迫る脅威の影

 決闘から数日後、すっかりロザーナと昼食をとる事が日課となっていた龍雅はその日も彼女と共にいつもの階段に居た。


「しっかしほんと広いなぁ、この国は」

「あの正面のでっけぇ門も、ここからじゃおもちゃの家の扉みてぇだ」

「おまけにこの壁の外も領地なんだろ?」


「北はアルテニュレスとの国境になるソウルド山までで……南はサタマディナとの国境になるサカールフンの森までね」

「まぁ確かに広いけど、それでもサタマディナの方が大きいわよ」


「東と西はどうなってんだ?」


「東は開拓中で今の所は向こうになにがあるかは分かんない。西の方の海はガイアルドの領内って事になってるわ」


「はぁー覚えること多いな! 俺は地理苦手なんだけど……」


「住んでればいずれ覚えられるわよ。慣れよ、慣れ」


「簡単に言ってくれるぜ……ごちそうさまでした」


 彼の手を合わせて発した不思議な言葉に彼女は首を傾げ、ためらいなく質問する。


「貴方がよくやってるソレ、前から気になったのだけど……」


「ソレってどれだよ」


「ほら、食事をとる前に必ずこう……手の平を引っ付けて何か言うじゃない」


「あぁ、いただきますとごちそうさまか。それがどうしたよ」


「それどういう意味なの? 儀式?」


 龍雅は困った。食前食後のそれは特に意識してやっているものではなく、無意識に行うごくごく当然の行動であったからだ。

 はたしてどう答えたものかと悩んだ末に、彼は幼少期に教わった事をそのまま伝える事にした。


「これは俺の親父とお袋が教えてくれた事なんだけどよ」

「いただきます、ごちそうさまってのは飯作ってくれた人や飯になっちまった命に対する感謝の言葉だってな」


「感謝の言葉?」


「別にこれ言わなくたって飯が口に入らない訳でもねぇし、箸が持て……そういやここには無かったな」

「飯をスプーンやらフォークやらで持てない訳でもない。でも言わねぇと落ち着かねぇんだ」

「なんつうかな……飯を食えるなんて当たり前の事だからこそ、感謝の気持ちだけは忘れたくねぇんだ。作ってくれる人達や他の生き物が居なけりゃ俺は飯も食えねぇからな」


「感謝……ね」


 彼女は考え込むような表情で最後の一切れを口に入れ頬張ると、龍雅の真似をして手を合わせ始めた。そして元気よく食後の挨拶をする。


「ごちそうさま! ……これで合ってる?」


「合ってるけど……なんでまた急に」


「気になったから聞いたのだけど、理由を知ったら私も真似したくなってみちゃった!」

「作ってくれた人や食材への感謝……私、それって凄く良いと思うの! 良い事教えてもらっちゃった」

「貴方のお父さんとお母さんにも感謝しないとね」


「そうか……喜んでくれるなら良かったよ」


 彼は両親が褒められたような気がして少しだけ嬉しい気持ちになった。

 そのまま昼食を終えてロザーナと別れ、軽く鼻歌を歌いながら自室に戻ろうとしていた彼を一人の男が呼び止める。


「リョーガ様、少々お時間よろしいでしょうか?」


「ん? アンタは……」


「ッハ! 私は十二番隊のオズマールと申します!」


(十二番隊……確か壁の外回りとそこでの戦闘担当の人らだったか)

(何とか番隊ってのの数が多いんだよな……覚えきれっかな)

(つうか様付けで呼ばれるのやっぱ慣れねぇな)

「一体何の用ですかい? 修練なら……」


「いえ! 実は……」


 そういうとオズマールは懐に隠し持っていた手紙を龍雅に手渡した。彼が手紙を見ると、そこには小さく「声に出さずその場で読むこと」と書かれていた。


(黙って読めってか。なになに……)

(北東の山中にて例の襲撃犯の拠点と思われる洞窟を発見。先制攻撃を仕掛けるべく十二番隊と作戦を共にするように……はッ!?)

