互いの事情
格子を挟み、
「そっちが大変なのは察しがつく。俺もあの場所に居たからな」
「でもまずはこっちの質問に答えちゃくれないか?」
「うーん…………えぇ、そうね。そうしましょうか……」
「分かったわ。私で答えられる範囲なら、だけど」
「オッケーそれじゃまず……ここはどこなんだ?」
「ここは王城内で無礼を働いた者を入れる場所よ」
「貴方の素性が分からなかったから、城の中の部屋で休ませる訳にはいかなかったの」
「……すまない。そうじゃなくてな」
「この土地、というよりここはなんて世界で……あぁ!なんて言えば…!」
龍雅は悩んだ。頭が竜の異形に、彼女の使った不可思議な技の数々を見てはいたが、自分が一度死んだと思ったら何故か生きていて、その上知らない場所で蘇ったという事実を信じてもらえるか不安だった。
(とはいえ、あの時も今も信じられねぇことばっかが起きてやがる)
(言わなきゃ進まねぇな)
「……今から俺が言う事を、とりあえず聞いてほしいんだ」
「えぇ、良いわよ」
「俺は日本で射殺されて死んだと思ってた」
「そしたら洞窟みたいなとこで目を覚まして、そこを出て山の中を歩き回った」
「んで、山の中でデカい城と壁と農村みたいなのを見つけて……ここに来たんだ」
「で、降りたらあの襲撃にばったりとあっちゃった……と」
「……ちょっと待って?つまり貴方って…一回死んでるってこと?」
「あぁ、信じられねぇと思うけど……そうとしか考えられない」
彼女は口をあんぐりとさせ、目を丸くしていた。そしてその表情のまま、ぎこちない感じで質問する。
「その……冗談とかじゃないわよね?」
「そんな余裕はないな」
「その日本って場所がどこかは知らないけど……なんで貴方はここがそこだとは思わなかったの?」
「最初はそうかもしれないと思ったが、あんなトカゲ頭やらあんたの蔓の手品やらで少なくともここが日本どころか、俺の知ってる世界じゃないって事を察したさ」
「あんなもんがあるって分かったら、マスコミが来て翌日の一面間違いなしだぜ」
「分かった……分かったわ」
「じゃあ、貴方は一回死んで全く知らない場所に来ちゃったって訳ね……」
「……まず、ここはガイアルド王国。貴方が居たのは領内の村の一つよ」
「それで、この世界は竜と人の……あぁそうだ! 貴方、竜の事は知らない?」
「知ってるっちゃ知ってるけど……たぶんあんたの言う竜は知らねぇな」
「えぇ、それじゃあね……あぁ! なんか私までこんがらがってきちゃったわ!」
「どこから説明したら良い!? マナと魔法? 竜と人との関係!?」
「いや、俺に聞かれても……」
いまいち話が進まないのを見かねた一匹が、とんでもない場所から口を挟む。
「ロザーナよ。まずはこの国が置かれている状況と、この者の現在の立場を教えてやれば良い」
「え? あ! そうよね! それで良いわね」
(この声、さっきの……ってそうだ! あいつどこに……!)
「ここだ」
龍雅が声のする方向へ顔を向ける。そこで見たのは、自分の胸の辺りから先ほどのしかかってきた竜の頭が生えてきている光景だった。
「うぉぉ!? なんだこりゃ!」
「驚くな。マナを使って体を部分的に再構築しているだけだ」
「キノコのように生えているわけではない」
「マ、マナ……? ってか、そんなとこから生えてくるんじゃねぇ!」
「心臓にわりぃだろうが!」
「あの、落ち着いてちょうだい!」
「そうだ分かった! とりあえず貴方の今の状態が安全ってことを説明してあげる!」
その彼女の言葉を聞いて、龍雅はしぶしぶ大人しく説明を聞くことにした。胸に竜の頭を生やしたまま。
「まずは竜。これはこの世界で私達人間と並んで強い生き物よ」
「そして人間は竜と同盟を結んで、手を取り合って生活しているの」
「ガイアルド王国はその同盟の人間側の代表でもあるわ」
「そんな竜と人は、体に流れるマナ同士を接続する事でドラゴネクト……まぁ、合体ができるの」
「で、マナっていうのはね……」
そういうと彼女は、手から手ごろなサイズの氷柱を作り出した。
「それ、あんたがやってた手品か」
「手品……まぁ、知らない人から見たらそう見えるのかしら」
「これは魔法。マナはこの魔法やドラゴネクトの元となる不思議な力よ。今はそういったものだって覚えていてちょうだい」
「それで貴方は今、そのマナの不思議な力でフェイカーって名前の竜と合体している状態なの」
「あぁ、そういや名乗ってたな……このへんてこなの」
「あはは……で、この合体は竜の体がマナによって分解されて、人間の体に入ることで成立するの」
「でもマナ自体には実体がなくて、こう……物理的な接触は不可能なのよ」
「だから、とりあえず貴方の体に物理的な害はないし、彼に害意はないわ。それは私が保証をするから、どうか安心して」
「そういうことだ。我はそなたに害を与えるつもりはない」
(殺そうと思えば、さっきのしかかって来た時に殺せてたよな)
(そうせずに、コミュニケーションを取ろうとしてきたってことは……まぁ、生かしておいて良いとは思われてんのか)
「……まぁ、分かった。信用させてもらう」
その言葉にほっとしたような顔をしたロザーナだったが、すぐに表情を引き締めて説明を再開した。
「ありがとう。それで、今ガイアルドが置かれている状況なんだけど」
「まず、貴方が相手してたあの怪物。あれと似たようなのが壁の中の王都だけじゃなくて、世界各国のガイアルドの同盟国も襲撃していたわ」
「おまけに竜側の代表である竜の王・スピカも襲撃を受けて、行方不明になった」
「そのせいで一日経った今も大混乱。盟主としてガイアルドはどういった対応をすべきかの議論の最中よ」
「あんな妖怪みたいなのが何人もいたのかよ。俺もとんでもねぇ時に来ちまったな」
「それを踏まえた上で今の貴方の状況は……良くもあるし、悪くもあるわ」
「……悪い方から聞かせてくれ」
「じゃあ、まず貴方はこの国……いえ、この世界の言葉が話せないって事で悪い意味でかなり注目を集めてるわ」
「もしかしたら敵が送り込んできたスパイなんじゃないかって意見もある」
龍雅はその無情な事実に頭を抱えるが、ある情報に違和感を覚えた。
(あ? 待てよ……この世界の言葉が喋れない?)
