物騒な魔法ビギナー

 ヴィルジェインの指示により修練場に呼び出された天清龍雅てんせいりゅうがは、ロザーナ指導のもとで魔法の練習をする事となった。


「さて、サー・ヴィルジェインが来る前に魔法について説明しておくわね」

「魔法とは、マナを消費して起こせる色んな事を指す言葉よ」

「例えば、貴方を助けた時のアイスボルトも魔法だし、治療をしたのも魔法」

「この蔓も魔法で出来た物よ」


「便利なもんなんだなぁ……そういやよ」


「なに?」


「あんたもドラゴネクターなんだよな」

「って事は、あんたの中にも居るのか? フェイカーみたいなのが」


 彼女はきょとんとしたかと思えば、何かに気が付いたようにハッとし、手を叩いた。


「そうだ! すっかり紹介し忘れてたわね」

「クーラ、出てきて」


 すると彼女の肩辺りから、まるで青々とした葉のような鱗と四本の脚を持った蛇のような竜が現れた。その竜は女性のような声で挨拶する。


「ドウモ、新たなドラゴネクターのリョーガ」

「ワタシはクーラ。この子の接続竜ヨ」


「お、おぉ……どうも」

(竜なのに翼がねぇんだな)


(竜も生き物、我とは種類が違うのだ)


「実はこの蔓なんだけど、本来は私が使える魔法じゃなくてクーラの魔法なのよ」

「クーラは森の中に住む竜の一匹でね。植物系の魔法が使えるの」


「植物系? 系統でもあるのか」


「えぇ、大雑把に分けて七つね。いきなり全部言っても混乱すると思うから言わないけど……まぁ、ここで生きていれば自然に覚えてくると思うわ」

「本来、人間にしろ竜にしろ、扱える魔法の系統ってある程度方向が決まってるの」

「私なら水と氷ね。一応は努力すれば別系統の魔法も扱えるんだけど、そこは才能も重要になってくるわね」

「でもドラゴネクターなら話は変わるわ。違う系統を扱える竜とドラゴネクト出来たら、その竜の持つ魔法を人間が扱えるの」


「竜の体はマナに分解されるだったか……つまり、竜のマナってのを選んで使ってるって事なのか?」


「そういう事ね。話が早くて助かるわ」

「それじゃ、魔法の基礎中の基礎を教えるから見ててちょうだい」


 彼女の手のひらから、揺らめく煙のような緑色の光が漏れだす。それはゆっくりと水に変化し、更に球状になった。


「これが魔法。私の手から煙みたいなのが見えたでしょ? あれがマナなの」

「魔法の基本は体内のマナを外へ出して、変化させて、固定化させる事よ」

「まずは準備運動。とりあえずこのマナを出すのからやってみましょう」

「手のひらの中心に向かって力を入れる感じよ。やってみて」


「手のひらに、か……よし」


 彼はゆっくりと力を入れていくが、何も起きない。更に力を入れるが、赤くなり、全身がプルプルと震えるばかりである。ロザーナもその様子を息を呑んで見守るが、結局は何も起きなかった。

 顔を真っ赤にして呼吸が荒くなった彼の代わりに、フェイカーが話し始めた。


「ふむ、どうやらマナパスが完全に通ってないようだな」


「え、そんなことってあるの?」


「マナの流れができていないらしい。ロザーナよ、少し手を貸してやってくれ」


「流れってことは、私のマナをちょっと流すだけで良いのかしら……分かったわ」


 そう言って彼女は龍雅の手を握ると、彼の体に不思議な感覚が流れ込む。これまでの人生で味わったことがないような感覚に、彼は戸惑う。


「こ、これはなんだ……? 皮膚の下になんかが流れてる……!?」


「それがマナ、人の体にはマナパスっていうマナの通り道があるの」

「血が流れてる血管ってあるでしょ? あれのマナ版よ」

「マナはこのマナパスから放出するの。どう? 指先まで感じられた?」


「お、おう……なんか水みてぇだ」


「あら、私と感じ方が同じなのね」

「人によってマナの流れの感じ方は違うのよね。どう、フェイカー?」


「ふむ、並程度には巡っているようだ」

「もう一度やってみせよ」


 彼は再び力を込める。そうすると、手のひらから僅かに煙のような物が立ち上りだす。彼自身を含めたその場にいた全員が感心した次の瞬間だった。控えめに揺らめくマナが突如として、荒々しい激流のような勢いで一直線に溢れだしたのだ。


