第3話

 奥川健と結婚の相談をした次の日。いつも通り、紫外線を浴びることができない息子のために布で覆った窓の元で、和実は起きた。

「おかあさんおはよー」

「おはよう」

 今回は珍しく、嬉しいという感情がこもった挨拶ができた。理由は当然、この超大変な育児が終わるからだ。


 ご飯を食べ終わると、翔太朗は紫外線対策の合羽のような防護服を着る。絶対に翔太朗に紫外線に当ててはならない。

 石田家の一日は他の家族よりも長い。そう、太陽が沈んだ夜が翔太朗の活動時間だからだ。だから、翔太朗は一日中この合羽のような服を着るのを嫌がるが、一日の終わりのお楽しみ、シャボン玉と三輪車の時間のために我慢してきている。自転車に乗れないのは、当然バランスがダメだからだ。


 章と翔太朗が家を出て、数分した。私は、役所の人からもらった離婚届を取り出す。そして、メモを置いておく。メモ帳10ページくらいを使って、今の気持ちとこれからのことを書いた。要約すると、


『私はあなたといるのが無理になった。もっといい人を見つけたから、離婚しよう。仮にこの届をあなたが出さなくても、私はこの家を出るから。最初はときめいた。最高の日々が続いていたけど、翔太朗が生まれてから全部が変わった。私は毎日の生活がもう限界だ。あなたなら、クソ真面目だからちゃんと翔太朗を死ぬまで育ててくれるでしょう。それじゃあ、じゃあね。荷物は全部持って行くから。探さないで、翔太朗が生まれるまで、楽しかったよ。バイバイ』


 というものだ。次に、あらかじめ用意してあった荷物を確認する。大体は見た。そして、へそくりを残らず回収し、この家の隅々を見回って、忘れ物がないか確認した。ついでに、夫の金を少し盗って、パソコンは私が回収して・・・・・色んな制裁を加えていく。まあ、こんなもんでいいかなぁと思ったとこで、荷物を持って、外に出た。大体は引っ越し業者に任せたから、楽だ。家の中では、離婚届とメモが寂しくヒラヒラしていた。


 ふう、着いた。私の新しい家。マンションだ。家の鍵を使って、この家の「初めての開錠」をする。家に入ると、リビングに荷物を置いた。そんで、もう別にやることはないから、外に出た。家具の置き場所は引っ越し業者に任せている。鍵を閉めると、マンションの階段を下りた。その時に引っ越し業者とすれ違ったが、気にしないふりをしていた。


 カフェで健と待ち合わせしていた。早く着き過ぎたのか、健はまだ来ていない。カフェの中は割と空いている。

 仕方なく、外で待っていると、シトシトと雨が降り始めた。まあ、小雨だったから傘をさしている人は少ない。

「あ、もしかして、石田さんですか?」

 声をかけてきたのは、なんと息子、いや、元息子の主治医、松平里香まつだいらりかであった。マズい、こんなところで計画を知られたら・・・・・ピンチだ。私にとっても、健にとっても。

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