謁見

 ロザーナ・アズリーラとの対話から数日の間、天清龍雅てんせいりゅうがは己の体の中に入り込んだフェイカーと心の中での対話を絶えず行っていた。

 そこで彼は人と竜との特性と大まかな歴史、そしてこの世界では複数の言語という概念が存在しないことを知る。


(竜と人との戦争ねぇ……起きたらどうなってたんだ?)


(起きていたら、か……少なくとも、争いの長期化で種族単位での消えない溝と爪痕が残っていたであろうな)

(竜と人間の同盟の話が出なければ、それは避けられなかった)


(言葉が通じてなかったら大変だったな)


(あぁ……そなたの生まれた世界のように、そもそも言葉が違うなどという世界であったのなら、同盟の締結は遅れて……いや、そもそもそんな考えにすら至らなかったかもしれぬ)

(しかしそなた、随分とこの状態に慣れたようだな。もう少し暴れるかと思っていたが)


(人を猿みたくいうんじゃねぇ)

(どうしようもねぇだろ。お前が居なきゃ、あのロザーナって人と話は出来ねぇし……それに俺がドラゴネクト出来るとかで評価上がったそうじゃねぇか)

(起きちまった現実は受け入れるしかねぇだろ。心覗かれるのは不快だけどよ)


(ふむ、ある程度なら分断は出来るぞ。そうだな……柵を立てるような感じだ)


(は? できんのか?)


(あぁ、少々難しいがな)


(ならそれを早く言えや!)


(こちらもそなたから情報を引き出せねばならなかったからな。悪く思うな)


「っち……非常事の時以外は立てとけ。この野郎」


 そんなやり取りをしている最中、牢屋の入口が開いた。やってきたのはいつも通りロザーナであったが、今までにない程に緊張した面持ちで歩いてくる。龍雅はそれを見てただ事ではないと察した。


「おはよう。調子はどう?」


「おかげ様で牢屋暮らしとは思えねぇぐらい健康だ」

「……なんかあったのか?」


「謁見が認められたわ。今からよ」


「そいつはめでてぇが、今からか」

「恰好は……こいつでいいのか?」


 龍雅がこの世界に来た時に着ていた服は戦闘の影響でボロボロになっており、代わりに亜麻色の毛糸で編まれた上下と下着が支給されていた。


「えぇ、そっちの方が色々と都合がいいわ」

「ここ、開けてちょうだい」


 その言葉に横に居た甲冑の男は短く答え、鍵を開けた。開いた扉の前に立つロザーナの顔は数秒前よりも更に緊張感のあるものとなっていた。


「立って。玉座の間の謁見で、貴方の口から貴方の意思を示してちょうだい」


「そのつもりだけどよ。どうした? 随分、こえぇ顔してっけど……」


「……えっ!? わ、私そんなに怖い顔してた!?」


 彼女は慌てたように自らの頬を数度叩いて深呼吸すると先ほどより少しは余裕のある表情をし、ぽつりと呟く。


「……緊張、してるのね。こんなこと初めてだし」

「下手したら、この国の運命を大きく変えちゃうかもしれない選択をしちゃってるもの」


「じゃあ一つ、アドバイスってのを言ってやろうか。たった一人の人間に運命なんてのは変えられねぇもんだ」

「だから気楽に行っとけ。あんたが緊張しすぎて、こっちが緊張できねぇ」


「それ、アドバイス? まぁ……ありがとう」

「まさか私より厳しい立場の人に励ましてもらえるなんて思ってなかったわ」

「それじゃ悪いけど……」


 そう言うと彼女はどこに隠し持っていたのか、木製の大きな手枷を龍雅の手にはめ込んだ。彼は呆気にとられたまま問う。


「なぁ……一応、味方なんだよな?」


「あくまで今は貴方にその意思があって、こっちに受け入れる準備があるってだけ」

「正式に受け入れた訳じゃないわ」


「なるほど、じゃあ……しょうがねぇか」


「先導するから、ついて来て」


 外へ出ると牢屋を囲む鬱蒼とした木々とかんかん照りの太陽が龍雅達を迎えていた。遠くの方に大きな壁が見えている。


「久々に日の光を直接浴びた気がするぜ……しっかし、街から離れた場所に作ってんだな」


「ここなら逃げ出されても森の中。あんまり好きじゃないけど、処刑の手間が省けるの」


「そりゃまた賢く、こえぇやり方で……」


 そう会話をしながら進んでいく彼らの後に、武装した甲冑の集団が続く。顔は見えないが、得物を握るその手は力が込められており、放つ気配も穏やかではない。


(後ろの人らは……護衛か?)