「おいおいおいおい! どうなってる!?」


「うわぁ、凄いわね。これ……やっぱり貴方、素質アリよ」


「どうすりゃ良いんだこれ!? なんかまずいんじゃねぇか!?」


「力み過ぎじゃないかしら? もうちょっと力抜いてみて」


「お、おぉ……勢いが弱まった。はぁ……焦るぜ」


「ほう、やっておるようじゃな」


 そこに木の的を抱えたヴィルジェインがやってきた。龍雅の手から溢れるマナを見て、彼は満足そうに微笑む。


「マナの無い世界とやらから来たというから、どうなるかと思っていたが大丈夫そうだな」

「ロザーナ、これを設置しておいてくれ」


「ヴァレンチーナ様との組手の跡が残ってますけど……」


「構わん。これからもっと荒れるからな」

「それにこいつができるようなら、ついでにならさせておけば整備する奴らも楽ができるじゃろう」

「で、今はどこまで覚えておるんだ。こいつは」


「まだマナの出し方を教えただけです。でも、魔法を出すだけならすぐ出来るようになると思いますよ」


 蔓を使い、的を設置し終えてロザーナは再び龍雅に魔法を説き始める。


「じゃあ、続き。貴方の手から出てるマナだけど、今度はそれを変化させるわ」

「いきなり球形は難しいでしょうから、とりあえず頭の中で塊にするイメージでやってみて。マナって結構素直に形を変えてくれるから、そう難しくないと思うわ」


「分かった。やってみるぞ……!」


 彼は目を閉じ、イメージを膨らませる。それに呼応するようにマナが激しく揺らめき形を変えていくが、手のひらの上で雲のようになった状態から変化する事はなかった。

 目を開き、自身の不出来さに彼は肩を落とす。


「駄目か……」


「そんなに落ち込まないで、初めてでそこまで出来たなら後は数こなせば大丈夫よ」


 落ち込む龍雅を励ますロザーナだが、そんな彼女に一つの思いつきが生まれる。


(さっきの大量のマナ……あれを魔法に変換して放ったら一体どれだけの威力があるんだろ。ちょっと早めに見ておきたいわね)

(そうだ! 一個だけ良い簡易魔法があったわ!)

「ねぇねぇ! 今から私がもう一個魔法を教えてあげるからちょっと見てて」


 そう言うと彼女の手が指先までマナの光に覆われ、それを的に向けると小粒な氷のつぶてが発射された。放たれた氷はコンッコンッ、と小気味の良い音で的に命中する。


「これはかなり原始的な魔法の一つ。手の全体にマナを纏わせて、前方に放つ牽制用の魔法よ」

「攻撃能力は全く無い代わりに咄嗟に出せて、肘から手の方に思いっきり突きだすイメージをするだけで良いから凄く簡単なの」

「どう? できそう?」


「なるほど……とりあえずやってみっか!」


 威勢よく構えられる手に、マナが集中する。纏った薄緑のマナはやがて緑、深緑となり、燃え盛る炎のように揺らめきだす。本能的に手応えを感じた彼は、人生初の魔法を放つ。放たれた魔法は形を変え、小気味の良い音を立てて的に命中する……筈だった。

 しかし現実は違った。彼の手から出た魔法は、凄まじい破裂音と共に深緑の塊となって的を粉々に粉砕した上に、修練場の壁に激突し大爆発。壁を粉々にしてしまった。

 目の前の惨状にロザーナはあんぐりと口を開け、目を丸くさせている。そして龍雅自身も、あまりの驚きに無表情になっていた。手のひらと目の前のスッキリとしてしまった空間を交互に何度も見て、最後にはロザーナの方へと振り返った。彼女は表情を変えずに、静かに首を傾げる。

 だがヴィルジェインだけは違った。まるでおもちゃを貰った子供のような笑顔で静かに微笑み、興奮気味に指示を出す。


「いいぞ! 次は竜の魔法だ!」


 まるで先程の出来事の意味を理解してないような指示に、ロザーナが慌てて口を挟む。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なんだ?」


「さっきの見ましたよね!? あれは単なる牽制の魔法で、あんな威力が出る筈ないんです!」

「なのに的どころか、壁も吹き飛ばしちゃったじゃないですか! それで竜魔法なんか使ったら城ごと消えちゃうかもしれませんよ!?」


「誰も火の球を撃てとは言っとらん」

「フェイカー、確かお前の魔法は炎だったな。ブレスは使えるのか」


「あぁ勿論だとも。竜にとってそれはいわゆる……というやつだ」


「オハコが何かは知らんが、それなら簡単にできるじゃろう。やってみろ」


 とんとん拍子に進む話に、今度は龍雅が困った様子で口を挟む。


「おいおい、いくらなんでもこっから世話になる場所をこれ以上は壊したかねぇんだが……」

「あんなん見た後だとこえぇよ」


「気にするなと言っている。ヴィリーに誓ったのだろう」

「どんな訓練でもする、と」


 撃たせたい者と撃ちたくない者、両者の睨み合いとなったが、老人の鋭い矢の如き眼光が若者の意思を撃ち抜いた。


「……クッソ! 分かったよ! やりゃ良いんだろ!」

「どうなるか分かんねぇぞ!?」


「曰く、ドラゴネクターが竜の魔法を使う時は、自身の体に流れるを感じ取ってそれを取り出す……といった感覚らしい」

「お前の中にあるを見つけてみろ。……あれば、だがな」


 龍雅は意識を集中させ、体を流れるマナの奔流からを見つけ出そうとする。だが、見つからない。それでも必死に見つけようと粘り続け、五分十分と時間が過ぎていく。躍起になる彼をフェイカーが制止する。


(もうやめておけ。頭の血管が弾けるぞ)


(待ってくれ! もう少しで……!)


「もう良い……やはり出来なかったか。予想通りだな」


 意外にも龍雅を止めたのは、彼に魔法を撃たせようとしたサー・ヴィルジェインその人だった。彼は口元が隠れるほど貯えられた髭を撫でながら、驚くべき言葉を放つ。


「テンセイ・リューガよ。これはワシの仮説だが……結論から言えば、お前は完全なドラゴネクターになれない」

「お前自身の持つ、生物離れした圧倒的な素質のせいでな」



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