岩腕の腕試し

 ヴィリアート・エステヴィス王との謁見を経て、晴れてこの国の兵士として受け入れられた天清龍雅てんせいりゅうがは、ロザーナ・アズリーラに連れられて巨大な城の中を歩いていた。

 廊下で使用人とすれ違う度に頭を下げられ、彼は少々そわそわしている。


(数日前は牢屋で下手人、さっきまではどっちつかずの半端もんで、今は頭を下げられる位には偉くなったのか)

(頭下げられるようなまっとうな人間じゃねぇんだがな。俺は)


(そう卑屈になるものではないぞ)

(実感は湧かぬであろうが、そなたはそれ相応の立場になったのだ。少しは自信を持った方が威厳も出るぞ)


(まさかトカゲに人のあり方説かれるたぁな……)


(トカゲではない竜だ。何度言えば分かる)


(冗談ってやつだよ……お、扉か)


 彼らの前にあったのは、それまでの通路にあった煌びやかなデザインの扉ではなく、銀一色の大きく武骨な扉であった。


「着いたわ。ここから先がサー・ヴィルジェインの研究室よ」


「ここがか。なんか銀行の金庫みてぇな見た目だが……一体なにやってんだ?」


「いろいろよ……あ、先に言っておくわね」

「サー・ヴィルジェインは変な所はあるけど、本当に悪いお方ではないの」

「だからその……安心してついて来てね?」


「今ので安心できなくなっちまったぞ」


「あははは……それじゃ、行くわよ」


 そういって彼女は扉を軽々と開けるが、龍雅はその人が一人すっぽりと収まりそうな分厚さに思わず驚く。扉を開いた先には更に廊下が続いているが、廊下の左右にあるのは壁ではなく芝生。それもかなり広く、左右それぞれにテニスコートを十二個ほど敷き詰めたような広大な敷地に、何人もの人間が散らばって何やらトレーニングのようなことをしている。


「すっげぇ広いな、おい」


「修練場よ。サー・ヴィルジェインはマナの研究を応用して武具なんかも作ってるから、それの試験場でもあるの」


「はぁ……そのヴィルジェインって人は随分と賢いんだな」

(右の方は人が居るが、左には誰も……)


 その時、突如として龍雅の足元がぐらつき始めた。まるで下から何かが無理やり出てこようとするように揺れる。


「な、なんだ!? 地震か!?」


「地震? いえ、私は揺れてないけど……」

「岩? ……ちょっ!? まさか!」

「そこから離れ……!」


 ロザーナが彼への警告しきる前に、彼は下から生えてきた岩により大きく吹き飛ばされた。そしてそのまま誰もいない芝生の上に放り出される。

 転がり続けて止まった時には彼女から遠く離れた場所に飛ばされており、横わたる彼に彼女は叫ぶ。


「ちょっと―! 大丈夫ー!?」


「っ……! おう! 大丈夫だ!」

「今のなんなんだ!?」


(何もない場所から岩石を生成……あやつか)


(おめぇ知ってんのか?)


(あぁ、知っているが……どうやら、あちらから来てくれたようだな)

(来るぞ! 構えろ!)


(来る? いっ……)

「……っ!」


 正面を向くと、ロザーナの居る場所から猛スピードで何者かが彼めがけて走ってくる。その何者かは走った勢いのまま跳び上がり、鋭い蹴りを放つ。

 彼は両腕でその蹴りを受けきると、反射的に脚を掴もうとする。しかし相手は空中でそれを軽々と避けると、彼の頭を踏み台にして背後へと跳んだ。

 二連続の不意打ちに、彼は激昂する。


「てめぇ……! いきなり何しやがる! なにもんだ!」


「へぇ……噂通り、活きが良いじゃないか」


 濃い褐色肌に濃紺のショートヘア、切れ長の目と金色の瞳からはネコ科の肉食獣のような雰囲気が醸し出されている。両手足、そして胸を守る防具とインナーだけの軽装であり、露わになっている肉体は一目で分かる程の筋肉質であった。

