マナ診断

 挨拶代わりの組手と治療を終えた天清龍雅てんせいりゅうがは、サー・ヴィルジェインと名乗るぼさついた長い白髪と鋭い目を持った老人に連れられるまま、診察台のような物の上に乗せられていた。

 その周りを何十人もの白衣のような服を来た研究者達が、忙しなく行き来し、龍雅の体になにやら施している。


「なぁ、これから一体何をするんだ?」


「お前が持っているマナの総量を正確に調べる」

「後は、ドラゴネクト時のマナバランスがどれくらい取れているかもだ」


(マナバランス? なんだそりゃ)

(まぁ、周りも忙しそうだし後で聞くか)


「よし、設置は完了したな。全員離れろ! 測定を開始する!」


 その言葉を合図に龍雅の周囲に魔法陣が浮かび上がり、強い光を放つ。その眩しさに彼は顔をしかめる。

 一方、研究者達は別の魔法陣で作られたメーターのような物を真剣な眼差しで見つめ続ける。


「上昇率はどうだ」


「安定しています」


「ふむ……もうロザーナの持つマナ量を超えたか」

「記録しておけ」


 それから粛々と記録を取り続けて五分ほどの経ち、龍雅もいい加減目を閉じ続けるのが辛くなってきた時だった。研究者の一人が焦ったような声を上げる。


「サー・ヴィルジェイン! これを!」


「どうした? これは……計測が止まったのか」


「いえ、その……そうなんですが」


 彼らの目の前には、円状の魔法陣が何百層も重なり大きな塔のようになっている。その塔がほんの少しづつ、微妙に輝き増し続けていた。ヴィルジェインはその事実に少し遅れて気付き、目を見開く。


「な、なんだこれは……! こんなのは初めてだぞ!」

「おい! この事を記録しておくんだ!」


 ヴィルジェインの指示に、それまで落ち着き払っていた研究者達の間に緊張感が走る。そしてその近くに居たドラゴネクターの一人、ロザーナもまたかなりの緊張感を持っていた。

 彼女はガイアルドの中でもマナの扱いにおいては五本の指に入る程の逸材であり、目の前の異常を文字通り肌で感じていた。そんな彼女の様子にヴァレンチーナが気付き、問いかける。


「ローザ、これマズいのかい?」


「はい。とんでもない量のマナが、あそこに集中してるみたいで……」

「漏れ出して漂ってるのが肌に突き刺さってる感じがして、怖いです……」


「アンタがそこまで言うって事は、相当マズいみたいだねぇ」

「ビビんじゃないよ? ノルベール」


「ご忠告感謝するよ。ヴァレンチーナ」

「だが、こう見えても修羅場というのはいくらか経験している。心配は無用さ」


 ヴァレンチーナの言葉に、ノルベールと呼ばれた男は余裕を持った雰囲気で答える。

 淡く長い緑髪、タレ目に緑色の瞳を持ち、すらっとした細身の体に特徴的な流線型の鎧を身に纏い、その腰には小刀のようなサイズの円錐状の槍を携えている。


「それよりもヴァレンチーナ。いざという時は君の岩を頼むよ」

「あれが一番頑丈だからね」


「おうとも! ローザ、本当にヤバくなったら合図をよこすんだよ」


「はい……と、言いますか」

「なんかもう既に凄い状態です……!」


 魔法陣の塔が先程よりも非常に強く、眩しく輝き始め、ガタガタと揺れ始める。

 その光景をヴィルジェインは興奮気味に見守る。


「凄い! 凄いぞこれは! まったくもって何が起こっているか分からん!」

「ハハハハハ! もっとだ! もっと!」


「ッチ! ヴィルジェインの爺さん! 危ないよ!」

「皆もアタシの後ろに避難しな!」

「クラッグウォール!」


 異変を察知し素早く動いたヴァレンチーナは岩壁を作り上げ、身を守る。その場に居た人間で唯一外側に居た龍雅は、周辺の状況を把握できず慌て始める。


「お、おい! 俺、今は目を開けられねぇんだ! 眩しいから! 何が起こってんだ!?」


 しかしその疑問に誰かが答える前に、限界を迎えた塔が大爆発を起こした。爆発音と悲鳴が木霊し、煙が辺りを包み、誰も動けなくなる。

 爆発の余韻の後に、最初に聞こえたのは誰かが咳き込む音だった。


(ふむ、派手であったな)


「ちくしょう! なんなんだよ一体! 爆発する測定な……!」


「そうか! そうかそうか! これなら合点がいく!」


 龍雅のもっともな疑問を、興奮気味のヴィルジェインの言葉がかき消す。彼はその場で、ぶつぶつと呟くと奥の方にある部屋へと入って行ってしまった。


「あーあ、まーたヴィルジェインの爺さんの悪い癖でたねぇ」

「おい新入り! アンタ無事かい!」


「……おう、怪我はねぇ」


「ハッハッハ! なら良しじゃないか。あそこに座っときな。アタシらは片付けでもしとくよ」


「片付けぐらいなら俺も……」

(……いや、ここの事なんも知らねぇし下手に手を出すのもダメか)

(なんか、怪しげな液体がめちゃくちゃあるし)

「じゃあ、そうさせてもらう……か」


 邪魔にならない場所に座り込む龍雅に、愉快な声色のフェイカーが話しかける。


(そなたも随分とひどい目に遭うものだな。まるで何かが引っ付いているようだ)

(日本語では……疫病神、と言えばいいのか?)


