発覚:接続不良

 サー・ヴィルジェインによって告げられた天清龍雅てんせいりゅうがはドラゴネクターになれない、という仮説。これからドラゴネクターとしての成長を期待されている彼に対してのあまりにも唐突で無慈悲な宣言に、龍雅とロザーナは閉口するしかなかった。そしてヴィルジェインは淡々と語りだす。


「まずはあの大爆発だが、原因はマナのオーバーロードだ。まぁ要は、袋に入りきらないだけの水が入って、袋が破裂したようなものだ」

「だがあれは、この国で最も多いマナを持つドラゴネクター達を基準に何倍にもした非現実的な値まで計測できる筈だった」

「しかし、それが破壊された……となれば、お前は明らかに異常な量のマナを保有している事になる」


「……まさか、マナバランスとかが釣り合ってねぇって事か!?」


「ほう? それを知っているなら説明しやすいな」

「まさにその通りだ。通常は起こりえない筈の、竜側のマナ不足が原因でお前は竜の力が使えない」

「その状態で竜の魔法を使おうとするのは、さながら大河に混ぜられたコップ一杯分の塩水を探り当て、手で掬いとる事に等しい。ロザーナですら無理だろうな」


「そんな……じゃあ、ドラゴネクターじゃなくて普通の兵士になるんですか?」


「バカを言え、こんな逸材中の逸材を普通の兵士にしてたまるものか。幸い、フェイカー自身は自我を保っているようだからな」

「それにこいつがいれば、かつて中止した研究も再開できる……! ついてこい、もう一つ試したい事がある!」


 そう言ってそそくさと元居た部屋へと歩き出したヴィルジェインの背中を、困惑した表情で見つめる龍雅に、彼の言葉に何か思い当たる節があるような顔をするロザーナ。

 彼女の「行きましょうか」の言葉で、二人も後に続いた。


(どうやらヴィルジェインは、初めからこの事態を予測していたとみえる。急に魔法を教えさせたのもその為だろう)


(万が一にも俺が出せてたらどうするつもりだったんだか……おっかねぇ爺さんだぜ)

(お前は気づいていたのか? 俺が竜魔法とかを出せないってのを)


(分からなかった。なにせ知識としてのドラゴネクトは知っていたが、実際にドラゴネクトをするのは初めてだ)


「ここで待っておけ。すぐに引っ張り出してくる!」


 部屋に戻るなり再びどこかへ消えていく彼の背をすっかり慣れたような目で見つめる二人は、これからどうすべきかを話していた。そこへ、片づけを終えたドラゴネクターのもう一組がやってくる。


「外で凄い音がしてたけど何だい、ありゃ?」


「えっと、この人が魔法撃ったら凄いのが出ちゃいまして、あはは……」


「色々とあって挨拶が遅れて申し訳ないね。私はノルベール・ピレス、気軽にノルベールと呼んでくれ」


 そういってにこやかな顔で差し出される手を、返しの一言と共になんの疑いもなく握る龍雅。軽く手のひらが触れた瞬間、腕から肩にかけてまるで骨の中を一陣の風が吹き抜けたかのような感覚に彼は襲われる。驚きで声を上げた彼に、ノルベールは表情を変えず弁解する。


「いや、すまないね。挨拶代わりのちょっとしたイタズラさ」


「アハハ! ノルベールの奴はいっつもこうなのさ。アタシも一回やられてねぇ……まぁ、悪く思わないでやってくれ」


(人畜無害そうな顔しといてやってくれるぜ……)


「それでローザ、ヴィルジェインの爺さんは何をしに行ったんだい?」


「それがですね……」


 ロザーナは先ほどの出来事で判明した事実を一つ一つ話していく。最初は興味深そうに感嘆の声を漏らしていた二人だったが、最後に出された「天清龍雅はドラゴネクターになれない」という情報に面食らい、ヴァレンチーナの方はどうしたらよいか分からない様子だった。