(ある意味ではな)

(だが、恐らくあの気配……そなたが何か怪しい動きをすれば、すぐさま処理する為であろうな)


(そいつはまたご苦労なこって。一人相手に六人がかりかい)


(それだけ、そなたの持つ素質は異常だということだ)


(歓迎されてるんだか、されてねぇんだか……)


 そうして気の抜けない誘導は続く。途中で周辺の村も通り抜けたが、その異様な雰囲気に声を掛けてくる村人は現れなかった。

 壁の外と内を渡す橋を超え、城へと続く長い長い階段を登っていく。空を見れば、竜が巨大な荷物を持ってひっきりなしに飛び交い、地上では住人達が慌ただしく資材を運んでいる。


「復興作業中……ってか?」


「えぇ、人間以上に建物への被害が大きかったわ」

「貴方も見たでしょ? あの大火事」


「あぁ、ありゃ酷かった。あの場所はどうなったんだ?」


「ここと同じで作業中よ」

「でも貴方が助けてくれたから、人手も他に比べて多くて早く終えられそうよ」

「……着いたわ」


 一行の前にそびえ立つのは、巨大な扉。その中央には山と竜、そして剣と盾を持った戦士がデザインされた鮮やかな紋章が描かれている。

 扉の前には四人の門番がじっと佇み、許可なく入ろうとする者を拒むような威圧感を放っている。ロザーナは一呼吸すると龍雅の方へと振り向く。


「さて、準備は良い?」

「貴方とこの国の運命、両方を決める謁見よ」


「俺に期待し過ぎじゃねぇか?」


「期待できるだけの物を持ってるのよ」

「……あ、そうだ。一つ注意しておいて欲しいことがあるの」


「ひょっとして所作とか立ち居振る舞いか?」

「わりぃけど、フェイカーってのからはそこまで……」


「そこじゃない。言葉遣いよ」

「王に対してだけは、私にお礼を言った時みたいに畏まった感じにしなさい」

「反対派の人達が、そこを理由に難癖をつけかねないわ」


(見ず知らずで国籍不明の奴を国防の中枢に持ってこようとしてるから、難癖もクソもねぇ気はするが……)

「……分かりました。ロザーナさんよ」


「よろしい。じゃ……」

「ロザーナ・アズリーラ! 件の男を連れて参りました!」


 彼女が声を張り上げそう叫ぶと、それを合図に扉が低い音を出しながら開かれていく。だんだんと大きくなっていく隙間から見えた光景に、龍雅は目を奪われる。

 長く大きな赤い絨毯が玉座の足元まで続き、その道の左右には甲冑の兵士達が槍を構えて威圧的に歓迎し、奥には黄金の王冠とダークレッドの衣を身に纏った人物が龍雅をじっと睨みつける。


(こいつは……すげぇな。圧倒されるたぁ、この事か)

(あの椅子に座ってるのが王様か。中々鋭い眼をしたじーさんだな)


(ヴィリアート・エステヴィス王、だ。覚えておけ)


 静かな空間に響く音は龍雅達の足音だけであり、兜のスリットからかすかに見える兵士達の眼からは感情を読み取れない。王は壇上から彼を品定めするかのような眼つきで睨み続ける。

 王の目の前に辿り着くとロザーナは跪き頭を垂れる。龍雅も少し遅れてその動きを真似する。


「ロザーナ、ご苦労。その男が?」


「はい、この男がテンセイ・リューガでございます」


「ふむ……テンセイ・リューガ、面を上げよ」

「……黒く短い髪に、鷹や鷲のような鋭い目つき。聞いた通りだな」

「体格も肉のつきも中々良い。有望であるな」

「まずは先日の襲撃の際、我が国家への勇気ある貢献に対し礼を言おう。感謝する」

「して……其の方、一度死んだ身だと聞いたが本当か?」


「えぇ、本当です。自分でも荒唐無稽な事を言ってるとは思いますが」


「蘇った理由に心当たりはあるか」


「心当たりはありません。本当の事は、俺も知りたいです」


「そうか……蘇りの秘術であるならば知っておきたかったが……まぁよい」

「其の方、我らの味方になる意思があると答えたそうだな」


 その質問に龍雅の体が強張り、彼は直感する。これがこの玉座の間で最も聞きたい事なのだろう、と。


「はい」


「しかし、軍などに属し戦った経験は無いと聞く」

「そしてここは、其の方にとっては無縁とも言うべき土地だ」

「あの襲撃を間近で見た者の一人、戦うという意味を知らぬ訳はあるまい」

「ゆえに問う。其の方は、なぜ我らの味方になり戦うと決めた。その目的はなんだ」


(目的、か)