「マジか…………ッ!」


 思わず声を出しそうになり慌てて自身の手で口を塞ぐ。目でマジか、と問いかければオズマールも唾を呑み、目でマジですと返す。

 突然訪れた初の実戦の機会に、フェイカーも興奮気味に喋りだす。


(いよいよ来たか! ようやっと尻尾を掴んだようだな!)

(だが……なぜわざわざ、このような回りくどい方法で知らせるのだ?)

(兵士全員を集め、王が直々に命令した方が士気が上がりそうなものだが……)


(確かにな……内密に済ませたいって事なのか? 直接聞きてぇが……そうだ)

「なぁ、実はちょっとこれから用事があってよ。手伝ってほしいからついてきてくんねぇか?」


「! ……かしこまりました」


 龍雅は人が少ない廊下にある適当な部屋に入ると鍵を閉め、燭台に火を灯す。そして再度、外から足音がしないのを確認すると口を開いた。


「これで誰にも聞かれねぇな。んじゃ単刀直入に聞くけどよ」

「なんでこんな方法で俺達にこんな大事な事伝えに来たんだ? 王様のご命令か?」


「……はい。先の襲撃でこの国ならず周辺諸国も大混乱に陥ったのはご存じかと思われます」

「それにより内通者が紛れ込んでいる可能性があり、奇襲を悟られないようにこのような手段をとらせていただきました」


「なるほどな……他のドラゴネクターにも伝えてんのか?」


「いえ、今回は我々十二番隊とリューガ様だけにございます。秘密を知る者はなるべく少ない方が良いとの事で……」


(聞きたい事がある。龍雅、少し出るぞ)

「その考えには一理あるが、これは重要な作戦の筈だ。サタマディナでも例の襲撃犯は補足したとは未だ聞いていない」

「連絡不足で連携が取れず逃すような事があれば、失望されるだけで済まされぬぞ? そのような判断をあやつがするとは思えぬが……」


「……我々も陛下の考えが全て分かる訳ではありません。ですが、きっと何か意味があると信じています」

「私見を言えば、ノルベール様もヴァレンチーナ様も重要な防衛戦力であり、ロザーナ様は我ら兵士達や市民達の怪我を治す重要な役割を持っています」

「ですからこれらを国の中心から遠ざける事は好ましくないのかと」


「そうなると、ここから離れられる者は我らだけ……せっかくやってきた機会を逃す手はない、か」

「……我は承知した。そなたはどうする? 龍雅」


「命令ってんなら断るなんてできねぇだろ。それに、これは俺達の初陣ってやつだぜ? 今の時点でどんだけ貢献できるか分かる良いチャンスじゃねぇか」

「それで、その作戦ってのはいつやるんだ? もう予定決まってんのか?」


「はい、作戦は既にこちらで決めてあります。こちらを……」


 そういうと彼は再び懐から、先ほどの手紙よりも小さく折り畳まれた紙を取り出す。紙には大まかな地図と作戦開始の合図が書かれていた。龍雅がそれにざっと目を通していると、とんでもない記述を見つけ出す。


「あ、明日……!?」


「はい、敵もどうやらもうすぐで動き出しそうだとの報告が上がっていましたから、先手を打つために速度重視の作戦にしています」


「ほんといきなりだな……分かった。とりあえず今日はいつも通り過ごさせてもらうぜ」


「私もこれから明日に向けての準備をしてまいりますので……それでは明日、山中にて会いましょう。くれぐれもこの事は口外しないようにお願いいたします」


 そうしてこの日はその場を後にした龍雅は、夜に再び計画書を読み込んでいた。作戦の内容は以下の通りである。

 山に入るのは龍雅を含め十三人。まず通常時と同じく巡回をしながら、山中へ攻撃を仕掛ける実行部隊が一人ずつ別の兵士と交代・入山し、あらかじめ隠してあった武具を装着。拠点まで近づき包囲、戦力の把握を行った後に突撃し短期決戦を狙う。この時に龍雅は巡回兵と同じ装備を身に着けておき、ドラゴネクターが来たと悟られないようにする。

 もし敵が包囲網を突破した場合は巡回に当たってる兵士に合図を送り、この作戦を他のドラゴネクター達に知らせカバーする。

 敵の情報が欲しいので極力生け捕りが望ましいが、抵抗が激しい場合は殺害も止む無し。


(マジで一気にケリつけるって感じだな。先陣を切るのが俺の役割ってところか?)