(じゃあなんでこいつは日本語が分かるんだ?)
「至極当然な疑問だな。それは我が答えよう」
「……なんで俺の考えてることが分かんだよ」
「ドラゴネクトとは人と竜を接続する行為。それは肉体のみならず精神も」
「ゆえに接続した相手の心が分かるのだ。心の中での会話、と言えば理解しやすいか?」
「ッけ! まるで盗聴じゃねぇか」
「まぁまぁ……一方的にドラゴネクトしたのは申し訳ないと思ってるわ」
「さて、なぜ我がそなたの言語が分かるかだったな」
「それは我が竜の王よりその言語を習ったがゆえよ」
「じゃあなんで、その竜の王様は日本語知ってんだよ」
「以前、知る機会があったそうだ。どういった経緯かは教えては下さらなかったが」
「なんかうさんくせぇな……ひょっとして俺がここに居るのもその王様のせいなんじゃねぇか?」
「それはない。我が誇りにかけて絶対だ」
「っち……まぁ、その王様も行方不明だしどうしようもねぇか」
「それで、良い方は?」
「良い方はね……貴方が、重要な戦力になるかもって期待されてる事」
「重要な戦力……戦力!? 兵隊になれってか!?」
「まぁ、包み隠さず言えばそうね」
「実は貴方が寝ている間に、その体を色々と調べさせてもらったの」
「そしたら、貴方の体には大量のマナがあるって事が分かったわ」
「さっきの魔法の元になるとかいうのか。でも俺は魔法なんて使えねぇぞ」
「大事なのは魔法が使えるって事じゃなくて、マナを大量に持っている事なの」
「魔法は後から勉強すれば誰でもある程度は扱えるけど、人体に流れるマナ量だけはどうしようもないの」
「だから貴方のような存在は凄く貴重で、味方に引き込むべきだって言ってる人も居る……それで、私はそっち側よ」
「その誘い、断ったら?」
「……申し訳ないけど、国力の全てを用いての処刑になると思うわ。万が一にも貴方が私達の敵になるようであれば、間違いなく厄介な存在になるから」
「っへ……世話になってる身で言うのもあれだが、随分な脅しじゃねぇか」
「ごめんなさい……こちらも助けてもらったけど、それとこれとは別なの」
龍雅は突きつけられた現実に目を閉じ、これまでを思い出しながら思案する。しばらく考えた後、彼は不敵に微笑んだ。
(道は二つに一つ。拒否して殺されるか、受け入れて兵士になるか)
(実質選択肢は無し、か……面白れぇじゃねぇか)
(ほう? 存外乗り気だな、そなた)
(死ぬのは別に良いがな、訳も分からず死んじまうのはごめんなんだよ)
(だったら生き残って、なんで俺がここに来たのかを知ってから死にてぇ)
(ってかナチュラルに話しかけてくんじゃねぇよ)
(良い考えだ。己の物とはいえ命を軽く見ている以外はな)
(ならばロザーナに話して誘いに乗るといい)
(ずっとそうしてるつもりかよ……まぁ、言葉が通じなくなるのはごめんだな)
「じゃあ、そうさせて貰うとすっか。良いぜ。そのガイアルドって奴の味方になる」
「え、良いの!?」
「なんであんたが驚いてんだよ」
「貴方の前の世界がどんな場所かは知らないけど、いきなり兵士になれって言って素直にオッケー貰えるとは思ってなかったから……」
「念のために……ガイアルドに仇なす気は?」
「無い」
「日本って所から……というより、ここじゃない世界から来たのは本当?」
「本当だ」
「ここに来る前に従軍の経験は?」
「無い。けど、喧嘩ばっかしてたから殴り合いならちょっと自信あるぜ」
「なぜあの怪物と争っていたの?」
「あの野郎、火から逃げられなくなってた子供殺そうとしてたんだよ」
「そんで何してるって声掛けたら襲ってきた。やろうとしてた事が気に食わなかったからこっちもぶん殴ってたんだ」
「……フェイカー?」
「噓をついてはいない。どれも本当のようだ」
「分かった……それじゃ、貴方が私達の味方になる意思を伝えてくる。もし、それが認められれば王座の間での謁見の許可が降りるわ」
「それまでもうちょっと、ここで待っててちょうだい」
「あいよ……謁見ってのにはどれ位かかりそうだ?」
「分からないわ。今は混乱してるし、数日は覚悟しておいて」
「でもちゃんとご飯は出すから、そこは安心して」
「悪いな。世話になる」
そう言うと、龍雅はその毛布を被って横になる。ひとまずの安心を手にいれ、彼は眠りについた。
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