「……ひとつ、身の上話をしてもよろしいですかい?」


「よかろう。話してみるがいい」


 その言葉に安堵しような表情を浮かべた龍雅は深呼吸をすると、どこか悲しそうな表情で語り始めた。


「俺は……生前というべきかどうかは分かりませんが、ろくでもない人間でした」

「子供の頃は荒れに荒れて、暴力沙汰は当たり前。売られた喧嘩は全部買って、喧嘩に明け暮れる日々を送っていました」

「そんな人生でしたから大人になっても未来も希望も感じられず、無気力に生きていた最中に暴力沙汰でできた因縁が原因で……殺されました」


「ほう、殺されたか」


「えぇ……でも何故か今、俺はこの場所で生きています」

「最初はあの世か悪い夢かとも思っていましたが、今はこう思えるんです」

「きっとこれは神様からの罰なんだ、と」


「罰? 罰とな?」


「はい。前世では自分勝手に生きていたもんですから、この二度目の人生は人様の為に生きろ。という罰です」

「マナが凄いだとか、ドラゴネクトだとかが出来るのも、きっとその為でしょう」

「ただ死ぬのではなく、この世界でこの国の兵隊として戦い、この国の為に死ぬ。それが……俺がそう答えた理由です」

「……いずれは本当の理由を知りたいですし、この国には助けてもらった借りがあります」

「それに、火事場に紛れて子供を殺そうとするような連中の手助けもしたくありません」


「なるほど……そうかそうか」

「其の方、神罰によってこの地に呼ばれたがゆえに我々に味方すると? 死ぬことが怖くないのか?」


「……はい」


 彼の返事に王は暫く黙っていると、突如噴き出して大笑いし始めた。その様子に龍雅のみならず、ロザーナや兵士達もざわめきだすがそんな群衆を気にも留めずに王は喋りだす。


「ハッハッハッハ! なんと妙な事を申す男よ!」

「一度死んで復活! 神からの罰! 死を恐れぬ! 妙も妙! まるで神話の英雄よ! ハッハッハッハ!」

「はぁ……思えば、あの出会いも奇妙な偶然であったな」

「其の方が現れたのも、それと同じ……そうだな。神からの贈り物やもしれぬ」

「では今から三つ! その方に更に聞く!」

「其の方! この世界の秩序の維持の為、命を賭ける覚悟はあるか!」


(いきなりすげぇ事聞いてくるな……まぁ、どうせ安い命だ。いくらでも賭けてやる)

「はい」


「其の方はドラゴネクトが出来るゆえ、ドラゴネクターとなる」

「ドラゴネクターとは、我らが保有せし戦力の中で最も重要な位置にある。少しでも早く実戦で使える戦力とすべく、尋常ならざる訓練を行うがそれを受ける覚悟はあるか!」


「はい」


「では最後だ」

「其の方、この世界での生涯において一度たりともガイアルドから離反せず、その生涯をこのガイアルドに捧げると誓うか!」


「……はい。ただ」


「ただ? なんだ」


「ただ静かに暮らしていたいだけの人間を引きずり出して力任せに叩き潰すような、そんな真似は……死んでもできません」


「……安心するがよい。そのような事態を避けたいが為、我は王になった」


 問答を終えると、王は勢いよく立ち上がり宣言し始めた。


「よいか皆! この男、テンセイ・リューガをこれよりガイアルドの戦士として迎え入れる!」

「混迷の最中、神は我らに新たな希望を遣わせた!」

「新たなドラゴネクター、その誕生を祝おうではないか!」


 その言葉を合図に、兵士達は一斉に手を叩き始める。歓迎してそうな者、あまり快くは思ってなさそうな者と様々だが、拍手をしていない者は一人も居ない。


「では謁見はこれにて終了とする」

「各々は持ち場に戻り、復興と周辺の監視に勤しむように!」

「それではな、テンセイ・リューガよ。期待しておる!」


 王の後に続いて列を乱さずに出ていく兵士達やを見ながら龍雅は思わず呟く。


「これだけの人間呼んどいて結構あっさりだな……」

(受け入れる準備があったとはいえ……良いのか? 余所もんだぞ俺?)


(荒々しく豪快なようで、存外心配性よな)


(うるせぇ……まぁ、歓迎されてるなら詰める理由もねぇか)


「ある意味儀式みたいなものだったから、あれぐらいで良いのよ」

「手を出して。外してあげる……よし、これで貴方はここの一員よ」


「この後はどうすんだ? 書類でも書くのか?」


「別に誓約書なんて書かないわよ」

「実は貴方を待ってる方がもう一人いらっしゃるの。だからそっちに案内するわ」


「俺を待ってる人って……誰だ?」


「サー・ヴィルジェイン。この国でマナの研究をしてる方よ」

「今日は忙しくなるわよ? ついて来て」


 そういって彼女は、つかつかと歩き出した。

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