下からの命令だっつって作戦立ててこっちの話も聞かずに進めるしよ!」


 セルジオが零した言葉をフェイカーは聞き逃さず、これ幸いにと捲し立てる。


「隊員の同意も得ずに王の名前を出して独断でこのような事を行い、混乱の最中に強い言葉で情に訴えかけ思考を誘導する……オズマール! 単なる怒りだけではないな、そなたは何を考えている!」


「…………」


 それまで怒りと自信で満ちた表情をしていた彼の顔はみるみる歪んでいき、青ざめていく。彼を支持していた者達も二転三転をする状況に狼狽し、再び状況が変わる事を待つしかできなくなっていた。

 オズマールは彼らをなんとかつなぎとめようと、再び情に訴え始める。


「よく考えてくれ! さっきも言ったがあんな偶然ありえない! 私達は家族を奪われたんだ!」

「みんなで仇を打とう! この国の為に、家族の為に、生き残った友の為に!」


 目を見開き、そう叫び散らす彼の異常な姿に流石におかしさを感じ始めたのか、ほとんどの者は後ずさりしながら距離を離していた。それでも尚、彼は声高に自身の正当性を主張し続ける。

 その様子を黙って見続けていた龍雅は周囲から感じていたに神経を尖らせていた。


(……フェイカー、とりあえず黙って聞いてくれ)

(外になんか居やがる。この感じは……普通の奴じゃないが、ドラゴネクター程強いマナは感じねぇ。なんだ、こいつ?)


(外へ体を出していてもはできるぞ。しかし、確かに何かが居るな)

(ドラゴネクターというには弱く、かといって普通の人間というには強いマナの波動……この状況、そして先程のセルジオという男の証言)

(外に居る何者かが怪しい可能性はかなり高いと見るべきだな。どうする? 魔法で先制攻撃しようにも、そなたのではここに居る全員が灰になるぞ)


(クソッ、強すぎるってのも難儀だな……!)

(……なんだ? 反応が増え……)


 何かを感知したのも束の間、外の何者かが洞窟の中ヘと何かを投げ飛ばして来た。


「なッ!? 避けろオズマール!」


「ヘ……?」


 龍雅の警告も空しく、投げつけられた何かはオズマールと彼の周囲にいた何人かの背中に突き刺さり、彼らは呻き声を上げながらその場でうずくまる。

 外の何者かはそれを確認するように覗き込み、うずくまるのを見るのと同時にその場から離れるように走りだした。


(逆光で姿が見えねぇ……!)

「おいテメェ待ちやがれ!」


 追いかけようとする龍雅の足をオズマールが掴み、その行く手を阻もうとする。振りほどこうと乱暴に揺さぶるが、彼は万力のような握力で握り続けて放そうとしない。


「クソッ! 放せってんだよ!」


「俺が追いかけます!」


「お、おい! 一人じゃあぶねぇぞ!?」


 龍雅の制止を聞く間もなくセルジオは洞窟から飛び出し、慌てた龍雅はオズマールの手首を握り潰しかねない力で掴み返した。


「こっち来てから色々とパワーアップしてんだ。潰れても悪く思うなよ! 治してくれる人がいるからな!」


 だが次第にその手首の様子がおかしくなっていく。少々細く柔らかいそれはだんだんと太く、硬く、そしてぶにぶにとした感触となり、驚いた龍雅が彼の顔の方を見るとその顔は光に包まれ、洞窟中を照らす程の眩い閃光を放っていた。

 他に呻いていた者達にも同様の現象が起こり始め、目を開けられない程に明るくなっていく。次に目を開けた瞬間、龍雅は忘れようもないあの光景を再び見る事となる。


「こ、こいつは!」


(なるほど、どうやら逃げた相手は例の襲撃犯の関係者で間違いないようだな!)

(だがの正体が人間だったとは……!)


 竜の頭に爬虫類のような鱗が全身にびっしりと生え、丸太のような腕や脚からはただならぬ威圧感が放たれ、呼吸をする口から覗く歯は研ぎ澄まされた刃物の如く鋭い。

 龍雅はガイアルドへやってきたその日に死闘を繰り広げた異形が、再び彼の目の前に現れたのだった。

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