 だがノルベールは心当たりがあるような表情でロザーナに問いかける。


「ロザーナ、もしかしてなんじゃないかい? 確か試作品のいくつかを残していただろう?」


「ノルベール様も気づきましたか。私もそう思ってます」

「でも……本当に大丈夫なんでしょうか?」


 だがそんな彼女の心配をよそに、ヴィルジェインが噂のを持って戻ってきた。の正体は、光沢感のない黒緑色の剣であった。

 彼は手に持ったをずいっと龍雅の前に突きつけると、口早に喋りだす。


「これはマナイトと名づけられた鉱石を使った武器の試作品だ。これを持て」


「これを持つだけで良いのか? てっきり変な装置でも取り付けられるかと思ってたぜ」


「魔法を使う感覚は覚えておるな? あれと同じ事をしろ」

「その剣の中にマナを流し込むように、だ」


 言われた通りに龍雅が力を込めると、それまで見えていなかった葉脈のような筋が剣に現れ、発光し周囲から歓声が上がる。

 次に何をすればいいのかと彼がヴィルジェインの方に向くと、ヴィルジェインはそれまで見たこともない狂喜に満ちた表情でその光を眺めている。

 あまりに凄まじい表情に彼が少し引いていると、ノルベールがヴィルジェインに変わって説明しだす。


「それに使われてるマナイトという鉱石は、結晶同士の間にある小さなマナパスにマナが流れる事で、剛性と強度が飛躍的に高まる……そんな特性があるんだ」


「硬くなるってか? そいつは良いな」


「だろう? ……だけど、その素材には致命的な欠陥がある」

「それは特性を引き出す為に必要なマナの量が異常だってことさ。かつて国の計画で、それを一般兵士の武器に使おうって事になってたんだがね」

「今、君が持ってる位のサイズになるとロザーナですら賄えない量を要求してくるものでね。計画は中止になった」


「だから俺にか……で、どうなんだ? これで良さそうか?」


「良いもなにもあるか! 最高だ! よくぞここに蘇ってくれた!」

「なんでも良い! とりあえずそれで何か斬れ! いいか、真っ二つだぞ!」


(なんでも良いはねぇだろ!?)


「ではこれを使ってみようではありませんか」


 そういってノルベールが取り出したのは短剣。しかし兵士達が手にしていた銀色の物よりもほんの少し黒みがかっている。彼はそれを近くの壁に垂直に突き刺す。


「これはマナイトを約十パーセント混ぜたドラゴネクター用の短剣さ」

「通常の短剣よりも壊れにくいが、その純度百パーセントの剣ならなんてことない筈……さ、マナは流してあるから派手にやってみてくれ」


 ノルベールに催促されるままに龍雅は「よぉし」と突き立った短剣の前に立つと、マナイトの剣を両手で振り上げ、一気に振り下ろす。すると剣はまるで薄い紙のように短剣をスパッと切断した上に、ぶつかった床を全く引っかかる様子も見せずに滑らかに切り込んでいた。

 おぞましいほどの切れ味に振った本人は顔を引きつらせる。


「おいおい、なんじゃこりゃ……!?」


「これはこれは‥‥仮説は聞いていたが、ここまでの切れ味とはね」

「正式採用できなかったのが惜しいですね」


「まったくじゃ! ……だが、こいつになら使える」

「それに専用の武具にするなら、細かい反映も素早くできる! よし、倉庫にある試作品を全て試すぞ!」


「全部!? 一体いくつあるんだよ!」


「ワシにも分からん! あるだけやるぞ!」


 それからは嵐のような時間であった。次々と引っ張り出されてくる奇怪な試作品を、着ては脱いでに持っては置いての繰り返しに加えて、ヴィルジェインの思いつきをその場で実行したりと、やれる事をその場で全てやる勢いで行われた試験が終わったのは、日が落ち始めて辺りが暗くなりだした頃であった。

 着せ替え人形の如く、何時間にも渡り早着替えをさせられてすっかり疲れきっていた龍雅は、これから自身の部屋となる場所の前まで案内されていた。


「はぁ……はぁ……忙しくなるとは聞いちゃいたが、あんな目に遭うなんてな」


「あそこまで興奮してたあの人は私も初めて見たわ……お疲れ様」


「ハッハッハ! これからもっと疲れる事が待ってるんだ。最初はこれくらいがちょうど良いさね」

「それに、ヴィルジェインの爺さんにはこれからずっと世話になるんだ。今のうちに慣れとかないと後々大変だよ」


「さて、それじゃあ疲れてるところ悪いんだが明日の予定を……」


「オイ! ノルベール! 俺にも紹介をサセロ!」


 それまで聞いたこともない調子のよさそうな声が、廊下に響き渡る。声の主は彼の返事を聞く前に早口でまくしたてるが、ノルベールは慣れたような顔で答える。


「テンプスター、彼は今日いろいろと大変だったんだ。あまり情報を与えすぎるのはよくないよ」


「後で挨拶すんのも今すんのも変わんネーダロ! 出るゾ!」


 そう言うとテンプスターと呼ばれた存在はノルベールの肩からよじ登るように現れる。

 その体は彼と同じ薄緑色であり、大きな前脚には翼がついている。そして何よりも特徴的なのはそのペリカンの嘴のような尖った口に、頭頂部から平行に伸びた二本の平たい角。龍雅はそれを見て思わずこう呟いた。「プ、プテラノドン……?」と。