 そしてその勝気な様子の彼女は、名乗りだす。


「アタシはドラゴネクターのヴァレンチーナ・ルイス」

「アンタの先輩ってやつだ。新入り」


「っへ! 先輩か……じゃあ、今のは歓迎の挨拶ってヤツですかい?」


「まぁ……そんなところだね。ほら、さっさと構えな」

「アンタの実力、アタシらに見せとくれよ」


「アタシら?」


 その言葉に違和感を覚えると同時に、彼は背後に気配を感じる。


(な、なんだ? この感覚)


(我が感じているものを、そなたと共有した)

(後ろを見ろ。どうやら観客はロザーナだけではないようだ)


 振り向くと、ロザーナの隣に背の高い緑髪の人物と、彼女よりも少し背の低い白髪の人物が立っている。距離が遠いので顔は分からないが、彼は品定めされているような視線を感じていた。


(なるほど、どっちかがそのサー・何とかって人か)

「……面白れぇ面接じゃねぇか!」


 そう言いながら彼は力強く右ストレートを放つ……が、ヴァレンチーナはそれをあっさりといなし、流れるような動きで三連撃を彼の右半身に放つ。

 瞬時に腕を引き戻し、脚と併せて防御するが脇腹へ一撃受けてしまう。


「ッぐ……!」


(腕が横切った瞬間の風圧……パワーは恐ろしいほどあるね)

(腕を引き戻しての防御も中々良い。身体能力は上の上ってとこかね)


「やってくれんじゃねぇか……! あのトカゲ野郎より重いパンチ喰らわせやがって!」


「まだまだ序の口さね。行くよ!」


 再び彼女が猛スピードで龍雅に迫り、乱打を繰り出す。素早く打ち出される一撃一撃は、まるで岩のように重く、その拳の嵐に彼は防戦一方になる。


(ッ! なんつうパンチだ!)


(流石は岩腕がんわんの、と言ったところか)

(どうする。守ってるだけでは状況は良くならんぞ)


(んなこたぁ分かってんだよ! だが隙がねぇ!)


(ならば一つ、良い事を教えてやろう)

(ドラゴネクターは竜と肉体を共有する。ゆえに人の身ながら竜の頑丈さを用いた戦い方も出来る)

(痛みに耐える自信があるのなら、やってみるがよい)


(なるほどな! じゃあ……今だ!)


 あえてガードを解き、彼女が打ち出す拳を掴んで抑えようとする龍雅は、高々と振り上げられた右手に狙いを定める。だが、これはおとりであった。


(アタシの攻撃をちゃんと眼で追ってるね)

(殴られ続けてるから、構えた右手を見て反射的に殴られると思って動く)

(その当然の反応が命取りだよ!)


 彼女は高々と振り上げた拳ではなく、それまでフリーだった右脚で隙だらけだった彼の脇へ神速の蹴りを入れる。引き締まった脚から放たれた一撃が、ゆっくりとめり込んでいく……はずだった。


(っ! なんだい……この感触は!)

(こいつ……体に力を入れて耐えている!? アタシの蹴りを!)


「っつう……! なんつう蹴りだ……真っ二つになるかと思っちまったぜ!」

「だがこっからだ!」


 龍雅は彼女の脚をガッシリと掴み、力任せに引っ張ってバランスを崩す。そしてそのままハンマー投げをするかの如く、グイングインと振り回す。


(このままぶん投げるつもりかい! ……いや、違う!)

(障害物の無いここじゃ投げるだけじゃ勝負はつかない! もしアタシがコイツと同じ状況なら!)

(回転の勢いを殺さずに地面に叩きつける! なら……!)


