妄執の剣

 深夜の修練場で睨み合う二人によって始まろうとしている決闘は、ルイの先制攻撃によって幕を切って落とされた。彼の鋭い突きを龍雅は剣で受け止め、鍔迫り合いながらも余裕そうな口ぶりで問いかける。


「どうやって決着つけるんだい? どっちかが死ぬまでか?」


「……先に立ち上がれなくなった方が敗北、というのは?」


「ッヘ! 良いね! 根性ある方が勝ちってか!」


 龍雅は力任せに彼を弾き飛ばし、その着地に合わせるように力強く駆けてゆく。彼もそれを予測してか、懐に忍ばせてあったナイフを投げつけ龍雅の接近を拒む。だが龍雅はそれを意に介さずナイフを弾き、猛スピードで間合いを詰めていく。


(あのスピードのナイフを見てから弾いた……!?)


「オラオラどうした! 止まってたら当たっちまうぜ!」


 剣の腹をルイに向けてフルスイングするが彼は間一髪で避けて再び距離を取る。互いに間合いをはかりながら、とるべき行動を導き出すべく頭を働かせる。


(あの人の剣……間違いない。まともに食らったら立ち上がる余力ごと吹き飛ばされる)

(一振り一振りが僕とは桁違い……でも……!)

(僕はアンジェロさんの弟子なんだ……! 勝たなきゃいけないんだ……! どうすればいい……!?)


(手に持ってるのも投げてきたのもナイフ……速さには自信アリ、ってか?)

(しかし天……天……)


(天水の魔法使いだ)


(……天水の魔法使いって有名なのか?)


(ガイアルドのアズリーラ姉弟……彼らの両親は実績のある魔法使いだ。二人とも幼い頃からその高い素質を評価され、それに見合った成長をしてきた聞く)

(特に目の前のルイ・アズリーラの攻撃魔法は豪雨や雹の如く苛烈……それゆえに天水だ)


(なら、なおさら近づいてさっさと決着つけねぇとな)

(……でも、なんでわざわざ剣での勝負なんて挑んできたんだ? 魔法使いなんだろ? 魔法使いってのは殴り合いもできないといけねぇのか?)


(我もそこが気になっておる。理由は分らぬが、あの鬼気迫る気配……相応の理由があるようだ)

(我が観察をしよう。そなたは戦いに集中するがよい)


「ッヘ……お言葉に甘えて!」


 派手な土煙を上げるほどの踏み込みで、今度は間合いをとる暇を与えず決めにいく龍雅。それに対してルイは回避ではなく、敢えて自身も踏み込んでいくという選択肢をとった。

 龍雅が剣を振るうよりも一瞬早く、ルイは自分に有利に間合いへと入り込む。そして得物を首に突きつけ勝利を宣言する……。


(これだけ近づけば有利なのはこっち! この勝負もらった!)


 ……筈だった。

 ところが龍雅が大胆な行動に出る。ナイフを突き出すよりも先に剣から手を離し、その手首を掴み上げたのだ。なにが起こったのか理解できないルイは一瞬だけ隙をさらしてしまい、それを見逃さなかった彼の頭突きをまともに食らい大きく後退した。

鼻血を垂れ流しながら状況を理解したルイは血も拭わずに彼を睨みつける。


「ふぅ……! あっぶねぇな。まさかあんな事してくるとはよ」

「その鼻は明日姉ちゃんにでも治してもらうんだな。よく知ってんだろ? ありゃよく効くぜ」


「……えぇ、もちろん」

(剣での戦いだっていうのに、剣を捨てて頭突きをしてくるなんて)

(セルジオだってやってこなかった……! ……でも)


視線の先にあったのは龍雅が手放した剣。咄嗟の判断で離したゆえに少し遠くに落ちてしまっていたそれを、ルイはより遠くへと蹴飛ばした。


「まぁ、そうするよな。これでそっちが有利ってわけだ」


「……それなのに余裕そうですね。そっちは素手ですよ」


「わりぃが伊達に喧嘩ばっかしてた人間じゃねぇからよ。素手でもあんたに勝てるぜ?」


「……ッ!」


間を置かずに挑発に乗ったルイはナイフを振るうが、龍雅はその一振り一振りを冷静に捌いていく。素手を相手にしているのに勝てるビジョンが見えなくなり始めていた彼の斬撃は次第に荒々しくなっていった。


(なんつうか……敵意がこの得物からしか感じられねぇな)

(これさえ視界に入れときゃどうにかなるか……にしてもなんで魔法を使わねぇ?)

(あの人の弟なんだから、魔法を使われたら勝ち目はねぇと思ってたが……)


(……分らぬな。我を奪う為に戦いを挑んできたのなら、それこそ魔法を使って早々に決着をつけるべきだ)

(刃物で勝つ、それに何か意味があるのか? いわゆる矜持というやつなのか?)


(……お前でも分からねぇなら直接聞くしかねぇよな!)