 テンプスターは勢いを止めずに彼にもまくしたてる。


「ヨォ新しいノ! 俺様はテンプスター様ダ! フェイカーと新しいの同士、ちゃんとヨ! 」


(そなたよ。少し出るぞ)

「……テンプスターサマ、それを言うならではないか?」


「……コマケー奴だなオマエ!」


「二人とも落着きたまえ……まったく、君は本当に突風のようにせっかちだな」

「リョーガ、彼はテンプスター。私の相棒で調子の良い奴さ」


「よ、よろしく……ロザーナの相棒がクーラで、ノルベールの相棒がテンプスターで……あれ、そういやなんて呼べば……」


「ん? アタシかい? ヴァーナで良いよ。子供の時からそう呼ばれてんのさ」

「そんで、アタシの竜はコイツさ!」


 彼女が腕に乗せてみせた竜は、四肢が太く短く、体は平らであり、その背中には小さな峰々のような岩塊が連なっている。龍雅はそれを見て声には出さなかったが、心の中でオオサンショウウオを想起していた。

 その岩のような竜は彼を見つめると、たどたどしく話し始めた。


「ワレ、名、ローシャ、たのむ……よろしく」


「思慮深いし、竜にしちゃかなり大人しい方なんだがね。どうにも人の言葉に慣れないみたいだから、大体はアタシが代わりに伝えてるのさ」


 そこへ三匹の竜に呼応するかのように、クーラもロザーナの肩から現れ、四匹の竜と四人のドラゴネクターが揃い踏みとなった。

 その光景に、ロザーナは少し不安そうな顔で口を開く。


「壮観ですけど……これでまたガイアルドにドラゴネクターが増えたら、もう流石に他国も黙ってないんじゃ……」

「おまけに彼、いろんな意味でとんでもないし……私が言うのも、あれですけど」


「それはむしろ、チャンスと捉えるべきではないカシラ?」

「今は大騒動の真っ最中、ここで私達が諸問題を正しく解決すれば、他国も文句は言えナイワ」


「クーラの言う通りだよ。アタシらが間違った事をしなきゃ文句言われる筋合いはないってもんさ」


「テンプラスター、今後、もっと、火を、つけろ」


「テンプラじゃネェ! テンプスだこのヤロー!」

「それに俺様は嵐を使うんダヨ! 火は使わネェ!」


「それと、火をつけてはダメだ。気を、つけなくてはな」


「……確か、学んだ、ありがとう。気をつける」


「なんだか一気に騒々しくなったな……もうちょっと堅苦しいもんだと思ってたんだが」


「良いじゃないか。私は静かにしているよりも、これぐらい騒がしいのが好きだよ」

「……さてリューガ、明日は陽が昇って、明るくなってから修練を始めようと思っている」


「ん? 陽が昇る前の早朝とかじゃねぇのか」


「早朝ってアンタ……ひょっとして太陽が昇ってない森の暗さを知らないね?」

「あんな場所じゃ修練どころか、歩くのだってお断りだね」

「やるなら、太陽が地平線と空のてっぺん間くらいに昇ってからじゃないとダメだよ」


「まぁ、そういう事だから今日はもう夕飯を食べて寝るといい」

「夕飯は給仕が持ってきてくれるからね。それじゃあ、良き夜明けを」


「お、おぅ……おやすみ」


 ぞろぞろと各々の部屋と戻っていくドラゴネクター達の背を、静かに見つめる龍雅。彼は部屋へ入ると、置かれたベッドを、机を、椅子を、一つ一つ見回しながら湧き上がる感情を噛みしめていた。


「こっから……こっから、ここで生きていくんだよな」


(今、実感したのか)

(その通り。そなたはここから、この国のドラゴネクターとなるのだ)


「……龍雅でいい。いちいちそれで呼んでたら、誰が誰だか分かんなくなっちまうだろ?」


(そうか、では龍雅よ。まずは夕飯にするとしよう)

(そなたが食べれば、我の腹も満たされる。我も腹が減った)


「そいつは経済的だな。でも給仕さんってのが来ねぇと……」


(……どうやら来たようだ)


「ほんと便利だな。その探知能力」


 給仕が持ってきた料理と着替えを受け取り、同時に風呂場に相当する施設の場所を聞き出した龍雅は、食事の前に体を洗いに行った。

 その晩、水の冷たさに驚いた彼の絶叫が城内に響き渡ったという。

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