(人の事を憑かれてるみてぇに言うんじゃねぇや)

(ったく、どこでそんな言葉覚えたんだよ)


(そなたの記憶から引っ張ってきたのだ)


(俺は辞書かよ……パンフレット並に薄そうだな)


 そこへロザーナがやってくる。彼女は龍雅の体をざっと見ると、有無を言わさず蔓で彼の体を包み込み、治療した。彼も全く動じず、蔓の拘束が解かれると口を開く。


「治療はありがてぇが、いきなりかよ」


「貴方みたいなタイプって、傷あってもないって言うのよね。なんとなくだけど」

「だからやってみたんだけど、案の定あったわよ。傷」


「あぁ、別にあんなのほっときゃ治るぜ?」

「耳落とされたり、肩を斬られた時に比べたらひっかき傷みてぇなもんだよ」

「それに、頑丈なんだろ? ドラゴネクターって奴はよ」


「そうやって竜の力を過信してると、真っ先に死んじゃうわよ?」

「自分の体なんだから、ちゃんと大切にしなさいよね」


「へいへい……」

(なんか……お袋に説教された時を思い出すな)

(あぁなってなかったら、こんな会話をもっとやってたのか……?)


 呆れた顔をした彼女を見て、少し笑う龍雅。彼はそのまま、ぼんやりと片付けられていく部屋を眺めながら、疑問を投げかける。


「なぁ、ロザーナさんよ」


「なにかしら?」


「あのヴィルジェインって人が言ってた、マナバランスってなんだ?」


「あぁ、それ? ドラゴネクターなら知っといた方が良いわね」

「人と竜だけがマナを有効活用できるって話、したっけ?」


「それならフェイカーから聞いたぞ。いわゆる魔法が使えるのは人間と竜だけ」

「そんで、人間に比べて竜はマナの量が圧倒的に多い……だったか」


「それを知ってるなら話が早いわ。これを見てちょうだい」


 そう言って彼女は氷で作った同じサイズの二つのコップに、虚空から水を作り出した水を注ぐ。一方は少量で濃い色をしており、もう一方は大量で薄い色をしている。


「水はマナと思ってね。少ない方が人間で、多い方が竜よ」

「量こそ竜の方が多いけど、実は人間の方がマナ一つ辺りの力が大きいの」


「力が大きい? だから濃いのか」


「そうよ。この場合、マナ一つ辺りは、水一滴辺りと言い換えられる」

「それで、この人間の水一滴に対して、竜の水は十滴から十二滴用意すれば釣り合いがとれるわ」

「これがマナバランスよ。ドラゴネクトを安全に出来るのはこのがあるからなの」


「それ、竜の方が十三以上だとどうなるんだ?」


 龍雅の質問に、ロザーナの顔が一瞬だけ強張る。彼女は直ぐに表情を戻すと、話しだす。


「マナバランスは、マナ一つ辺りの力を均等にするのが目的でもあるのだけど……もう一つ、目的があるわ」

「それはドラゴネクターである人間を守る事よ」


「っへ、なるほど……穏やかじゃないことが起きちまうんだな?」


「えぇ、ドラゴネクトにおいて、人間は竜という水を受け入れる器」

「実は受け入れられるマナの量だけなら人間は竜並みなの」

「それが自分の持つマナの約十三倍の量。それを超えると……」


 彼女は大きなカップに水を注ぎ始める。

 水がカップの縁を超えて零れ出すと、水が流れた後の部分がひび割れはじめ、落ちた筈の水は再びカップの縁に戻り、また零れる。そうしてカップはヒビだらけになり、最後には粉々に砕けてしまった。

 龍雅は息を呑む。


「こいつは……人体がバラバラになっちまうってか」


「えぇ……人体から溢れたマナは体を傷つけて、最終的にドラゴネクターを殺す」

「竜も人の中でマナとして分解された状態だから、元の肉体に戻る前にマナが散ってしまって死ぬわ」


「じゃあ俺もバラバラなってたかもしれねぇってか……とんでもねぇ賭けをしてくれるぜ、本当」


「その前にちゃんと簡単に調べたわよ。だからフェイカーは貴方とドラゴネクトしたの」


「あぁ、あの手首掴んだやつか。ありゃビビったぜ」

「……じゃあ、人間側が竜よりもマナの量が多い状態でドラゴネクトをしたらどうなるんだ?」


「どうなるんでしょうね? ……そもそも竜よりマナの多い人間っていうのが、非現実的すぎて……」


 その時、すっかり姿を消していたヴィルジェインが力強くドアを開けて現れた。一斉に向けられる視線を意に介せず、彼はずかずかと龍雅の方へ一直線に歩いていく。

 そして彼が何か言おうとするのを遮ってこう言い放った。


「早急に調べたいことがある! ロザーナ、こいつに魔法を教えてやれ!」


「え!? 本格的な修練って明日からじゃ……」


「構わん! 修練場に出ておけ。ワシは的を取ってくる!」


 そうしてヴィルジェインは再びずかずかと歩き出し、どこかへ消えてしまった。龍雅とロザーナは呆気にとられ口を開いたままだった。


「すげぇな……何も喋らせてくれなかったぞ」


「……あれはかなり興奮してるわね。あぁなったら、王の制止も効かないわ」

「仕方いないわね……じゃあ行きましょうか。急にごめんなさいね」


「別に構わねぇよ。こっちは世話になる立場だ」

「それに生き返ったり、化け物に遭ったり、爆発するのに比べたらかわいいもんさ」


「そういう事なんで、後の掃除お願いしますね! ヴァレンチーナ様」


「おう、任せときな!」

「新入り! ちゃんと先生の言うこと聞くんだよ」


「先生か……じゃ、よろしくお願いしますぜ。ロザーナ先生」


「あはは……なんだかむずかゆいわね。その呼ばれ方」


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