放たれた素早い突きを見切り、片足で保たれていたルイのバランスを腕力でもって崩し、軽々とその体を振り回すと地面に叩きつけ体を押さえつけた。そして龍雅は啞然とする彼からナイフを取り上げる。


「これで対等だな。まぁ、あんたにはまだがあるか。撃たねぇのか?」


「……使いません。魔法だけは……!」

「魔法に頼ったら……強くなれなくなってしまうんです……!」


「フェイカー寄越せってことはドラゴネクターになりてぇんだろ? ……殴り合いならあんたには負ける気がしねぇ。勝ちたいなら魔法使いな」


「貴方には……剣で勝たなきゃ……アンジェロさんに合わす顔が……!」


(……アンジェロ? ……あのアンジェロ・ドミンガスか!)

(思い出したぞ! この男はあのアンジェロ・ドミンガスの弟子だったか!)


(誰だそれ?)


(剣の達人と呼ばれていた男で数年前に病で倒れ死んだそうだ。そしてその男が唯一弟子にしたと言われているのが、このルイ・アズリーラだ)


(なるほどな。偉大な師匠に対する責任感ってやつなのか?)

「……なんで俺なんだ?」


「え?」


それまで彼を抑えつけていた手をどけて龍雅はその場で胡坐をかく。ルイはそれまで彼が放っていた好戦的なオーラが突如消えた事に困惑しながらも起き上がり、何かを言おうとするが上手く言葉が出ない様子であった。


「接近戦で勝ちてぇなら俺じゃなくて師匠ヴァーナのが強いし、こういった得物同士の決闘ならノルベールのがもっと上手だ」

「俺より長いこと王国ここにいるならそれは分かってんだろ?」


「それは……」


「それに、姉ちゃんと同じですげぇ魔法使いなんだろ? ドラゴネクターにならすぐなれそうなもんだが……」


「……いないんです。僕に対応した接続竜が」


「竜ならそこら中で飛んでるだろ。あくまで足りないのは人の方じゃねぇのか?」


「……ドラゴネクトする為には竜側の意思も大事なんです。マナバランスも姉さんが言うには結構シビアなバランスで成り立ってるらしくて……」

「それに、全ての竜が人間に完全に友好的な訳ではじゃないんです。あくまで中立っていうか……それで結局見つからないまま数年経ってしまって」


「……耐えられなくなって俺から奪おうとしたって事か」

「となると、なんでわざわざ俺なんだって質問に戻るわけだけどよ。新入りだから弱く見えたってか?」


最初の鬼気迫る雰囲気はすっかり無くなり大人しくなっていたルイは、突如堰を切ったように本音を叫び出した。。


「……貴方がッ! 貴方が羨ましかったんです! 僕よりも早くドラゴネクターになって!」

「それに僕よりも強い! 何年もあの人に教わってきた僕よりも!」

「……悔しかったッ! 情けなかったッ! 折角ドラゴネクター候補になれたのに……! 強さを証明したかったのに……!」

「才能がない事なんて薄々気づいていましたよ! それでも……! 諦めたくなかった……! 信じたくなかった……!」

「強い貴方を倒せれば……僕はきっと……! 証明が……!」


(おいおい、いきなり感情むき出しかよ。情緒不安定ってやつか? ……ッヘ、やっぱどっかで見た目をしてると思ったんだ)

「剣で勝って証明をしてぇから、魔法は使わねぇってか? まぁ、言いてぇ事は分かるけどよ」

「そりゃちょっと俺の事をなめ過ぎじゃねぇか?」


「な、なめてるなんてそんな……!」


「いいや、なめてんね。剣だけじゃ勝てねぇって分かってんならあんたの切れる札全部切るべきだ。魔法も剣もなんもかんも使って、勝ちに来るべきだぜ」


ルイの言い訳を龍雅はぴしゃりとはねのけ、厳しい口調で更に続ける。


ってなら尚更だ。別に剣の達人に師事してたからって、あんたが剣の達人になれる保証はない」

「上を目指す精神は素直にえらいと思うがよ。だからって現実から目を背けて、届かないと分かってる所にいつまでも固執したって酷い結末しか待ってねぇぜ」


「…………」


「それに、別にそのアンジェロさんとやらから教わったもんを何一つ身につけられなかった訳じゃねぇんだろ? あの動きは少なくとも素人じゃなかったぜ」

「ところで魔法使いってのは剣の方も達者じゃなきゃいけねぇのか?」


「え? えっと……魔法使いは基本的に後衛で、前には出ませんから……剣技を覚えようとする人はほとんど居ません」


「じゃあ十分じゃねぇか。あんたにはすげぇ魔法使いの素質があって、そんですげぇ剣士から並み以上には剣の腕を引き継いでる」

「けど剣の腕だけに拘って魔法を疎かにしちまったせいで、剣だけじゃ大した事ないからいつまで経っても芽が出ない、なんて師匠が可哀そうじゃねぇか」


「……ッ! だから僕は……!」


「もっと剣の腕を鍛えて応えようとした、だろ? でもそうじゃねぇだろ」

「生まれつき持ち合わせた魔法と師匠から教わった剣、両方使って全力出してこそあんたの……になるんじゃねぇか?」


その瞬間、ルイの脳裏にアンジェロの最期の言葉がよぎる。

「道を踏み外さなければどんな形でも良いから強くなれ」

なぜ気づけなかったのか、なぜ自分は魔法使うことが弱さだと考えてしまっていたのか。すとんと腑に落ちたがゆえの疑問が頭を駆け巡り、涙となって零れ落ちていく。

その様子をどこか安堵したような顔で龍雅は見つめる。


「……まぁ、話半分に聞いといてくれや。俺は人様にこんな説教できるような真っ当な人生送っちゃいないからよ」

「んじゃ俺の勝ちって事で今回はお開きでいいか? いい運動になったぜ」

 