「うぉらぁ!」


「サディメント!!」


 彼女が何かを唱えると同時に、地面を砕く勢いで叩きつける。硬いものがぶつかるような音と土煙をあげて、辺り一面が覆われる。煙にむせ返りながら、彼はヴァレンチーナの身を案じる。


「……」

(やっべ……ついマジになっちまったぞ)

「おーい! 大丈夫か!」


 煙を手で払い叩きつけた場所を確認する。しかしそこには彼女の姿は無く、変わりに人一人がすっぽりと入れそうな穴ができていた。彼はこの光景に焦る。


「いくらなんでもそんな力入れてねぇぞ!?」

「返事してくれ! おーい!」


(そなたよ)


(あぁ!? なんだよ! 今それどころじゃねぇ!)


(まったく……防御態勢を取れ。来るぞ)


(来る? いったい何が……)

(……真下!?)


 感じ取った敵意に対して反射的に腕で腹部を覆ってガードしようとした瞬間、地面を勢いよく突き破るヴァレンチーナの拳が、彼の腹のど真ん中にめり込む。

 ドリルのような捻りが加えられていたは深々と突き刺さり、龍雅の体を天高く打ち上げ、それを追うように彼女は岩でできたリフトで自身を打ち上げる。


「ッかは……!」

(魔法ってやつか……! 失念しちまってた……!)


「防御が遅かったねぇ! これで終わりだよ!」


 彼女は空中で器用に彼の首と両足を押さえると、その姿勢のまま体重をかけて地面へと急降下する。


(このままじゃ地面と鉄塊みてぇな脚でギロチンされちまう……!)

(手はフリーだが、あの動き相手じゃ分が悪い!)


 どんどんと地面が迫り、永遠とも思える一瞬がやってくる。もうすぐぶつかる……そんな距離になった瞬間、彼は賭けに出る。

 首を固めていた彼女の腕を掴み、渾身の力で前方へ体重をかける。すると上下逆さまになり、彼女が叩きつけられる形になった。だが、彼女も瞬時に対応して回転の掛け合いになってきりもみ状態になる。

 しかし、そんな状態はいつまでも続かずに、最終的には二人同時に地面に衝突する事となった。互いに派手に転がり、糸が切れた人形のようにぐったりと横たわる。しばしの静寂の後、先に起き上がったのは喜色満面のヴァレンチーナだった。


「クククッ……! アハハ……!」

「アハハハ!! 良いね! 良い! コイツは良い!」

「おい、新入り! 死んじゃいないだろうね!」


「っぐ……! 殺す気満々の技掛けた奴の口からよくそんな言葉が出るな……!」

「いってぇぞ……!」


「そんな口利けるなら、大丈夫そうだね。ローザ! 治療を頼むよ!」


 心底面白そうに膝を叩いている彼女に対して、龍雅は起き上がれず横たわったまま呻いている。そこへ心配そうな顔をしたロザーナが駆けつける。


「もう! あくまで身体能力を見るための軽い手合わせじゃなかったんですか!?」


「アッハッハッハ! いやぁ、ソイツが随分と張り切ってくれるもんだから、アタシも火が着いちまったのさ!」


「はぁ……とりあえずヴァレンチーナ様は元気そうですから、こっちを先にします」

「大丈夫? 私の声聞こえる?」


「おぅ……なぁ、俺の体ちゃんと繋がってるか……?」


「大丈夫よ。その……腕が変な方向に曲がってる以外は」


「っぐ……! なる、ほど…大丈夫じゃねぇん……! だな……」


「まずその曲がった腕を戻すわ。痛いから耐えてね!」


 折れた腕と格闘するロザーナ、痛みと格闘する龍雅の両名の側に白髪の老人が近づいてくる。苦悶する彼の顔を見ながら老人は楽しそうに微笑むと、無遠慮に喋りだした。


「お前がテンセイ・リューガか。あのヴァレンチーナ相手のあそこまでやるのは見事じゃったぞ」


「あ……! っぐ……! あ、あんたは?」

「いぃでででで!」


「ワシはヴィルジェイン。サー・ヴィルジェインじゃ!」

「ガイアルド王国のマナ研究及び武具開発の責任者……」

「そして、これからお前を調べつくす男だ!」


「し、調べつくす!?」


 単なる老人とは思えぬ鋭い眼をギラつかせ、ヴィルジェインはニカッと笑った。

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