(しっかし魔法があるってのにやるのは殴りこみか)


(魔法自体は誰でも扱える。我ら竜であってもな。だがそれが戦力として役に立つかはまた別の話だ)

(それに役に立つのであれば中枢に置いて置きたいのだろう。ロザーナやルイ程の実力者であれば殊更だ)


(っへ、じゃあその分働かねぇとな!)


 そして翌日。指示通りに行動した龍雅は他の兵士達と同じ鎧を身に着け、草木を掻き分けながら山の中を歩いていた。自身がガイアルドに来た時の思い出に耽っていると、先頭を歩いていたオズマールが前方を指差し小声で叫ぶ。


「あそこだ……!」


 その声に合わせて、そこに居た全員が小走りで近場の茂みへ身を隠し、各々の得物に手を掛ける。静かな緊張感に包まれる中、オズマールの指示で気配を探知していた一人が洞窟の中の様子を伝える。


「中には……五人から七人、位置的に何かを囲むようにしているな」

「どうする? オズマール」


「……リューガ様、お願いできますでしょうか」


「良いぜ。俺が先陣切るってんだろ? でもその後どうする」


「リューガ様が先制攻撃をし、相手が混乱している間に我々がトドメを差します」

「奇襲性を高める為にランタンはつけないでください」


「なるほどな。感知してぶった切れ、か」

(……準備は良いか? フェイカー。初仕事だぜ)


(あぁ、できておる。そなたはどうだ?)


(もちろんできてるぜ……!)

「そんじゃ俺が中に入って一発ぶち込んだら叫ぶからよ。それを合図に入ってきてくれ」


 その言葉に一同が頷くと龍雅は剣を引き抜いて一呼吸し、身を屈めた姿勢から弾丸のような勢いで洞窟の入口めがけ一直線に跳び出した。そして敵が居るとされた場所に着くと同時に足元にあった砂利を前方めがけて蹴飛ばし、砂利が落ちぬ間に周囲を凪ぐ横一線を放ち、大声を上げた。


「今だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 その叫び合わせ、兵士達が雄叫びを上げながら狭い洞窟へ我先にと駆け込んでくる。彼らの持ったランタンが周囲を照らすと、そこにあったの衝撃的な光景であった。


「なッ……! 何だこりゃ!?」

(誰も居ねぇじゃねぇか!?)


 そこにあったのは、居たとされていた敵の姿はおろか誰かがそこに居た形跡すらないであった。

 想定していなかった事態に混乱する龍雅や困惑の声を上げる兵士達だったが、その中でたった一人冷静な表情を保っていたオズマールが驚くべき言葉を放った。


「皆! よく聞いてほしい!」

「我らの目の前に居るテンセイ・リョーガとフェイカーは裏切り者だ!」

「ゆえに我らで処分する!」


「はぁッ!?」


(なんだとッ!?)

「オズマール! そなた、気でも狂いおったか!」


「狂っただと? 私は正気だ! この薄汚い反逆者共め!」

「貴様達さえ居なければ、このような事にはならなかったのだ!」


「ッ……! ……! ……ッ!!」

「畜生がッ……! 一体なんなんだよ……!?」


(さて、見せて貰おうか……異界からのドラゴネクター・リョーガ)

(お前の実力、そして……あの方の脅威になるかどうかを)


 鋭い視線と刃をオズマールから向けられる龍雅に不穏な影が迫っていた。

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