「あ、あの!」


その場から去ろうとする龍雅を呼び止めるルイの目は、少しだけその輝きを取り戻していた。


「ん? なんだ? まだやるなら別に良いけど……」


「な、なんで僕を助けてくれたんですか!? 僕はやってはいけない事をしてしまったのに……」


「助けた覚えはねぇよ。ただその目となめくさった戦い方されたのが気に入らなかっただけだ」

「……と言うか、いけない事? なんかマズいことでもあんのか?」


(龍雅よ。ドラゴネクターは国の重要な戦力であるのは覚えておるな?)

(それに意図して危害を加えようとしたとなると、国家への反逆と捉えられ最悪の場合極刑になるかもしれぬ)


「なっ!? マジかよ!」

(かーっ! めんどくせぇなこの立場!)

「……うーん、そうだな。じゃあここはお互いなにも……」


「ちょっとー! こんな時間になにしてるのよ、そこの二人!」


聞き馴染みのある怒号に二人は面食らう。入口からずかずかとやって来たのはロザーナであった。彼女はそこに居たのが弟と龍雅である事を確認すると心底呆れたような表情をする。


「……なんでルイと貴方がこんな夜中にここに居るわけ?」


「姉さん。これは……」


「いやぁ! 夜中に自主練してたらよ! 同じ考えの奴がいたもんでよ!」

「これもなんかの縁って事でちょっくら付き合ってもらってたってわけよ! な!」


「えっ!?」


龍雅はルイと肩を組んで苦しい言い訳をする。混乱するルイに「良いから合わせろ」と耳打ちすると、彼もぎこちなく言い訳し始めた。


「そ、そうなんだよ! 偶然誰かが居たから一人でやるよりはって……」


「あのナイフ、アンジェロさんに貰った物よね」

「って事は剣技の練習? 前にもうやっちゃダメって言ったよね?」


「ッ! それは……!」


「は? 禁止されてたのか!?」

(ちゃんと言ってくれよ! そういう事!)


「えぇそうよ。なんだか憑りつかれたみたいにするものだから、心配になってお父さんがもう止めなさいって言ったのよ」

「それ以来、する様子がなかったからちゃんと止めたと思ってたんだけど……まさかこんな夜中に隠れてやってたなんてね」


「姉さん……」


「……ルイ、家族だし貴方の事はよく知ってるから中々言い出せなかったけど……もうアンジェロさんの影を追うのはやめて」

「お姉ちゃん、これ以上辛そうな貴方は見たくないの」


「……それなら大丈夫だよ姉さん。なんだかもう少しで……今の自分から抜け出せそうな気がするんだ」


「……へ?」


その返答が予想外だった為か、彼女は素っ頓狂な声を上げる。少し緊張感のあった空気が一転して緩んだものに変わり、龍雅はその変化を見逃さなかった。


「……んじゃ、夜も遅いって怒られたし今度こそお開きだな」

「ここの明かりを点けたのは俺だし、後始末は俺がしとくぜ」


「うーん、なんか気になるけど……まぁ良いわ」

「あ、これだけは覚えておいて。こんな夜中に人気のない所で誰かと会うなんて内通者だと思われて処刑されかねないんだから、もうやめてよね」


「また処刑かよ……分かった。今後はやめとくよ」


「よし、じゃあルイは早く部屋に戻っておきなさい。私は片付け手伝うから」

「手伝いはいらない、とかは無しよ。二人でやったら早いでしょ?」

「あ、待ってルイ! その鼻治してあげる……よし、これで完璧」


「えっと……リューガさん。今日はありがとうございました」


感謝の言葉を伝え、姉に言われるまま帰っていくルイの姿が見えなくなると、彼女は龍雅に問いかける。


「あの子に何言ったの?」


「別に大した事は言ってねぇさ」


「ひょっとしてルイの事で愚痴をこぼしてたのを覚えててくれたの?」

「……ありがとう。正直、最近のあの子にどう接して良いのか分からなかったから」


「どういたしまして。あんたには滅茶苦茶世話になってるからな、恩返しみたいなもんさ」

「それに家族の仲が悪くなっちまうなんて、たまったもんじゃねぇからな。やっぱ仲良い方がいいぜ」


「ふふっ……そうね。今度じっくり話してみるわ」


手際よく片づけを済ますと二人はそれぞれの部屋と戻り、眠りについた。

この数日後、事態が急変するとも知らずに……。


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